表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クラス転移、もらったスキルは『休憩所』  作者: 四葦二鳥
クラス転移とチート覚醒編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/19

第9話 勇者に住宅ローンは組ませません!

 魔石の換金のために訪れた銀行は、拍子抜けするほど現代日本のごく一般的な銀行だった。大理石調のピカピカの床に、綺麗に整頓された待合のソファ。入り口付近にはATMコーナーがあり、奥には番号札で呼ばれる窓口が並んでいる。もちろん受付番号の発券機も置いてある。

 とはいえ、今このスキル空間には僕達しかいないのだから、発券する必要なんて全く無いんだけど。


 ただ、現代日本の銀行と決定的に違う点が一つだけあった。


「ようこそ当行へお越し下さいましたッポ。ご用件をお伺いしますッポ」

「えっ、ハトピー!?」


 窓口で声をかけてきた行員を見て、松島さんが思わず素っ頓狂な声を上げた。無理もない。そこに座っていたのは、不動産屋で僕たちに説明をしてくれた巨大なハトのゆるキャラ『ハトピー』と全く同じ姿、同じ声の存在だったからだ。

 しかも、よく見れば窓口だけではない。カウンターの奥でパソコンをカタカタと叩いているのもハトピー、フロアの隅でモップがけをしているのもハトピー。さらには奥の会議室から「金融商品の件ですがッポ」と声が聞こえてくる。


「あ、不動産屋のハトピーを知っているのなら話が早いッポ。ここ有降町のサポーターは、我々ハト型マスコットに設定されているッポ。銀行や不動産屋だけでなく、アリフレモールの店の店員や、街の清掃員なんかも、みーんなハトピーだッポ」


 な、なるほど……。つまり『ハトピー』とは個人の名前ではなく、ゲームの量産型NPCみたいなものか(松島さん命名だけど)。街中に巨大なハトが溢れかえって働いている光景は、控えめに言ってカオスだ。まぁ、見慣れれば愛嬌があると思えなくもないけど。

 気を取り直して、僕は本来の目的を果たすことにした。


「ええと、それじゃあ、魔石の換金と、あと口座の開設をお願いしたいんだけど」

「かしこまりましたッポ。では、魔石をお預かりしますッポ」


 僕と松島さんは、それぞれ森で集めてきた魔石が入った麻袋をカウンターに置いた。

 松島さんの袋は、僕の倍以上パンパンに膨れ上がっている。


「では、魔石の鑑定と換金をしている間に、口座開設の手続きを進めますッポ。こちらの書類の太枠内に、お名前の記入と印鑑をお願いしますッポ。印鑑をお持ちでなければ、拇印でも結構ですッポ」


 僕達はハトピーの説明に従い、渡されたボールペンで指定された場所に名前を書く。当然印鑑なんて持っていないので、朱肉を借りて拇印を押した。

 ハトピーは僕達から書類を受け取ると、それを専用の機械に読み込ませ、代わりに小さな黒い指サックのような装置をカウンターに出した。


「続いて、静脈認証の登録をさせていただきますッポ。人差し指を差し込んで下さいッポ」


 言われたとおり、人差し指を機械に差し込む。ピピッという電子音が鳴った。


「これで登録完了だッポ。マスターたちには、キャッシュカードの代わりにこちらをお渡ししますッポ」


 渡されたのは、マットブラックのシンプルな平行四辺形のキーホルダーだった。表面には、湯気が立つコーヒーカップのような、温かみのあるロゴが描かれている。


「これは『ブレイキー』という専用端末だッポ。これに利用者の口座情報が紐付けられていて、お買い物の際にこのブレイキーをレジの読み取り機にタッチすれば、自動的に口座からお金が引き落とされて決済される仕組みだッポ。ATMにかざせば、口座情報や残高の確認もできるッポ」

「なるほど。銀行のキャッシュカードと、電子マネーのタッチ決済が組み合わさったようなものか。スマホを持っていなくてもキャッシュレス決済ができるのは便利だな」

「その通りですッポ。もし紛失された場合、銀行までお越しいただければ静脈認証で再発行いたしますッポ。ATMを使えば即座に利用停止できるから、紛失に気付いた際はお早めに対応をお願いしますッポ」


 休憩所の独自通貨システムについての一通り説明を受け、僕が感心していると、横から松島さんが不満げな声を上げた。


「あのさ、このブレイキー? だっけ? これって他の色とかデザインは無いわけ? 真っ黒とか、あんまりかわいくないんだけど」 「申し訳ありませんが、基本端末は黒一色のみとなっておりますッポ。ですが、アリフレモールのお店などでブレイキー用の専用ケースをたくさん売っていて、多種多様なデザインのものを取り揃えていますッポ。中には自分でカスタム出来るパーツもあるので、ぜひチェックしてみて欲しいッポ」

「なるほどね。スマホケースみたいなもんか。んじゃ、後でモールに行ったら見てみるし。絶対デコって、超かわいくしてやるんだから」


 松島さんが納得したところで、ちょうど魔石の鑑定が終わったようだ。奥から別のハトピーが書類を持ってきた。


「お待たせしましたッポ。魔石の鑑定結果が出ましたッポ。こちらの金額でご了承いただけたら、サインをお願いしますッポ」


 書類を覗き込む。


「3万Vか。底辺のソロ活動だったけど、予想よりは多かったな。松島さんは?」

「ウチは5万Vだったし」


 まぁ、袋の大きさで薄々わかっていたことだが。デコレーションでバフを持っても品質が向上するだけで特殊能力を持たない武器を使っているとはいえ、数字にするとスキルの差というものをまざまざと実感させられてしまう。

 とはいえ、冒険をせず地道に倒せる敵だけを相手にするだけでこれだけ稼げるなら御の字だ。僕たちはそれぞれ金額に同意し、サインをして口座に入金してもらった。


***


 無事に軍資金を手に入れた僕たちは、生活の拠点となる家を買うために、再び向かいの不動産屋へと戻ってきた。案内されたのは、壁一面に住宅街の地図や物件の写真が貼られたコーナーだ。


「有降町の住宅街にある家は、今のところ全て二階建ての平屋のみだッポ。土地の広さや基本的な間取りはほぼ同じで、あとは外壁の色や塀の種類が違うくらいだッポ。後でぼくの所に言ってくれれば、お金はかかるけどリフォームでデザインの変更もできるッポ。だから、最初は立地や直感だけで決めてしまっても全然アリだッポ」


 住宅街の地図を眺める。

 碁盤の目のように綺麗に区画整理された住宅街には、無数の家が並んでいるが、立地という点で言えば、注目すべき施設が三つある。

 各ゾーンを繋ぐ巡回バスの『バス停』、二十四時間営業の『コンビニ』、そしてこぢんまりとした『喫茶店』だ。これらが、住宅街における数少ない公共・商業施設らしい。


「ウチ、コンビニの近くがいいし。深夜にアイスとかお菓子買いに行きたいしね」

「となると、この通り沿いの周辺か。ハトピー、この辺りの家の写真とかって出せる?」

「おまかせッポ」


 ハトピーがパソコンのキーボードを叩くと、モニターに何枚もの物件写真がスライドショーのように映し出された。僕達はそれを一つずつ吟味していく。

 やがて、その中の一つの写真で松島さんが「あ、これよくね?」と指を止めた。

 薄いオレンジ色の温かみのある外壁に、濃いオレンジの洋風の屋根。玄関周りにはお洒落なタイル貼りの低い塀が設置された、洋風の可愛らしい二階建ての家だった。


「コンビニのはす向かいのか~。いいんじゃね?」

「うーん……ちょっと待って。将来的に、もし他のクラスメイトとか住人が増えることを想定すると、コンビニって深夜でも人が集まりやすいし、車の音(走るのかわからないけど)とか話し声でうるさくなるかもしれない。防音対策がしっかりしてるかどうかわからないし、少しだけ距離を置いた、一本裏の道の角地の方が静かでいいんじゃないかな?」


 少し悩んだ末に、僕はそう提案した。僕が選んだのは、コンビニから歩いて一分ほどの距離にあるが、大通りからは一本外れた閑静な区画の角地だ。玄関は道路に対して直角に配置されており、窓の位置も通行人から家の中が見えにくい構造になっている。プライバシーの確保と騒音対策を両立した、なかなか良物件だと思う。

 そしてデザインも、松島さんが気に入った家と似ている。塀が高くよりプライバシーを確保しやすいのがグッドだ。


「いいじゃん。那須野がそう言うなら、そこにしよう」

「よし。じゃあ、ハトピー。この家を買いたいんだけど、いくらになる?」

「かしこまりましたッポ。では、土地と建物の購入代金、合わせて『100V』になりますッポ」


 ……え?

 今、なんて?


「ひゃ、100V!? 1フェスタがだいたい1円で、ここの1Vが同じくらいの価値だってさっき言ってたよね? 日本円にして100円じゃん! 安すぎて逆に恐怖を覚えるんだけど……まさか事故物件!?」


 僕がパニックになって尋ねると、ハトピーは短い羽をパタパタとさせて笑った。


「心配ないッポ! ここは心身の休息を得るための至れり尽くせりな異空間だッポ。せっかく過酷な戦いから一息つきにきたのに、ここで数千万Vの超高額な住宅ローンを組ませて、返済のために血眼になって魔石を稼がせるなんて、余計な心労を負わせるだけで本末転倒もいいところだッポ! だから、この超絶サービス価格で提供しているッポ」


 なるほど、確かに理にかなっている。もっとも、ハトピーによれば、この価格はあくまで『転移者に対する特別価格』であり、もし仮にこの世界の住人が買おうとすると、約10万倍の1000万V(約1000万円)はかかるらしい。それでも現代の住宅価格からすれば破格だが。


「100Vか~。そんなジュース一本買うレベルの値段なら、もう一軒買って、一人一軒ずつにした方が、お互い気を使わずに済んでいいんじゃないか? 隣同士とかにすればいいし……」

「えっ、別にいいじゃん。せっかくだし、一緒に住もうよ」


 僕の提案を、松島さんがさらりと遮った。

 ……ん? 一緒に住む?


「ええっ!? いやいや、男子の僕と一緒に生活するって、色々と大丈夫なのか? 年頃の女子的に……」


 僕が慌てて聞き返すと、松島さんは少しだけ視線を逸らし、指先でオレンジ色の髪をくるくるといじりながら、ぽつりとこぼした。


「その……さ。今まで王城の客室とかアパートではワンルームだったから、狭くて一人でも何となく暮らせたけど。さすがにこんな広い一軒家で、完全に一人で暮らすって……結構、寂しいっていうか、落ち着かないんだよねー。……それに、さっきの森で、死ぬほど怖い思いも、しちゃったからさ……」


 最後の方は、消え入るような声だった。

 そうか。今日の松島さんは、数え切れないほどのカラクリ魔物に囲まれ、あわや蹂躙されるという絶望的な状況を経験したばかりなのだ。僕が間一髪で助けに入らなければ、確実に命を落としていた。

 いくら強がって見せても、彼女はまだ普通の女子高生だ。そんな凄惨なトラウマを抱えたまま、この誰もいない見知らぬ空間の広い家で、たった一人で夜を過ごすのは、想像以上に不安で恐ろしいことに違いない。


「……そっか。わかった」

 

 僕は少しだけ照れくさそうに笑い、頷いた。


「一人暮らしの寂しさは、僕もよくわかってるつもりだから。しばらくは一緒に暮らそう。別々に家を持つかどうかは、この空間に慣れてきて、お互いの生活リズムとかがわかってから、また後で決めればいいしね」

「……うんっ! ありがと、那須野!」


 松島さんの顔に、ようやくいつものパッと明るいギャルらしい笑顔が戻った。


 ということで、僕はハトピーに100Vを支払い、というかマイホームの鍵を二つ受け取った。

 異世界で初めての買い物が、まさかの『女子高生との一軒家での同居生活』という、色々な意味で心臓に悪いスタートを切ることになったが……まぁ、悪い気はしない。

 僕たちは不動産屋を出て、期待と少しの緊張を胸に、自分たちの新しい『家』へ向かうバスに乗り込んだのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ