第7話 絶体絶命のピンチで空気読んだ! 謎スキル『休憩所』、ついに覚醒!!
夢の『ハクスラ&デコレーション』永久機関パーティが理不尽なドロップ運によって結成数日で空中分解し、完全ソロでの遊軍活動を行うと決めてから、しばらくの時間が経った。
今の所、僕は王都チェントロ近郊の森をメインフィールドに設定し、危なげなく戦えている。というか、絶対に危ない橋は渡らないチキン戦法を徹底しているからこそ、無傷で生き延びているとも言える。
「――見つけた。ギルドの情報通りだな」
茂みに身を潜めながら息を殺していると、前方のごつごつした岩場を徘徊する、一匹の四足歩行の金属塊――『アント』を発見した。
ソロになってからというもの、僕が狙うターゲットは、基本的にこういった『はぐれアント』や『はぐれモスカ』のみに限定している。
アントやモスカといったカラクリ魔物は、基本的にシステム制御された機械のように正確な群れを形成し、軍隊並みの恐るべき連携で襲いかかってくる。なので、群れを相手にするのは、集団で陣形を組んで戦闘を行う王国軍の小隊や、前衛・後衛のバランスが取れたパーティを組んだベテラン傭兵たちの仕事だ。ソロの僕が手を出せば、十秒でミンチにされて終わる。
だが、軍隊が群れを壊滅させたとしても、戦場の混乱の中で必ず数匹の『討ち漏らし』が発生する。群れとはぐれ、ネットワークから切り離されて単独で森をうろつく迷子の個体だ。
それを見つけ出し、各個撃破で確実に討ち取るのが、僕のような底辺ソロ傭兵の堅実な生業なのだ。
「さて、あいつが背中に装備しているアタッチメント武器は……『槍』か」
アントとモスカは、一見するとただの金属の虫だが、実は本体そのものには体当たりか飛び付く程度の貧弱な戦闘力しか無い。彼らの真の脅威は、背面(空を飛ぶモスカの場合は腹側にも)に設けられた規格化されたハードポイントに、様々な専用装備を装着することで、個体ごとに『役割』を自由に分担・変更できる点にある。剣、槍、ボウガン、大盾……。完全にプラモデルの換装ギミックだ。作った奴は絶対メカ好きのオタクに違いない(魔王に自我は無いけど)。
そして、今僕が狙っているはぐれアントは、身の丈の倍はあろうかという長大な『槍』を背負っている。おそらく元の群れでは前衛を担当し、足の速さを生かして一斉突撃する役割を与えられていたのだろう。
ここまで敵の武装と性質がわかれば、自ずと安全な攻略法も見えてくる。
「背後か側面から、死角を突いてそーっと近づき……今だ!」
アントが進行方向を変えた瞬間、僕は茂みから飛び出した。両手でしっかりと構えた剣を、背後からアントの四本足のうち、一番無防備な右後脚の関節部分を狙って一気に突き立てる。
僕が現在愛用している武器は、刀身が細く鋭い両手用刺突剣、すなわち『エストック』だ。リーチが非常に長く、敵の攻撃範囲の外からピンポイントで弱点を狙い撃てる。更に刀身に厚みと重さもあるため、金属の装甲で覆われたカラクリ魔物相手でも、隙間を縫って内部の駆動系を破壊しやすいのだ。
しかも、この刺突剣はただの鉄の剣ではない。弘前さんがハック&スラッシュのスキルで何気なくドロップさせた剣を、街の武器屋の親父に持ち込んで鑑定(魔法による鑑定ではなく、親父の長年の経験による目利きだ)してもらったところ、「おいおい、こりゃ何十年も第一線でハンマーを振るってる鍛冶師が打った業物と同等の品質だぞ!?」と腰を抜かされた代物なのだ。本来なら、一介の新人傭兵が手を出せるような代物ではなく、僕達が住んでいる高級アパートに住まうような一流のベテラン傭兵が、大枚をはたいてようやく手にするレベルの業物らしい。それをパーティ解散時の餞別に弘前さんからもらった。
弘前さんのスキル、恐るべしである。
「よし、足を破壊した。これで機動力はゼロだ。まず一安心」
右後脚の関節を完全に破壊されたアントは、バランスを崩してガシャンと不様な音を立てて地面に転がった。もし相手がボウガンや銃器といった飛び道具を所持する遠距離タイプのアントであれば、足を行動不能にしても、固定砲台としてこちらを撃ってくる危険性があった。だが、近接武器である『槍』装備であれば、本体がこちらに向かって突進してこない限り、攻撃のしようがない。発射装置も付いていないのだから。
足を奪えば、事実上戦闘力を奪ったも同然だ。
「トドメは、背中の武器アタッチメント付近の隙間を狙って……こうだ!」
身動きが取れず、ギギギと嫌な機械音を立てて藻掻くアントの背中に乗り上げ、アタッチメントの基部付近にある装甲の薄い箇所に狙いを定める。ここはカラクリ魔物の構造上の共通の弱点であり、もっとも脆い。そこから刺突剣を思い切り深々と突き込み、アントの内部にある複雑な歯車や伝達部品をズタズタに破壊して、完全に機能を停止させる。
ピクピクと痙攣していたアントが沈黙したのを確認すると、僕は剣を突き入れた穴をてこの原理でメキメキと広げ、内部のコアである『魔石』を取り出す。普通の魔物は心臓付近に魔石があるが、カラクリ魔物の場合は、体内の奥深くにあるコンピューターの基板やマザーボードのような部品の中心に、動力源として魔石が埋め込まれているのだ。
「ふぅ。今日のノルマ達成っと」
魔石を無事に回収した後、僕は周囲を警戒しながら、活動を停止したアントの残骸そのものを両手で持ち上げた。
「……にしても、王様からもらったこのリュック、やっぱりチート級に便利だな」
僕が背負っている何の変哲もない革製のリュックサック。実はこれ、僕たちを『遊軍』として野に放つ際、王城からのささやかな支援物資として支給された魔導具なのだ。異世界ファンタジー小説でおなじみの『アイテムボックス』や『インベントリ』のような空間拡張機能を持つ超絶便利アイテムである。どうやら、見た目のサイズに反して、中に小型の小屋一軒程度の容量の収納空間が広がっているらしい。重量も元のリュック以上の重さにはならないという親切設計だ。
もしこのリュックが無ければ、僕は持ち帰りが容易な魔石だけをちまちま売った、スズメの涙のような小銭だけで生活しなくちゃならないところだった。このリュックのおかげで、重くてかさばるカラクリ魔物の残骸を丸ごと回収して持ち帰ることができ、それをギルドや鍛冶屋に素材として売却することでなんとか日々の食費や家賃(は無料だが)を補い、やや余裕のある生活を送ることが出来ているのだ。完全に廃品回収業である。
「まぁ、本当は初心者を脱した程度の傭兵がやるような地味な仕事なんだけどな……」
ふと、溜め息が漏れた。
同じく異世界転移してきた他のクラスメイトたちは、今頃各公国の正規軍やエリート部隊に配属され、チートスキルを駆使して最前線で華々しく活躍しているだろう。それに比べて、僕は王都の近郊でコソコソと廃品回収だ。どうしても遅れを感じざるを得ない。
とはいえ、地に足を付けて焦らず一歩一歩着実に生きていくしかない。
それに、この『はぐれ魔物狩り』も王国にとっては地味だが重要な仕事なのだ。討ち漏らしたカラクリ魔物を放置しておくと、彼らは森の中で他の群れのネットワークを探知して合流してしまう。結果として別の群れの戦力がアップし、人間の街への脅威度が増してしまうからだ。
だから、こういう裏方の掃除屋的な戦いも絶対に不可欠なのだと、自分に言い聞かせる。
さて、今日の目標金額分は回収できたし、夕立が来る前に傭兵ギルドに戻って納品と報告を――。
「キャーーーーッ!!」
「……え? この声……」
突然、静寂に包まれた森の奥から、鳥たちが一斉に飛び立つ音と共に、絹を裂くような悲鳴が響き渡った。しかも、聞き覚えのある声だ。
もしかして、松島さん!? 彼女もこの近くで活動をしていたのか!
「くっ……!」
考えるより先に、身体が動いていた。僕は悲鳴の聞こえた方向に向かって全力で走った。木々をかき分け、草をかき分け、開けた場所に飛び出した僕の目に飛び込んできたのは――。
「あ……あぁ……」
大樹の根元にへたり込み、足をガクガクと震わせて顔を蒼白にしている松島さん。そして、彼女を取り囲み、今にも蹂躙しようとジリジリと距離を詰めているのは――『はぐれ』などという生易しいレベルではない、ざっと数十体にも及ぶアントとモスカの大きな群れだった。
一斉に鈍い金属音を響かせる群れ。槍、剣、ボウガン、多種多様な武装が松島さん一人に向けられている。さらに絶望的なことに、群れの中央には、通常のアントとモスカとは異なる装備を持った個体が一体ずつ鎮座していた。
彼らの背面には武器ではなく、パラボラアンテナのような、大きく十字に開いた複雑な通信パーツが背負われている。間違いない。あれは傭兵ギルドの注意喚起ポスターで見たことがある、『指揮官機』――すなわちボス個体だ。周囲の部下に独自のネットワークで命令を下し、そのための巨大な通信用アンテナを持つ。つまり、アントとモスカの二つの群れが合流しているという、ソロどころかパーティでも手に余るような危機的状況だ。
「那須野!? どうしてあんたがここに……」
「近くで依頼をこなしてたら、悲鳴が聞こえたんだよ!」
「バカ! 来んな! あんたの力でなんとかなる数じゃないし! ウチの事なんてほっといて、今すぐ逃げて!!」
松島さんが、半泣きになりながら僕に向かって怒鳴った。確かに、合理的に、そして冷静に考えれば松島さんの言うとおりだ。今の僕の戦闘力は、せいぜい『一般兵士より少しマシ』程度。チートスキルは未だに使えないだだの無能力者。刺突剣一本で、統率の取れた数十体の機械化歩兵部隊とボスを相手にするなんて、飛んで火に入る夏の虫、ただの自殺行為に他ならない。
でも。
どうしても、背を向けて逃げ出すことは出来なかった。
「ここで君を見捨てて一人で逃げたら、僕は一生後悔する。もしかしたら一生部屋に引きこもりになるかも知れない。そんな惨めな未来を送るくらいなら……ここで死に物狂いで足掻いてやるよ!!」
「那須野……っ」
と、主人公気取りで大見得を切って啖呵を切ったのはいいものの。僕の脳内CPUは完全に熱暴走してフリーズしていた。上手い策など1ミリも思いつかない。逃げようにも、アントやモスカの機動力に絶対に追いつかれるだろう。腕だって震えてるし、戦おうにも十全に身体を動かせないのは明らか。
頼みの綱は、僕の中に眠っているはずの『スキル』だけ。頼む、空気読んでくれ。なんか出てくれ! 火事場の馬鹿力的なヤツで、光線とかバリアとか、とにかくなんか凄いヤツ!!
僕は目を固く閉じ、神に――いや、謎のスキル『休憩所』に必死で祈った。
「那須野……ねえ、そこにあるの、何?」
「……え?」
「ほら、那須野のすぐ左側! 空間になにか……変な穴が空いてるし!」
松島さんの震える声に促され、僕は恐る恐る目を開け、自分の左側を見た。
そこには、森の景色を切り裂くように、大人が二人並んで入れるほどの大きさの、白くキラキラと光る『亀裂』――あるいは『穴』のようなものが出現していた。
空間そのものが歪んで開いたような、異常な光景。
これが何かは論理的には全くわからないが、僕の直感が、細胞が理解していた。これこそが、僕の待ち望んだスキル『休憩所』が発動して生み出した扉なのだと!
「飛び込むよ、松島さん!!」
「えっ、ちょ、いきなり!? どこに!?」
カラクリ魔物たちが一斉に飛びかかってくる直前。
僕は松島さんの腕を強引に引っ張り、光り輝く謎の空間の穴へと躊躇なくダイブした。
鼓膜がツンとするような奇妙な感覚。視界が真っ白に染まり、少しの間だけ無重力のような空間を走る。
そして、光のトンネルを抜けたその先には――。
「……ここって……」
「……うそ。これ、日本の……駅?」
鬱蒼とした森の匂いも、金属の擦れる音も、魔物たちの殺気も、全てが消え失せていた。代わりにそこにあったのは、平らに舗装されたアスファルトの地面。見慣れた点字ブロック。
頭上には蛍光灯が等間隔に並び、信号機の無機質な電子音が響いている。壁には見慣れた赤いジュースの自動販売機が並び見覚えのあるコーラやエナジードリンクが陳列され、電光掲示板には『運休中』という日本語の文字が流れていた。
それは、日常系アニメにそのまま出てきそうな、多くの日本人が『一般的な住宅街にある普通の駅』といえば必ず思い浮かべるような……大きくも無く小さくも無い、あまりにも平和で、あまりにも見慣れた『日本の駅舎と駅前広場』の光景だった。




