第35話 逆転の注射器
「な……白川っ!?」
「ハァ……ハァ……っ、ようやく追いついたわ……」
荒い息を吐きながらも、どこか自信ありげに立つ白川さん。
郡上君が驚愕の声を上げるのも無理はない。果てしなく無限再生を繰り返すトゲの猛攻に攻める機会を見いだせず、さらに武装したコリエレ・モスカの増援まで現れたという絶望的な状況だ。そんな最中、後方支援に徹しているはずの白川さんが、こともあろうに最前線であるこの場所に姿を現したのだから。
「白川さん!? 一体どうしてここに……ようやく追いついたって、危なすぎるでしょ!」
「大滝まで一緒にか!? お前ら、後方支援の拠点に残って薬の調合や資材管理を担当するはずだっただろ!」
この場にいるはずがない二人が突如として現れたことで、郡上君は息を呑みつつも強い口調で問いただす。しかし、当の白川さんはどこかやり切ったような、しかし確かな自信に満ちた笑みを浮かべていた。
「大滝と一緒に、ローザを攻略するための特攻兵器をずっと作ってたのよ。本当は討伐前の準備期間中に製作を完了させておきたかったんだけど、なかなか上手くいかなかったのよね」
「それで、後方拠点で負傷した兵士の手当てや物資の管理を並行しながら、寝る間も惜しんで開発を続けて……さっき、ようやく完成させたんだ。それを使うために、あのトゲを押さえつけて欲しい」
郡上君の鋭い問いかけに、白川さんは力強く頷いてみせる。
「わかった、お前たちの苦労と技術を信じる! コレ使う!」
郡上君がアイテムバッグから素早く取り出したのは、岩肌にねっとりと絡みつき、枝を触手のように剪定した奇怪な盆栽だった。さっき使った雷が落ちた松とはまた違う、異様な生命力を放つ代物だ。
その盆栽をまるで盾のように両腕でしっかりと抱え込んだ郡上君は、ローザの巨躯から放たれるトゲの弾幕を見据え、研ぎ澄ましたタイミングを見計らって――。
「今だッ!!」
凄まじい気合とともに叫び声を上げる。
飛来してくる無数のトゲに向かい、郡上君が渾身の力で花魔法を発動させた。すると、盆栽の枝がまるで生き物のような素早さでうねりと共にビュンと伸び、暴れ回るトゲを次々と空中で捕捉。そのまま力任せに地面へとねじ伏せるように押さえつけたのだ。
「すご……! トゲの動きが完全に封じられたぞ!」
「次! 押さえてるトゲのケーブル部分を刃物で傷つけて! 完全に切り落とさなくていいから、外側を引っ剥がす感じで!」
白川さんの的確かつ切実な要請を受け、今度は成美が俊敏に飛び出す。
成美の得物である双剣が青白い軌跡を描き、押さえつけられたトゲの根元にある頑丈なケーブルの表面を狙い澄まして正確に切り裂いていく。ローザのケーブルは鋼鉄並みに硬いはずだが、ダイヤモンドタマムシの羽でデコレーションして切れ味を極限まで増した双剣の前では、分厚い装甲の表面などバターを断つかのように軽々と切り裂かれていく。
一閃されたケーブルの裂け目からは、剥き出しになった複雑な配線や、筋肉の代わりに収縮する不気味なゴムチューブのような内部構造が露わになった。
「よし、いいよ! 後はコイツをキメれば……!」
白川さんが自信満々に取り出したのは、人間が片手で扱うにはあまりにも巨大な注射器だった。彼女はそれを迷うことなく、先ほど成美が切り裂いたケーブルの剥き出しの傷口へと突き刺す。
そして、内部に溜め込まれていた怪しく発光する液体を一気に注入した。
注射器のピストンプッシャーが押し込まれてから数秒後――。それまで森を揺るがしていたローザの重厚な稼働音がピタリと止まり、代わりに何とも形容しがたい、まるで金属が悲鳴を上げるような高い異音が本体から発せられた。
それと同時に、あれほど無限再生を繰り返して猛威を振るっていたトゲの射出がピタリとストップ。さらに空中で不気味に旋回していた増援のコリエレ・モスカ軍団も、突如として制御を失ったかのようにプツリと機能を停止し、ボトボトと情けない音を立てて地面へと墜落していった。
「なっ……一瞬で動きが止まった……!?」
「これは……一体どんな代物なんだ?」
「機械の電気信号を攪乱させる、機械にとってとびきりヤバいクスリよ。しかも一度回路に入り込むと、そこから電気信号が伝わって機械全体のシステムを総崩れさせるから……まぁ、開発したあたし達が言うのもなんだけど、タチの悪さは保証つきよ。もっとも、コリエレ・モスカまで止まるとは思わなかったけど……」
「多分、ローザをトップとする命令系統があったんじゃないかな」
白川さんが得意げに胸を張り、隣で大滝君が補足する。さらに大滝君が続けた。
「電気特性に対して致命的な悪影響を与える特殊な毒を作り出す植物の種を、自分の『植物生成』スキルで無理やり生み出して、準備期間中からこっそり栽培していたんだ。その植物に最適な栽培条件を探し出すのがめちゃくちゃ難しかったから、ギリギリまで時間がかかっちゃったけどね」
そんなエグい特効薬を裏でコツコツ作ってたのか……。クラスメイトたちのチートじみたクラフトスキルと執念には、もはや感服するほかない。
だが、感心している暇はない。今こそが、奴の息の根を止める絶好のチャンスだ。
「よし、好機到来だ! みんな、一気に突撃するぞ――!」
僕達は気合を入れ直し、沈黙しかけている巨大な機械のバラ――ローザの本体へと一斉に肉薄し、持てる全ての威力を込めた総攻撃を開始した。
***
それから数分間の激しい猛攻の末、ローザの装甲はズタズタに引き裂かれ、内部の動力炉からは火花が盛大に噴き出していた。
「――そろそろ限界だ、みんな離れろ! 倒れるぞーーーー!!」
郡上君が周囲に響き渡る絶叫をあげたのと同時に、僕達は一斉にバックステップを踏んで安全圏へと退避する。
直後、ギギギ……と耳障りな金属疲労の音が森林を轟かせ、高層ビル級の巨体を誇っていたローザの巨大な茎が耐えきれずにポッキリと折れ曲がり、地響きを立てながら盛大に横たわった。
「うわ……本当に倒れちゃったよ」
「動きを止めてから攻略してみれば、案外あっけなかったね~」
「こいつの重心は、そもそもめちゃくちゃにいびつだった。バラの形状を鋼鉄パーツで作ってたんだから、茎にダメージが入れば頭の重みで自重を支えきれなくなって折れるのは物理的に当然の摂理」
「あー、なるほど。だから茎を完全に一刀両断しなくても、本体のバランスを崩せば自壊させられたってわけか。そう考えれば、トゲの処理さえ何とかできれば、本体への攻撃自体は割と楽勝だったのかもな」
こうして、僕達転移者グループにとって初めての本格的な『楔の魔物』討伐作戦は、無事に大勝利をもって幕を閉じたのだった。
もっとも、ローザの莫大な残骸そのものは大量過ぎるため、フィオーレ公国軍が日数をかけて少しずつ安全に回収していくことになっており、今回は討伐の証としてローザの心臓部に輝く巨大な魔石を回収して帰ることになった。
そして、戦利品は魔石だけではなかった。
「ん?」
「どうしたの、成美?」
「こんな物が見つかった」
成美が地面を漁りながら拾い上げたのは、荒野のガンマンが持っていそうな、ライフルにしては不自然なほど銃身がキュッと短い銃が二丁だった。
「これって……もしかして」
「うん、多分ボクの固有スキル『ハック&スラッシュ』の効果でドロップしたアイテムだと思う」
「へぇー、銃火器! この世界じゃ貴重だし、遠距離戦の選択肢が増えるから戦法の幅が一気に広がりそうだな」
「後でじっくり使い道を考えよーっと。ウチの『デコレーション』スキルで、銃身にいろんな属性や機能をいじりまくれるしね!」
思わぬレアドロップの獲得に少しテンションを上げつつ、僕達は討伐隊の兵士たちと共にピアンタの大森林をあとにして、無事にピアンタの街へと帰還したのだった。
***
「皆さん、本当によく無事で戻ってくださいました!」
「ローザ討伐の大成功、心よりお祝い申し上げます!」
ピアンタの街へ凱旋した僕達を温かく出迎えてくれたのは、フィオーレ公国の君主であるエステル公王陛下と、孫娘のマーガレットさんだった。フィオーレ公国の宮殿代わりとなっている大樹の麓で全体的なねぎらいの祝辞を受けた後、その日の夜には格式高い謁見の間にて、軍人の代表者たちと僕達転移者がそれぞれ個別に称賛の言葉をかけてもらえることになっていた。
「転移者の皆さん、今回の魔王軍による大侵攻において、我が国にとって最大の脅威であった初の『楔の魔物』討伐――見事に成し遂げられてみせました。その勇気と武勇、実に素晴らしい」
「もったいないお言葉です、公王陛下。ですが、俺達の力だけでは絶対に成し遂げられませんでした。陛下のご決断や支援、前線で命を張って戦ってくれた公国軍の皆さんとの協力があってこその勝利です」
転移者を代表し、郡上君が堂々とした佇まいで深々と礼をしながら返礼の言葉を述べる。
「謙虚ですね。しかし、これで全てが終わったわけではありません。今代の魔王は未だ健在であり、我が国でも今後はカラクリ魔物の出現頻度こそ減るでしょうが、残党の脅威が完全に消え去ったわけではないのです。これからの世界をその脅威から守り抜くため、引き続きあなた方のような異世界の若者たちの力には大いに期待していますよ」
温かくも威厳に満ちた視線を向けながら、公王陛下はふっと目を細めた。そして、少しトーンを落として言葉を続ける。
「そして――那須野さん、松島さん、弘前さん。あなた方の果たした裏での活躍も、今回の勝利において極めて重要でした。戦闘そのものの強さだけでなく、我が国に配属された転移者同士の間にあった人間関係のしこりや溝をしっかりと修復し、一つのチームとしてまとめてくれなければ、この大戦果を挙げることなど絶対に不可能だったでしょう」
「ありがとうございます。みんなが前を向いてくれたおかげです」
「今回の件について、その功績を最高等級で評価するよう、私からセッテ公王に直接進言しておきましょう。それとは別に、我がフィオーレ公国からも、ささやかですが特別な褒賞を出させていただきます」
一応今回のフィオーレ公国への救援は、セッテ国王からの正式な依頼という建前になっている。そのため、本来であれば僕たちの直接の活躍に対する報酬査定や支払いはセッテ国王が行うはずなのだが……それほどまでに、今回の公国救済における僕たちの貢献度をフィオーレ側も心から高く評価してくれているということらしい。
「それと。せっかくの明るい祝いの場でこういう公務の話をするのも野暮ではありますが、実は先日、本国セッテ国王からの急ぎの文が届きましてね。なんでも、次は北西部にある『アニマーレ公国』へ向かって欲しいとのことです」
アニマーレ公国。たしかセッテ王国の北西部に位置し、緑豊かなフィオーレ公国の北側に隣接している公国だったはずだ。
「アニマーレ公国、ですか。わかりました、準備が出来次第すぐに出発いたします」
「たしか、あそこは牧畜が盛んで、美味しい特産品がいっぱいある国だったよね?」
「こことはまた一味違った景色が広がっていそう。今からちょっと楽しみ」
こうして、盛大な楔の魔物討伐の祝宴が滞りなく終わった後、僕達はすぐさま次の移動に向けた慌ただしい出発の準備へと取りかかった。 そして、ローザ討伐から三日後の朝。全ての荷造りと点検を終えた僕達は、愛車に乗り込み、新たな目的地へ向けて出発の日を迎えていた。
「いやー、これが那須野様の休憩所で買ったという乗り物ですか! 噂には聞いていましたが、こんな鉄の塊が走るなんて……いやはや、この御伴に選ばれて本当にラッキーだな!」
運転席に座る僕の隣の助手席で、目を輝かせながらはしゃいでいるのは、今回の旅に同行することになった近衛騎士団の若い団員の一人だ。チェントロを出発したときに御者兼案内役として同行してくれた彼だが、今回は僕たちの車の旅路をサポートする道案内と、旅先での折衝役として不可欠な人材ということで、引き続き同行することになっていた。
ちなみにもう一人の近衛騎士団員はというと、余分な荷物を載せていた馬車を一人で寂しく操りながら、チェントロの本隊へと馬車を返しに戻っていった。彼にも無事に帰ってほしいものだ。
そんな出発直前の車の周りには、僕たちを盛大に見送るために駆けつけてくれたお馴染みの面々が揃っていた。
「もう出発か……こうしてみると、やっぱり少し寂しくなるな」
そう言って名残惜しそうに微笑んでいるのは、郡上君、白川さん、大滝君、そしてマーガレットさんの四人だった。
「松島、弘前。色々あったけど、最後まで世話になったわね。元気でね!」
「ま、最終的に収まるべきところに綺麗に収まって、めでたしめでたしって感じじゃん、白川?」
「本当。郡上がいれば、これからの白川はまっすぐ生きていけるはず」
日向と成美がニヤニヤとした笑みを浮かべながら、白川さんをからかうように軽口を叩く。
その言葉に、白川さんはわずかに頬を赤らめつつも、照れくさそうに目を逸らした。
「那須野君、君のおかげで、おれは自分の中にあった臆病さを乗り越えて本当の勇気を持てたよ。本当にありがとう」
「私たちのいない旅路となりますが、どうかお気をつけて。あとはわたくし共にお任せ下さいませ」
「ああ。大滝君も、マーガレットさんも、体に気をつけて元気でね」
こうして、かけがえのない仲間たち4人に見送られながら、僕達は新たな目的地であるアニマーレ公国を目指して、エンジン音を響かせながら旅立ったのだった。
――なお、車を発進させる直前のほんの一瞬、僕たちの視界の端には、郡上君と白川さんが自然に腕を絡めてぴったりと密着し、大滝君とマーガレットさんも仲睦まじく寄り添っている姿がしっかりと焼き付けられていた。
うん、言葉にしなくても、人前でここまで堂々とイチャイチャできるということは……まあ、そういう関係になったということなのだろう。青春だなと思いつつ、僕たちは笑い声を上げながら、新たな街道へとアクセルを踏み込んだのだった。




