第28話 異世界カーディーラーでマイカー選び
無事に自動車の運転免許証を手に入れた翌日。僕達は朝から、胸の高鳴りを抑えきれないまま駅前商店街へと足を運んでいた。目指すはカーディーラーだ。
元の世界では十八歳未満の高校生が自分の車を買うなんて夢のまた夢だが、この異世界においてその常識は通用しない。初めての『マイカー選び』という一大イベントに、僕達は妙に足取りが軽かった。
今回は大滝君と同居しているマーガレットさんも一緒に来ている。十三歳の彼女にとって自動車という乗り物は完全に未知のテクノロジーのはずだが、大きな目をキラキラと輝かせて周囲を見回していた。
ちなみに、相変わらず白川さんは来ていない。まぁ、彼女は免許を取ってないからディーラーに来る必要は無いしね。
商店街の通りを歩いていると、昭和レトロな木造建築が並ぶ中に、一つだけやたらと近代的な全面ガラス張りのショールームが現れた。
自動ドアを抜けて中に入ると、ピカピカに磨き上げられた新車が何台も展示されており、フロアには新車特有のあの独特のいい匂いが漂っている。
「いらっしゃいだポン! 能孫村カーディーラーへようこそだポン!」
出迎えてくれたのは、青い整備士用のツナギをビシッと着こなしたタヌぽんだった。短い手足で元気よくお辞儀をしてくる。
「車はここに展示されているもの以外にも、バックヤードに山ほど用意しているポン。こちらのカタログに全て網羅されているポン。それと試乗も出来るから、希望があったら遠慮無く言って欲しいポン!」
「ああ、わかった。ありがとう」
僕達はタヌぽんから分厚い紙のカタログを受け取り、各々散らばって店内を物色し始めた。 ラインナップを見て驚いたのだが、セダン、ミニバン、SUV、軽自動車からスポーツカーまで、現代日本で売られているような乗用車はあらかた揃っているようだ。エンブレムこそ見たことのない架空のマークになっているが、デザインや性能は僕達がよく知るそれと全く同じである。
店内の丸テーブルに陣取った僕達三人は、一つのカタログに向かって顔を突き合わせながら、あーでもないこーでもないと意見を出し合っていた。 最初に口を開いたのは、車の知識など皆無のはずの日向だった。
「やっぱさー、足回りは大事じゃね? この世界、街道は舗装されてるって言っても、元の世界のアスファルトとは全然違うっしょ。ウチらの車に合った道とは限らないわけじゃん?」
「あー、確かにそうかもな」
日向の指摘は的を射ていた。セッテ王国内の街道は、石畳だったり、レンガ造りだったり、あるいはただ土を固めただけの未舗装路だったりする。しかも、馬車の轍でボコボコになっていたり、下手したら魔物の体液でスリップしやすくなっていたりする可能性もある。
そうなると、悪路走破性に優れた車高の高い4WDなんかが最適解なのだろうか?
「いや、その必要は無いポン」
僕達の会話を耳ざとく聞きつけたタヌぽんが、トコトコと歩み寄ってきた。
「ここにラインナップされているどの車も、足回りはセッテ王国の道路を走れるように『特別仕様』に魔改造されているポン。サスペンションは馬車の轍を吸収するし、タイヤはパンクしにくいように出来ているポン。だから、見た目が普通のセダンや軽自動車でも、外の街道を走る分には全く問題ないポン。ま、道なき道を走るんだったら、それなりのオフロード車を選ぶことになるんだけどね」
(相変わらず無駄にハイスペックな技術だなぁ……)
思わず心の中で突っ込んでしまった。
「そういうことなら、あまり足回りや頑丈さは気にしなくていいと思う」
タヌぽんの説明を聞き、成美がカタログのページをめくりながら合理的な購入方針を示した。
「ボク達がセッテ王国で要求する自動車の役割は、各公国間を移動するための長距離移動手段。道なき道を走る必要が出てきたのなら、その時にまたディーラーに戻ってきて、用途に合った車を買い足せばいいだけ」
成美の言葉に、僕と日向は顔を見合わせた。
そう、ここの自動車は家と同じく、転移者であれば割安に買えるのだ。しかも自動車税や車庫証明なんて面倒なシステムもない。必要になれば、ポンポンと二台目、三台目を購入しても金銭的なダメージはほぼ無いと言っていい。金銭感覚がバグりそうになる。
「それならさー、思い切って『荷物をたくさん積める』ってところを重視するのがよくね? 移動中の居住性と積載量全振りで! それ以外の性能はオーソドックスでいいからさ。それに、ウチのスキル『デコレーション』で車体をデコれば、ある程度性能もいじれるっしょ」
日向の提案に、僕は思わず膝を打った。
そうだ、日向のスキルは『対象をデコることで、その性能をアップさせる』というもの。武器や防具だけでなく、車にも適用できる可能性は高い。
「車体にラインストーンを貼り付けたら燃費が上がったり、痛車みたいにド派手なステッカーを貼ったら最高速度がアップしたりするってことか? 完全にゲームのノリだな……」
「アハハ、痛車で爆走する勇者とか、ウケるんですけど!」
ともかく、基本的に車に乗るのは僕達三人。おそらく、たまに何人か追加で乗せる程度だろう。となると、居住空間の広さと、アイテムボックスに入り切らないような荷物を積むための積載量を重視すればいい。
吟味した結果、僕達は荷室が広く、いざとなればシートを倒して積載量を拡張できそうな『ステーションワゴンタイプ』の車に決定した。カラーは汚れが目立たないシルバーだ。
さて、僕達の方針は決まったが、他の人達は何を選んだのだろうか?
「郡上君は……4WDを選んだんだね」
「ああ」
郡上君の横には、角ばったデザインで車高が高く、ゴツゴツとしたオフロードタイヤを履いた、オリーブドラブ色の無骨な小型4WDが停まっていた。元の世界でいうところの、完全にミリタリー仕様の見た目だ。
「俺達フィオーレ公国に所属する転移者は、主にピアンタ大森林の中で活動することになるからな。一応街道は通っているらしいが、道が無い場所の方が多い。その悪路を踏破しつつ、狭い木の間を通り抜けるためには、こういう車体が小さくてトルクのある四駆が有利なんだよ」
なるほど、遊びではなく完全に実用性と生存戦略を見据えたガチの選択だ。郡上君らしい堅実さである。
一方で、目を疑ったのは大滝君の選択だった。
「お、大滝君は……コレにするの!?」
「う、うん……。マーガレットさんが、どうしてもこれがいいって……」
大滝君が引きつった笑顔で指さした先には――流線型のボディが美しい、真っ赤な『オープンスポーツカー』が鎮座していた。雨天時は組み立て式の幌屋根を付けられる仕様らしいが、どう見てもリゾート地を走るための陽キャ専用車である。
気弱でオドオドしている大滝君のキャラクターと、恐ろしいほどにミスマッチだった。
「な、なんでまたこんなド派手な車を……」
「お聞きになって下さい、那須野さん!」
僕が尋ねると、マーガレットさんが鼻息を荒くして身を乗り出してきた。
「わたくし、昨日休憩所のテレビなるもので『ドラマ』という劇を見たのです! そこでは、身分の高い男女が、このような屋根の無い真っ赤な自動車に乗って、夜景の見える丘で風を感じながら愛を語り合っていましたの! これこそが、この世界における最高位の貴族の乗り物に違いありません! わたくしも、ああいったロマンチックなことを大滝様とやりたいのです!」
「マ、マーガレットさん、声が大きいってば……!」
大滝君は顔を真っ赤にして、パタパタと両手を振ってパニックになっている。なるほど……動画配信サービスか何かで、古いトレンディドラマでも見て、それに強烈に憧れてしまったのか。
完全にマーガレットさんの尻に敷かれている大滝君に、僕達は生温かい視線を送るしかなかった。
「では、皆さん自動車をお決めになったということで、代金をお支払いいただきますポン。その前に、当ディーラーの自動車の『特殊な仕様』について説明しておくポン」
受付カウンターに戻った僕達に、タヌぽんが真面目な顔で説明を始めた。
「まず、燃料についてだポン。外の世界にはガソリンなんて無いから、代わりに『魔力液』という、魔石を液化させた特殊な燃料を使うポン。燃費はめちゃくちゃ良くて、排気ガスも無いポン。燃料の補給は、この休憩所内にあるガソリンスタンドで出来るポン。それに、この店で売っている『携帯用製造装置』を買えば、外の世界で手に入れた魔石をその場で液化して補充できるポンよ」
おお、それは便利だ。異世界でガス欠になって立ち往生する危険が減るのは非常にありがたい。
「それと、年一回の車検についてだポン。外の世界に車を置きっぱなしにしていても、点検の時期になると夜中に自動的に車が光に包まれて回収されて、翌朝にはピカピカに整備されて元の場所に返される『空間転送システム』になっているポン。だから、わざわざここまで車を持ってくる必要は無いから、特に気にしなくていいポン」
「相変わらず、どこにそんなオーバーテクノロジーが隠されてるんだよ……」
もはやツッコミを入れるのも疲れるほどのチート仕様だった。てっきり僕が車を持っている人達の所へわざわざ行脚して回収するのかと思っていたが、自動回収システム完備とは恐れ入る。
ということで、各自代金をお支払い。 僕達のステーションワゴンは、保険も込みで驚きの『3000V』。三人で割り勘したので一人1000Vだ。現代日本ならジュースを数本買うような、あり得ない価格である。
ちなみに値段は聞かなかったが、支払い時の郡上君は「オプション盛りすぎたか……」とちょっと痛そうな表情をしていて、大滝君は「す、スポーツカーってこんなにするんだ……」とショックを受けたような表情をしていた。破格と言っても、こだわればそれなりに出費はかさむらしい。
「じゃあ、無事に車も買えたことだし……これからどうしようか?」
「あ、あのさ! よろず農園に行ってみない? おれ、ここに来てからあそこがメチャクチャ気になっててさ……!」
大滝君が、珍しく身を乗り出して主張してきた。彼のスキルを考えれば、農園はかなり興味があるのだろう。
「お、いいね。じゃあまずはそこでドライブがてら行ってみようか。……だが、その前に一旦家に寄らせてくれ。白川を誘ってくる」 「あー。確かに、これから遊びに行くのに誘わないのはあり得ないよな」
ということで、僕達はそれぞれ新車に乗り込み、ひとまず自分達の住む住宅街へと戻ることにした。 初心者の僕が運転席に座り、緊張しながらも危なげなくハンドルを握る。車内は静かで乗り心地も良く、本当に快適なドライブだった。
数分後。僕達の車は、白川さんと郡上君の家がある角地に無事到着した。
車のエンジンを切り、僕達は連れ立って白川さんの家の玄関へと向かった。
「おい、白川ー! 迎えに来たぞ、農園に行こうぜ!」
郡上君が玄関の引き戸を叩きながら声をかける。しかし、家の中からは何の返事もない。
ただ、不気味なくらいの静寂だけが漂っていた。
「……おかしいな。あいつ、絶対に返事はするはずなのに……。しっかし、きちんと鍵かけろって言ってんのに鍵かけてないじゃないか。玄関が開いてるぞ」
郡上君が怪訝そうな顔で、ガラガラと音を立てて玄関の戸を開けた。
靴を脱ぎ、僕達も後に続いて廊下に上がる。家の中は薄暗く、妙な薬品のような、甘ったるい匂いが漂っていた。
「白川、入るぞ?」
居間へと続く障子を開けた瞬間――。
僕達は、その場で息を呑んで立ち尽くした。
「……えっ?」
薄暗い和室の中央。
ちゃぶ台の横の畳の上で。
白川さんが、虚ろな目を宙に向けたまま、小刻みに痙攣して倒れていたのだ。
その口元からは、白い泡がわずかにこぼれ落ちていた。




