第27話 異世界の合宿免許スタート!
集合時刻になり、僕達三人は縁側のガラス戸をきっちり閉めて外に出た。 初夏の日差しが照りつける中、道を歩いて集合場所のバス停に向かうと、そこにはすでに郡上君と大滝君が待っていた。
「あれ、白川さんは?」
「来ないってさ。家に入ったら最後、外に出たくなくなったらしい」
郡上君が、深いため息をつきながら肩をすくめた。
どうやら面倒見の良い郡上君は、隣の家までわざわざ白川さんを迎えに行ってくれたらしい。しかし、結果は惨敗だったようだ。
「俺が玄関の外から声かけたら、襖の奥から『あたしの事は気にしなくていいから』とか言って、全く動く気配がねえんだよ。あの女、完全に古民家の魔力に取り憑かれやがった……」
「ま、まぁわからなくは無いけど……」
あの無愛想でクールな白川さんが、畳の上で座布団に根を張っている姿を想像してしまい、思わず吹き出しそうになる。
しかし、彼女が外出を拒否する気持ちも痛いほどよくわかった。
「ま、気持ちはわかるけどね~。あの和室と縁側、マジで魔性のくつろぎ空間だし」
「うん。ここの家はめちゃめちゃくつろぎやすい。ボクも正直、危うくちゃぶ台と一体化するところだった」
「お前らもかよ……」
ツッコミを入れつつも、日向と成美の意見に僕も深くうなずく。有降町の近代的な家も非常に生活しやすくて休みやすいが、ここ能孫村の『おばあちゃん家』感は、日本人のDNAに直接語りかけてくるような、より深いリラックス効果があるのだ。下手したら本当に一生堕落してしまう危険性すら孕んでいる。
「ま、白川さんのことは放っておこう。本人が休みたいならそれが一番だしね。マーガレットさんは?」
「家の中を色々物色してたよ。自動車よりも家や周りのことが気になるみたい」
確かに、異世界人のマーガレットさんにとって珍しいものばかりだからなぁ、こうなることも不思議ではない。
ということで、僕達五人は住宅街の奥へと向かって歩き出した。
のどかな田舎道を歩くこと十数分。周囲の古民家群から少し離れた開けた場所に、その建物はあった。
「ここだね。自動車教習所」
「なんか、急に現実感がすごい建物出てきたな……」
目の前に現れたのは、白い鉄筋コンクリート造りの無機質な二階建ての建物と、その裏手に広がる広大なアスファルトの練習場だった。S字クランクや坂道、信号機などが設置されている光景は、元の世界のどこにでもある教習所と全く同じだ。
ここが、僕達が自動車の免許を取るために、今日から三日間通い詰めることになる場所である。
ガラス張りの自動ドアを抜けて中に入ると、一階部分の半分ほどが長い受付カウンターになっていた。
しかし、その内側にいたのは――。
「ようこそ、能孫村自動車教習所へ! 受講希望者だポン?」
「……なんか、いっぱいいるな」
カウンターの奥には、不動産屋で会ったのと同じフォルムのタヌぽんが、なんと十匹近くもひしめき合っていた。しかも全員、何故か黒のライダースーツをビシッと着込んでいる。丸っこい体型にピチピチの革ツナギというアンバランスすぎる光景に、僕達の脳内処理が少し追いつかない。
「あ、はい。僕達、自動車の免許取得志望で来ました」
「なるほどポン! では、まずこちらの書類に必要事項を記入して下さいポン」
代表して僕が答えると、ライダースーツのタヌぽんが一斉にキビキビと動き出し、人数分のバインダーとボールペンを差し出してきた。
受け取った書類を見ると、氏名、生年月日、健康状態のチェック項目などが並んでいる。
「あのさ、生年月日って元の世界のものでいいの?」
「問題ないポン。マスター達の戸籍的な情報は、この休憩所内で自動的に照合されるシステムになってるから、そのまま書いてくれて構わないポン」
「相変わらず無駄にハイスペックなインフラだな……」
そんなやり取りをしつつ、各自書類に記入して提出する。
続いてカウンターの端にある、これまた見慣れた覗き込み式の視力検査機で視力を測定した。こちらは全員難なくクリア。各種問題無いことを確認すると、僕達は正式に受講を許可された。
「はい、受講料の500Vも確かにいただいたポン! これで全員受講出来るポン。では、当自動車教習所の仕組みを説明していくポン!」
資料を広げた教官タヌぽんが、短い手で指さしながらカリキュラムを説明し始めた。
まず、初日と二日目の午前中は、二階の講義室での座学が中心。時々、一階のシミュレーターや外の練習場で実際に車を運転してみる実技を挟む。
二日目の午後にはペーパーテストによる仮免試験が行われ、それに合格できれば実習中心の後半戦に移行する。
後半では練習場での運転をこなすほか、実際に能孫村の公道に出て運転を行うとのことだった。
「そして三日目の午後! 最終試験として、公道で決められたルートを無事安全に走行しきれば晴れて卒業、即日免許交付となりますポン!」
「へぇ。元の世界だと、教習所を卒業してから免許センターに行って筆記試験を受けて、それに合格してやっと免許交付なんだけどな」
郡上君が感心したようにそう漏らした。後で聞いたところ、彼の知り合いの大学生から、免許取得の仕組みについて聞きかじったことがあるらしい。
「それはあちらの世界のルールだポン。ここでの免許交付手順はこっちの世界の仕様ということで理解して欲しいポン。他に質問は? 無ければ明日朝9時から講義が始まるから、時間厳守で集合して欲しいポン!」
こうして、僕達の怒涛の教習所ライフが幕を開けたのだった。
***
翌日、朝9時。
二階の講義室で、いよいよ座学の講義が始まった。
内容は、自動車を運転するに当たっての心構えから始まり、標識の見方、交通ルール、歩行者の挙動など、元の世界でも共通する基本的な注意点がきっちりと教え込まれる。
だが、ここは異世界の休憩所。一味違う講義も用意されていた。
「ここからが重要だポン! セッテ王国内、つまり外の世界で運転する時の注意点だポン!」
教官タヌぽんが指示棒でバンバンと黒板を叩く。
「外の世界の街道では、馬車なんかに乗った旅人とすれ違うことがあるポン。原則として『生き物優先』だポン! 馬などの動物がクラクションの音でパニックになるから、みだりに鳴らしてはダメポン。あと、スライムが道路を横断している時はスリップしやすいから注意するポン!」
「……教習所でスライムの横断について学ぶ日が来るとは思わなかったな」
ファンタジー世界特有のシュールな交通ルールに、僕達は真面目な顔でノートを取りながらも、心の中で盛大にツッコミを入れざるを得なかった。
午後からは、いよいよ実技教習だ。
最初はゲームセンターにあるようなシミュレーターによる模擬運転から始まり、その後、広大な練習場で実際の教習車(オーソドックスな白いセダンだ)の運転席に座ることになった。
「うわぁ……本物の車の運転席って、こんなに視界が狭いんだ」
僕が恐る恐るハンドルを握り、アクセルを少しだけ踏み込むと、車はガクンと揺れてからソロリと動き出した。ただ外周を周回するだけでも、最初は手に汗を握る緊張感だった。
しかし、メンバーの反応は十人十色だった。以下、後で聞いた話。
「おっけー、こんなカンジね! アハハ、結構楽しいじゃん!」
日向は持ち前の運動神経と直感で、あっという間にコツを掴み、教習車をスイスイと走らせていた。
「……コーナーの入り口はアウトから。クリッピングポイントをかすめてイン、そしてアウトへ抜ける」
成美は無表情のままハンドルを華麗に切り返し、完璧なレコードラインを刻もうとする。
「成美さん!? 教習所でアウト・イン・アウトのライン取りはしなくていいポン! 制限速度を守るポン!!」
成美はレースゲームの知識をフル活用しようとして、助手席のタヌぽん教官を大慌てさせていた。
「ひぃぃっ! が、外周を曲がりきれなくて坂道に進入してしまいました! ごめんなさいごめんなさい!」
「落ち着くポン大滝君! 仕方ないから、このまま坂道を突っ切るポン!」
大滝君に至ってはコースアウトしてしまっていた。
そんなドタバタを繰り広げながらも、僕達はS字カーブやクランク、坂道発進などの基本技術をなんとか頭と体に叩き込んでいった。
「初日の実技お疲れ様だポン。一階のカウンター横にあるシミュレーターは、自主練用として24時間いつでも使っていいポン。しっかり復習しておくポンよ」
「わかりました、ありがとうございます」
夕方、教習が終わった僕達は、教習所を後にして家へと戻った。
その夜。
僕達は居間のちゃぶ台に集まり、夕食を済ませた後、明日行われる仮免試験の対策として勉強会を開いていた。
電気ポットでお茶を淹れ、配布された分厚いテキストとノートを広げ、分からない問題を教え合う。開け放たれた縁側からは、涼しい夜風と共に虫の音が心地よく響いてくる。
「ねえ、聞いてる? 標識の『追い越し禁止』と『はみ出し追い越し禁止』の違い、ちゃんと覚えてる?」
「あー、待って、それさっき読んだのにド忘れした。オレンジの線のやつだっけ?」
「ボクは完璧。記憶領域に完全に定着させた」
そんなやり取りをしながら、ふと成美がシャーペンを置いて、天井を見上げた。
「――ボク達、なんかすごい青春してない?」
「あ、わかる~! 縁側のある田舎の家で、夜にみんなで和気藹々と勉強会してるとさ、なんか『青春の一ページ』ってカンジがして、エモくない?」
成美の言葉に、日向も即同意する。
「確かに。昴田学園にいた時は、こんな事出来るなんて、ひとかけらも思えなかったからなぁ」
僕は思い返していた。あの狂ったようなブラック学園では、常に教師の顔色をうかがい、理不尽な校則と暴力に怯え、息を潜めて生きるしかなかった。クラスメイトと笑い合いながら、明日への希望を持って勉強するなんて、夢のまた夢だった。
振り返ってみれば、今日の講義は真面目でありながら必要以上に厳しくなく、タヌぽん教官はユーモアも交えていたし、質問も自由だった。間違えても殴られないし、暴言を吐かれることもない。
昴田学園とはえらい違いだ。元の世界の『普通の高校』の授業って、きっとこんな感じで、穏やかなものだったのかなぁ……とも思ってしまった。
少なくとも、僕達は過去の悲惨な学園生活を「あんな事もあったね」と少しだけ笑い飛ばせるくらいには、心に余裕が出てきたのだ。
手元のノートに落ちるオレンジ色の温かい照明と、笑い合う仲間たちの横顔。それは、この異世界で得た、とても大きな新たな気付きだった。
***
そして翌日。二日目の午後。
僕達はペーパーテストによる仮免試験を見事一発で全員合格した。郡上君も大滝君も、ほっと胸を撫で下ろしていた。
それからは本格的な実習に移行し、練習場の中だけでなく、能孫村の公道を実際に走る機会が多くなった。
公道を走っている最中、窓の外には聞き覚えのある風景が広がっていた。不動産屋のタヌぽんが言っていた、バス路線から外れた施設だ。
「教官、あそこに見えるのが『能孫神社』ですか。木々に囲まれてて、結構大きいですね」
僕がハンドルを握りながら、視線を前方に固定したまま尋ねる。
「そうだポン。人口が少ない村の割には立派な神社だポン。夏祭りの舞台にもなるし、免許を取って車を買ったら、ドライブがてら行ってみるといいポン」
助手席のタヌぽん教官が頷く。
「それと、運転中の適度な会話は精神を落ち着かせるからなるべくやって欲しいんだけど、おしゃべりしすぎで注意散漫になったり、前方不注意になったらダメポンよ? ほら、そこの交差点、一時停止だポン!」
「あっ、はい! すみません!」
僕は慌ててブレーキペダルを踏み込んだ。危ない危ない。
田舎道ならではの、ゆっくり走る軽トラ(これもタヌぽんが運転していた)を追い越したり、謎の小動物の飛び出しに注意したりしながら、順調に公道実習も進んでいった。
講義が終わった後も、僕達五人は残ってシミュレーターで練習に励み、明日の最終試験に向けての感覚を研ぎ澄ませた。
そして運命の三日目。
午前中に最後の仕上げの実習を消化し、午後にいよいよ最終試験が始まった。
「では、始めるポン。ボクが助手席から道案内をするから、その通りに運転して欲しいポン。ボクから危険行為で注意を受けたり、教官用補助ブレーキを踏まれたら一発不合格。全ルートを安全に運転しきって教習所に戻って来れば合格ポン!」
「わかりました。よろしくお願いします!」
僕は運転席に座り、シートベルトを締め、ルームミラーを確認する。深呼吸を一つして、エンジンをかけた。
試験ルートは、今までの公道実習で走ったことのある能孫村の道路の中からランダムで選ばれる。
緊張で掌に汗をかきながらも、僕はタヌぽんの指示通りに、安全確認を怠らず、丁寧な運転を心がけた。
交差点での巻き込み確認、制限速度の遵守、歩行者への配慮。これまでの三日間の集大成だ。
結果は――途中で何度かヒヤリとする場面もあったものの、なんとか補助ブレーキを踏まれることなく、無事に全ルートを運転しきり、教習所のスタート地点まで戻って来ることができた。
全員が試験を終え、ロビーに集められた僕達の前に、教官タヌぽんが立った。
「では、最終結果を発表するポン」
ゴクリ、と誰かが生唾を飲み込む音が聞こえた。
「――全員合格、おめでとうポン!!」
「「「「「やったぁぁぁっ!!」」」」」
僕達は思わず歓声を上げ、ハイタッチを交わした。大滝君なんて、感極まって少し泣きそうになっている。
タヌぽん教官が、満足そうに頷きながら言葉を続ける。
「けど、君達はまだドライバーとしてのスタート地点に立ったばかりだポン。くれぐれも油断せず、安全第一で、素晴らしいドライバーライフを楽しんで欲しいポン!!」
そして、卒業証書代わりに発行された真新しいプラスチック製の『運転免許証』を一人ずつ手渡された。顔写真入りのそれは、元の世界で憧れていた大人の証明そのもので、手にした瞬間、えも言われぬ達成感がこみ上げてきた。
夕日に照らされる教習所を後にしながら、僕達は免許証を見せ合いながら笑い合った。
さて、見事免許を取った後は、当然やらなければならないことがある。
「それじゃあみんな――明日、車を見に行こうか!」
僕の提案に、全員が目を輝かせて力強く頷いた。




