第25話 郷愁の無人駅と、ゆるキャラタヌキ
電車に乗る前に、まずは銀行に寄った。僕達三人はともかく、郡上君達は魔物との戦闘で苦労して手に入れた色とりどりの魔石。これを使える通貨に換金しなきゃいけない。さらに、この街での身分証兼電子マネーである『ブレイキー』を発行してもらわなくては、ジュース一本買うのもままならないからだ。
手続きは拍子抜けするほどスムーズで、窓口のハトピーは事務的なスマイルで郡上君達に真新しいカードを渡してくれた。
それらの用事を済ませ、ようやく駅の改札をくぐる。分厚い切符を買う必要などなく、発行したてのブレイキーを改札機の青く光るタッチパネルにかざすだけで『ピピッ』と小気味良い音が鳴り、ゲートが開く。完全に現代日本の交通系ICカードと同じシステムだ。しかも運賃は無料。電車の利用記録や、エリア間の移動ログを取るためだけのものらしい。「異世界に来てまで改札を通るとは思わなかったぜ……」と郡上君がボヤいていたが、同感だ。
休憩所のインフラ、相変わらず優秀すぎて逆に怖い。
ホームでしばらく待っていると、アナウンスと共に滑り込むように電車がやって来た。首都圏でよく見る、ステンレスボディに緑のラインが印象的な一般的な15両編成の通勤電車だ。空調の効いた車内、行き先を示す電光掲示板……完全にいつもの見慣れた日常風景である。
僕たちは冷房の風が心地よい、適当なロングシートに並んで腰を下ろした。シューッという音と共にドアが閉まり、そのまま電車は滑らかに発車し、のんびりと揺られること五分が経った頃だった。
「……あれ?」
最初に違和感に気づいたのは僕だった。
「なんでボックスシートになってんの!?」
「……全体的に古くなってる」
成美が冷静に、しかし微かな驚きを込めて周囲を見渡した。
ふと気がつくと、いつの間にか電車の内装がガラリと変わっていたのだ。 確かにさっきまではツルツルのプラスチックの壁に、柔らかい緑色のロングシートだったはずなのに。今は向かい合わせのボックスシートに座っている。見上げれば最新の液晶モニターは消え去り、代わりにレトロな扇風機が首を振っている。
内装も昭和レトロというか、ちょっと古さを感じるデザインになっているし、かすかに古い車両特有の匂いまでしてきた。
「那須野、どうなってるんだ!?」
「落ち着けって、僕もわからないよ。エリア移動するのはこれが初めてなんだから」
身構える郡上君が僕を問い詰めてくるが、僕だって知るわけがない。ふと見れば、大滝君は目を丸くして外の景色に釘付けになり、白川さんでさえ毒気を抜かれたようにぼーっと扇風機を見上げている。
とりあえず電車内を調べてみると、なんと15両編成だったはずの電車が、いつの間にか二両編成にまで縮んでいた。背後の車両ドアを開けようとしたら、そこはもう車掌室だったのだ。
さらにカーブに差し掛かった段階で前方の車両を窓から覗き込んでみると、外装も内装と同じく変化していた。スタイリッシュな緑のラインは消え、銀色一色の無骨なコルゲート車体。明らかに何世代か古くなっているような感じがする。
「……なんていうか、地方のローカル線っぽくなってる?」
「ボクもそう思う」
僕と成美は顔を見合わせた。その言葉を裏付けるかのように、窓の外の景色も劇的に変わっていた。いつの間にか無機質なビル群や住宅街は消え失せ、見渡す限りの青々とした田畑と、蝉時雨が聞こえてきそうな深い緑の山々が広がる、のどかな田舎っぽい風景へと切り替わっていたのだ。『ガタン、ゴトン』というジョイント音だけが、のんびりと車内に響き渡る。
電車に異変が起こってから五分経過。有降町で電車に乗り込んでからトータル10分経った頃、電車はキキーッと少し甲高いブレーキ音を立てながら目的の駅に到着し、ゆっくりと停車した。
「『能孫村』?」
錆びかけた駅名標を読み上げる僕。
「ローカル線の無人駅じゃね? これ」
単線の線路と、雑草が少し生えた一つしか無いホーム。自動改札機などあるはずもなく、ポツンと立つポールタイプのタッチ式改札機だけが異彩を放っている。木造の古びた駅舎には、座布団が敷かれたベンチが何脚かあるだけで、駅員は一人もいない。僕と日向が口に出したとおりの、絵に描いたような無人駅だった。
「あ、いたいた。マスター、こっちだポン」
のどかな空気を切り裂くように、駅を出た僕達を出迎えたのは……二本足で立つ、マスコットっぽくデフォルメされた二頭身のタヌキだった。首には前掛けをしており、丸っこいフォルムがやたらと愛嬌を振りまいている。いや、ファンタジーを通り越して完全に地方自治体のゆるキャラじゃん。
「もしかして、ハトピーの同類?」
「ああ、マスター達は有降町のスタッフをそう呼んでるそうだポンね。その通りだポン。ボクはここ『能孫村』のスタッフ、その中でも不動産屋のスタッフを務めている存在だポン」
「そうなん? 語尾が『ポン』って分かりやすくていいじゃん。じゃ、ウチらあんたらの事を『タヌぽん』って呼ぶわ」
日向の軽いノリの一言で、このスタッフの呼び名は有無を言わさず『タヌぽん』にスピード決定した。
「マスターの好きなように呼んでくれて構わないポン。それじゃあ、ボクの不動産屋に案内するから付いてきて欲しいポン。移動中に能孫村のことについて、簡単に説明するポン」
タヌぽんの短い足の後を追いながら聞いた情報によると、ここ能孫村のコンセプトはズバリ『日本の田舎の農村』。実家が田舎で無くとも、日本人が共通認識レベルでなんとなく懐かしく感じるような、郷愁感を刺激する環境でリフレッシュしてもらおうというのが趣旨らしい。
「能孫村は、主に駅前、住宅街、よろず農園のゾーンで構成されているポン。駅前はここ一帯で、こぢんまりとした駅前商店街があるから日用品の買い物したいならここに来るといいポン。ボクの不動産屋も商店街にあるポン。住宅街は文字通りの田舎の古民家風だから、基本は一階建ての平屋で、有降町の家よりも敷地面積はずっと広いポン」
「なるほど。庭付きの一戸建てってわけか。よろず農園っていうのは?」
「農業体験施設だポン。田んぼや畑の他に、巨大な温室もあるから熱帯植物も触れるし、敷地内の山では昆虫採集も出来るポン。土いじりは最高のストレス発散になるポンよ」
「それ、すっごく興味があります!」
普段は大人しいマーガレットさんが、珍しく目を輝かせて食い気味に反応した。僕達の元の世界の植物や、未知の作物の栽培にかなり興味があるらしい。
「この三つのゾーンは無料の巡回バスで繋いでいるポンが、一つ注意して欲しいポン。バスは一時間に一本しか出ていないポン」
マジか。有降町みたいに数分おきに頻繁にはバスが出ていないらしい。こういう不便な所まで忠実に田舎を再現しているのか。まあ、現実の過疎化が進む田舎はもっと本数が少ない所もあるらしいから、一時間に一本ならまだマシな方かも知れないな。
「そこで、家を買ったら早めに運転免許を取得するのを強くオススメするポン。教習所が住宅街の端にあるし、なんと最短三日で免許が取れるポン」
「み、三日!?」
「そうだポン。そしたら商店街にカーディーラーがあるから、すぐに自動車を買うといいポン。転移者であれば家と同じく、特別割引料金で車が買えるから、免許を取ればすぐ買えるはずだポン。しかも……ここからが重要だポン。一度買った自動車は、他のエリアはもちろん、外の世界にも持って行けるから、マスター達の移動や活動にも絶大な役に立つはずだポン」
……えっ? なんと、異世界で合宿免許ばりのスピードで免許を取って車を買えるどころか、外の世界にも持ち出し可能らしい。馬車よりも速く快適に移動出来るなんて、異世界小説でよくあるチートそのものだろ。
元の世界では18歳以上でないと車の免許は取れないが、この世界では年齢制限の概念が特殊なのか、特に年齢制限が無いのも地味に助かる。自分の努力次第で学生の身でありながら車の免許を取れて運転できるのは、異世界で生きる上でも素直にありがたい。
「それと、能孫村の中心を流れる『能孫川』という川があるけど、そこのBBQ場などができるレジャー区域は自家用車が無いと行けないポン。同じく『能孫神社』もバス路線からは外れた、車が必要な場所にあるポン。もうすぐその神社で盛大な夏祭りが始まるけど、見に行きたかったらなるべく早く免許を取るべきだポン!」
なるほど。なんにせよ、この能孫村でまともに、そして快適に過ごすなら自動車は必須ということか。車社会なところも完全に地方の田舎のリアルな解像度を誇っている。
とりあえず家を決めたら、まずはみんなで教習所に通って免許を取るところから始めるか。全員で免許を取ってドライブに行く……そんな想像をすると、少しだけこれからの田舎暮らしが楽しみになってきた。




