第22話 巨大ツリーハウスの公都
「おお、これは……!」
「マジでファンタジーじゃん! ほんとに森の中の都市って感じだし!」
「……うん、絶景。ゲームに出てくるエルフの村の、最上位互換みたい」
フィオーレ公国の公都『ピアンタ』に到着した僕達は、その圧倒的な街並みに思わず息を呑んだ。
道沿いに並んでいるのは、石やレンガの建物ではない。見上げるほど巨大な大木の数々だ。
その大木の太い枝に頑丈な足場を打ち付け、その上に家屋を建てている。幹の周囲には足場と地面を繋ぐ螺旋階段が這うように伸び、隣り合う木々の枝同士には吊り橋が架けられ、空中の移動を容易にする立体的な動線が確保されていた。
すなわち、街全体が巨大なツリーハウスの集合体になっているのだ。葉の隙間から木漏れ日がキラキラと降り注ぎ、街中には爽やかな木の香りが満ちている。
「一応、森の中にある都市だからな、ピアンタは。森の自然を破壊せず、調和するような建築技術が独自に発達したんだと」
「詳しいね、郡上君」
「フィオーレ公国では常識だからな。一ヶ月も生活してれば嫌でも知ることになるさ。それで、一番奥に見えている一際大きな木が、フィオーレ公王が住んでいる『ピアンタ城』だ」
郡上君が指差した先にあるピアンタ城は、街の中でも頭一つ……いや、三つほど抜けるほどの途方もない巨木に造られた、超巨大ツリーハウスだった。
他の木よりも枝数が圧倒的に多く、幹も太いため、一つ一つの建物の規模が段違いに大きい。ピアンタの政治と生活の中心的施設であることが、根元から見上げるだけでも十分に伝わってくる威容だ。
そのピアンタ城の前で、僕達を待っている人影があった。つなぎを着た少年の姿だ。
「無事に戻ってきたんだね、郡上君、白川さん。それと……久しぶりだね、那須野君、松島さん、弘前さん」
「こっちこそ。一ヶ月ぶり、大滝君」
少年の正体は、『大滝 実』君。僕達のクラスメイトの一人で、ここフィオーレ公国に配属された三人組の最後の一人だ。
ただ……馬車の中で郡上君から『彼が白川さんのバーサクドラッグの原料を作っている』と聞いていたからか、僕は無意識に彼を警戒してしまった。よく見ると、目の下には濃い隈ができているし、心なしか酷く疲労しているように見える。
「久しぶりだし、大滝。ずっと城の前で待ってたん?」
「まぁそうだね、松島さん。おれは戦闘に向かないスキルだから、こうして城の前で見送ったり出迎えたりすることしか出来なくてさ……」
「ふうん、意外と律儀」
大滝君が日向や成美と言葉を交わす。すると、郡上君がフォローを入れるような体で口を挟んだ。
「いや、大滝は大滝で、俺達の戦いや国のために活躍しているさ」
郡上君はそう言ってから、スッと目を伏せ、大滝君には聞こえないほどの微かな声で呟いた。
「……いらん事も、な」
最後にボソッと付け加えられた言葉は、絶妙に大滝君には聞こえない声量だった。なんというか……郡上君の、大滝君に対する複雑でヒリヒリとした心境が垣間見える。
「俺は白川を寝かせてくる。大滝は、那須野達を公王の所へ案内してくれ。それと、今日仕留めたマシントレントの残骸は那須野のリュックに預けてあるから、公王から求められたら那須野から出してもらってくれ」
「うん、わかった。こっちだよ、みんな」
そういうことで、僕達は大滝君の案内で、公王陛下へご挨拶に伺うことになった。
***
謁見の間は、ピアンタ城の最上階の建物にあった。
対外的によく利用される場所であるためか、外装も内装も見事な木造彫刻と色鮮やかな草花の飾り付けで彩られ、非常に華やかだ。しかも、彫刻と花が全く喧嘩しておらず、計算し尽くされた上品なデザインに仕上がっている。
「フィオーレ公王、エステル・イワムラ・フィオーレ陛下のおな〜り〜!」
家臣の呼びかけと共に現れたのは、六十代くらいの気品ある女性だった。
この人がフィオーレ公王、エステル・イワムラ・フィオーレ。先々代のセッテ国王――つまりアレクサンダー現国王の祖父の時代から、このフィオーレ公国を統治し続けているという、老練な統治者だ。
「あなた達が、セッテ国王から寄越された援軍ですね。ここへ来る途中の街道でマシントレントに襲われたとか。災難でしたね」
「ええ。ですが、幸いにも郡上君と白川さんが駆けつけてくれたので、大事には至りませんでした」
「なるほど、あの子達の出動と重なったのですね。それは幸運でした。……では、早速ですがお仕事の話に参りましょう」
エステル公王は小さく咳払いをすると、真剣な眼差しで僕達を見据えた。
「魔王が発生して以来、我がフィオーレ公国はマシントレントに悩まされています。そして厄介なことに、未だにマシントレントの有効な攻略法がわからないばかりか、その『発生方法』すら謎に包まれているのです」
「発生方法が、謎?」
「はい。本来、魔王の配下であるカラクリ魔物たちは、魔王本体か、あるいは楔の魔物によって生み出されていると考えられています。ですが……マシントレントはどうもそうではないようなのです」
と言うことは、魔王側の拠点からやってくる魔物ではない……?
「昨日まで森に生えていた普通の木が、ある日突然マシントレントに変化していた……。そんな不可解な目撃情報が、いくつも寄せられています。ただの見間違いとは断じることが出来ないほどの数と、詳細な証言が集まっているのです」
「つまり、マシントレントの謎を解き明かすのが、ボク達の特殊クエスト……!」
「その通りです。そして、これは私の長年の勘ですが……マシントレントの謎が解ければ、必ずこの国に潜む楔の魔物へと辿り着き、倒す事が出来ると思うのです。それが、あなた達に課せられた依頼です」
ただ魔物を倒すだけではなく、魔物の謎を解く、か。
チェントロ周辺でやっていたカラクリ魔物の討伐とは、少々毛色が違う依頼だ。ただの物理的な戦闘だけじゃなく、推理や探索が必要になってくる。だけど……。
「どこまでお力になれるかわかりませんが、微力を尽くします」
「ま、ウチらに出来る事をやるだけっしょ!」
「謎解きは少し苦手だけど……やってみる」
僕達の力強い返事に満足したのか、エステル公王は深く、大きく頷いた。
「ありがとう、心から感謝致します。私はまだ執務が残っているのでこれで退室しますが……この件に関するより詳しい話は、私の孫娘である『マーガレット』からお聞き下さい」
エステル公王が優雅に手を差し向けた先。玉座の右側に、まるで深窓の令嬢のような、可憐で物静かな一人の少女が静かに立っていた。




