第20話 突破口なき大森林の戦いと少女の乱入
「この関所を越えたら、いよいよフィオーレ公国ですよ」
馬車の前方から、御者を務める兵士が振り返ってそう教えてくれた。
僕、日向、成美の三人は、近衛騎士団のジェームズ団長が直々に手配してくれた馬車に揺られ、フィオーレ公国へと続く大街道を進んでいた。
御者を務めてくれているのは、近衛騎士団の若い精鋭団員二人。長旅に備えて交代制で御者台に座り、僕達の安全な旅路を完璧にサポートしてくれている。本当に至れり尽くせりだ。
「そうですか。長旅でしたけど、ようやくですね。ありがとうございます」
「いやー、いよいよフィオーレ公国かぁ! 実際に行ってみたら、どんな綺麗な国なんだろーね、ゆーっち!」
日向が身を乗り出し、窓の外に広がる緑を眺めながらパッと笑顔を咲かせる。すると、僕の隣に座っていた成美が、僕の袖を不器用にちょんちょんと引っ張った。
成美は僕とふと目が合うと、ほんの一瞬だけ、無表情のまま耳たぶを朱に染めて視線を斜め下にそらす。……うん、やっぱり以前の『シェア』発言以来、成美が妙に僕に対して無自覚に甘えてくるというか、距離感が近くなっている気がする。心臓に悪いから、できれば自覚してほしいような、してほしくないような。
「……じゃあ、到着する前に、フィオーレ公国についてもう一度情報を復習しておく」
少しだけ照れくさそうに咳払いをしつつ、成美が膝の上のメモ帳を開いた。僕達は、頭を寄せ合ってこれからの目的地の情報をおさらいすることにした。
フィオーレ公国は、セッテ王国の西部に位置する公国。統治しているのは、セッテ王国を構成する七民族の一つ『花の民』。
彼らは植物の栽培・育成に特化した技術や魔法を得意とする民族であり、その強力な生産力をもって、国の農業や林業の大部分を支えている。セッテ王国で流通する農作物や材木の大半が、このフィオーレ公国で作られているそうだ。
さらに、植物の生産技術を活かした独自の養蜂業も盛んに行われているらしい。
「あと、治療用の薬草や服飾用の綿花、それに観賞用の珍しい花も、フィオーレ公国の主力商品なんだって」
「うん。花の民は本当に植物関係のスキルやノウハウに特化している。だから土地の扱いも一級品」
成美の説明通り、フィオーレ公国はその領土の半分近くが鬱蒼とした森林で占められており、残りの平地のほとんどが美しく区画整理された広大な農地や花畑になっている。
僕達が土地の構造について話していると、前方の御者台から兵士の一人が楽しそうに会話に入ってきた。
「目的地のフィオーレ公都『ピアンタ』は、セッテ王国最大の森林地帯である『ピアンタ大森林』の中に作られた都市なんです。と言っても、街道から入ってすぐの比較的浅い場所にありますし、道もしっかりと石畳で整備されていますから、魔物が出なければたどり着くのに苦労はしないはずですよ」
「森の中の都市かぁ……。どんな街なんだろうね、成美」
「……うん。ボクも楽しみ。雄心と一緒に色んな場所を見て回りたい」
成美がぽつりと、しかし確実に僕の名前を紡ぎながら、静かに僕の二の腕に自分の身体をぴたりと寄せてきた。反対側からは日向が「あー! なるっち、ウチの反対側をすんなりキープしてズルいし!」と、これまた僕の腕を抱きしめてくる。
……あ、あれ? 移動中の馬車の中、なんだかもの凄く甘酸っぱくて居心地が良いというか、両手に花を通り越して身動きが取れない状態になっているんですけど!
***
それから数日後。
馬車はついに、青々とした木々が立ち並ぶ『ピアンタ大森林』の入り口へと差し掛かった。
「皆様、ここから大体半日ほど大街道を進めば、公都ピアンタに到着します」
「いよいよ、目的地が見えてきたな……!」
御者の言葉に、僕は窓の外に広がる圧倒的な自然に息を呑んだ。ピアンタ大森林――それは、地球のビルにも匹敵するような巨大な巨木が、当たり前のように数え切れないほどそびえ立つ、息を呑むほどに鬱蒼とした森だった。
これまで通ってきた明るい田園地帯とは異なり、巨木の葉が太陽の光を遮っているため、大街道の上であってもどこか薄暗い。
「ここはピアンタに直結する大街道ですから、これでもかなり管理されて明るい方なんです。人間の手が届かない深部になると、木々が生い茂りすぎて昼間でも夜のような暗さになりますよ」
「マジで!? 昼間なのに夜とか、ちょっとウチには想像つかないんですケド」
「……まぁ、暑くないのはボク的には大歓迎。7月の初めなのに、森の中はすごく涼しくて快適」
成美が小さく息を吐きながら言う。
セッテ王国には日本とほぼ同じ気候の四季があり、季節感覚もほぼ変わらない。日本でいう7月初頭、つまり本格的な夏に向かう季節なのだが、この広大な森林の影響か、フィオーレ公国の空気はひんやりと冷たくて非常に過ごしやすかった。
そんなふうにのどかな旅を続けていた、その時――。
突如として、馬車が急ブレーキをかけるようにガタガタと激しく揺れて急停車した。
「皆様! 戦闘態勢を備えてください、敵襲です!」
御者の緊迫した鋭い叫び声。
僕達は即座にうなずき合い、それぞれの武器を握りしめて馬車から外へと飛び出した。
街道の前方。行く手を塞ぐようにして、ぬうっと三つの巨大なうごめく影が立ちはだかっていた。薄暗い森の霧を切り裂き、その正体が徐々に露わになる。
「あれは……トレント?」
御者の兵士が眉をひそめてつぶやいた。 森の多いフィオーレ公国では、珍しくもないお馴染みの野生の魔物。動く木の魔物だ。だが――今代の魔王がアクティブなこの状況下において、ただの生温いトレントが街道に現れるはずがない。事実、かすかに機械のような音が聞こえる。
トレントたちが僕達を敵と認識した瞬間、なんと普通のトレントではあり得ない、火炎放射が太い枝の先端から噴出された!
「熱っ! やっぱりコイツら、『マシントレント』だし!」
日向が即座にデコ傘をバッと開き、降り注ぐ火炎の奔流を完璧に防ぎながら叫んだ。
『マシントレント』。今代の魔王が出現してから現れるようになった、トレントの外見をしたカラクリ魔物だ。
見た目はトレントと同様、動く木だが、その内部構造は完全に駆動機械と魔導回路で構成されている。最大の特徴は、普通のトレントだと本来使えないはずの火魔法や雷魔法を枝から放ってくるという点だ。
これらの情報は、チェントロを出発する際、ジェームズ団長から教えられていた。
「天敵の火を克服した木製ロボットか……! とりあえず、いつものコイツを試してみる!」
僕は電気警棒のスイッチを入れ、激しいスパークと共に扇状の巨大な電撃波を放った。
バヂィィィッ! という爆音が森を揺らしたが……マシントレントたちは、体の一部を火花で煤けさせただけで、何事もなかったかのように駆動音を響かせている。全く通じていない。
「情報通り、電気が完全に根から逃げてる……!」
「じゃあ、これで周囲を水浸しにしてみるし!」
日向がデコ傘を一閃、大量の水の魔力弾を雨のように降らせた。マシントレントとその足元の地面が一気に濡れ、そこへ僕がすかさず追い打ちの全力電撃を放ち、水伝いに電力を叩き込む!
だが――マシントレントは駆動を停止しない。
「……ダメだ、やっぱり根の構造が優秀すぎる。アース性能が、他のカラクリ魔物とは桁違いに高いんだ」
「相性が悪い……。なら、メインのダメージソースは、ボクがやる」
成美が静かに双剣を構え、地面を蹴った。 彼女のハクスラ双剣は、日向の新たな『デコレーション』によって、戦闘スタイルを完全にアップデートされていた。
刀身の鍔の下あたりに、美しくカットされた剣状のラインストーンが埋め込まれている。成美が念じると、そのラインストーンが射出され、強靭な魔力のワイヤーが繋がった状態で周囲の巨木の幹へと突き刺さった。
「――飛ぶ」
成美がワイヤーを巻き取ると同時に、バシュッという風切り音と共にその華奢な身体が空中へと弾かれた。巨木の幹から幹へ、ワイヤーを引っ掛けながら縦横無尽に空中を飛び回るその姿は、まるで大人気のアニメや漫画の空中機動そのものだ。
成美は重力を無視したスピードでマシントレントの死角へと回り込み、超高周波ブレードと化した二本の刃で、その巨躯を電光石火の勢いで切り刻んでいく。
成美はスタイリッシュに着地して僕達の元へと戻ってきた。
だが、そのクールな表情はどこか芳しくない。
「……思ったより、まともなダメージを与えられてない」
「えっ、マジで!? あんなにズタズタに斬り裂いてたのに!?」
「マシントレントの外皮は、衝撃を吸収するしなやかな素材でできてるらしい。ボクみたいな、手数で勝負する斬撃戦法とは相性が悪い」
マズい。電撃はアースで完全に無効化され、成美の斬撃は外皮のしなやかさに威力を吸収されてしまう。まさに相性最悪の天敵だ。
御者をしてくれている二人の近衛兵も、このままでは危険と判断したのか、馬車の周囲を警戒しつつ「皆様、一度馬車へ! 体勢を立て直して撤退します!」と、一時退却の準備を始めようとした、その時だった。
鬱蒼と生い茂る森の、さらに深い奥底から、地鳴りのような『何か』が近づいてくる音が鼓膜に届いた。
「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙……!!!!」
「え、何この音!? 地割れでも起きてるの!?」
「いや、これは音というより……誰かの『叫び声』?」
日向がデコ傘を構え直し、成美が怪訝そうに眉をひそめる。
ゴゴゴゴ、と草木がなぎ倒される凄まじい音と共に、その「声」は急速に僕達のいる街道へと近づいてきて――。
「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ッッッ!!!!!!!!!!!!!」
鼓膜を破壊せんばかりの、野生の獣顔負けの大咆哮。
ブッシュを力任せに突き破り、泥まみれになりながら僕達の前に飛び出してきたのは、一人の少女だった。
その人物の顔を見た瞬間、僕と日向は思わず目を見開いて絶叫した。
「――えっ!? もしかして、白川!?」
そこに、凄まじい野生のオーラを放ちながら仁王立ちしていたのは。 僕達と一緒にあの土砂崩れに巻き込まれ、セッテ王国へと召喚されたクラスメイトの一人――『白川 麻葉』さんだった。




