第19話 チェントロ組との壮行会
「それじゃあ那須野、松島、弘前の壮行会を始めっぞ。乾杯!」
『かんぱーい!!』
国王からの依頼を受けてから数日後の夜。僕達は有降町のマイホームで、ささやかな壮行会を催していた。
参加しているのは僕、日向、成美のいつもの三人の他に、お客様が三人。彼らは国王自らが指名し、現在チェントロを中心に活動しているクラスメイト達だ。
今日、ようやく彼らをこの『休憩所』へ招くことが出来たのだ。
「しっかし、日本にいた時みたいな最高の生活が出来るって聞いてワクワクしてたのに、もうお預けかよ」
手にした缶ビール風の炭酸ジュースを煽りながら、軽く不平を漏らしているのは千鳥 走太君。
このクラスで一番初めに鑑定を行い、『スーパーバット』のスキルを持つと判明した人物だ。見事なリーゼントがトレードマークの、典型的な不良っぽい見た目をしている。ちなみに、さっき真っ先に乾杯の音頭を取ったのも彼だ。
「しょうがないよ。チェントロ周辺だけでも、自分たちの力を必要としている人達は大勢いるんだし。それに、那須野君達の今後の活動は『魔王討伐』っていう自分達の最終目標に直結する重要なものだろ?」
千鳥君をたしなめるように返したのは、足利 藤光君。 眼鏡をかけた、少しマイペースでおっとりとした雰囲気の男子だ。
彼のスキルは『司令』。通信機器や情報処理装置を召喚し、戦場全体の状況を把握・分析して適切な指示を飛ばせるという超絶便利な指揮官スキルである。 前線に出るよりも中央にいた方が絶対に重宝されるということで、現在は王国直属で活動しているらしい。
「ま、この街に二度と来られなくなるわけじゃ無いんだし。三人が無事に帰ってこれるのを祈ろうよ」
そう優しく微笑んだのは、小湊 愛梨さん。 栗色のボブヘアをした、極々一般的な可愛らしい女子だ。
彼女のスキルは『強化光』。浴びるだけで味方に強力なバフがかかる光を放てるという、RPGの補助役のような能力だ。最大兵力を持つセッテ王国軍であればその力を最大限に活かせるということで、彼女も王国直属となっている。
ただ――なぜか日向が小湊さんを見る時だけ、妙にトゲトゲしいというか、警戒心むき出しのオーラを放っているのが少し気になっていた。気のせいか、隣に座っている成美も、小湊さんが喋るたびに無言で僕の袖をギュッと掴んでくるような……?
とまぁ、そんな個性的なメンツで、テーブルには、湯気を立てる大皿の唐揚げや、香ばしい匂いを漂わせるピザ、そして色鮮やかなマカロンの山が所狭しと並べられている。全てアリフレモールのスーパーや惣菜店で買ってきたおかず類や、スイーツ専門店で買い込んだデザートだ。
現代日本の美味しい食事に、チェントロに残っていた三人もテンションが上がりっぱなしだった。
「そういえばお前ら、最初はどこに行くか決まってんの?」
「王様からは自由に決めていいって言われてるけど――とりあえず『フィオーレ公国』に行くつもりだし」
千鳥君の質問に、日向が唐揚げを頬張りながら答えた。
『フィオーレ公国』とは、植物の栽培や育成を得意とする『花の民』が統治する公国で、セッテ王国の西部に位置している。美しい森や巨大な花畑が有名な、緑豊かな国だそうだ。
僕達はまず、そのフィオーレ公国の首都『ピアンタ』を目指す予定になっている。
「フィオーレ公国に所属したクラスメイトに、何か伝えたいことがあるなら伝言しておくけど?」
「いや、その気持ちだけで十分さ」
僕の提案に、足利君は優しく笑って遠慮した。そして、眼鏡の位置をクイッと直しながらその理由を話す。
「王国と各公国には『通信機』が設置されているからね。連絡を取り合おうと思えば、いつでも取り合えるんだ。それに、自分がスキルで召喚する通信機器が、各公国間や王国と公国間でうまく繋がるかどうか実験するっていう話も持ち上がっていてさ。それが成功すれば、いくらでも話せるようになるしね」
そう、この世界にはファンタジーらしからぬ『通信機』が存在する。もちろん、過去に召喚された転移者たちが残した技術の遺産だ。ただ、量産が難しく非常に高価なため、王国や公国、ギルドといった公的機関や、一部の大金持ちの貴族や大商人くらいしか所持していない代物らしい。
だが、足利君がスキルで召喚する通信機は、既存の魔導通信機よりも遥かに高性能だという。その通信機を解析すれば、セッテ王国の通信技術が劇的に向上し、コストダウンにも繋がるかもしれないとのこと。
だからこそ、足利君は通信技術向上のために、時間が許す限り研究の協力をするよう頼まれているのだそうだ。
「本当は、自分の通信機と那須野君の休憩所で手に入れたスマホを繋げてみたいんだけどね。そうすれば、元の世界みたいに手軽な大々的通信網を構築できるかも知れない。けど……」
「……時間が圧倒的に足りないと思う。魔王を倒して、まとまった時間を確保できるようにならないと、それは不可能」
成美の冷静な指摘に、足利君は「だよねぇ」と苦笑いしながら頷いた。どうやら成美の言う通り、今は目の前の脅威を退けることで手一杯らしい。
その後も、真面目な作戦会議からくだらないバカ話まで、時間を忘れて食べて飲んで楽しんだ。 やがて、一通り食事が片付いた頃。ふと見ると、足利君と小湊さんが、僕らから見えない角度で何やらジェスチャーを交わしていた。
……ん? なんだか、小湊さんが腰を振ったり、足利君がそれに頷いたりと、妙なサインが多い気がするんだが……気のせいか?
「食事も無くなったし、そろそろお開きにしない? 片付けは……」
「お、俺が残って手伝っとくわ。足利と小湊は、気にせず先に帰んな!」
僕が言いかけると、千鳥君がパッと立ち上がって言った。
「千鳥君がそう言うなら、甘えさせてもらおうかな。……那須野君は大丈夫?」
「うん、僕は全然OKだよ。今日は来てくれてありがとう」
「こちらこそ楽しかったよ、ごちそうさま。またねー!」
足利君と小湊さんは、並んで玄関へと向かい、そのまま仲良く僕のマイホームを去っていった。 扉が閉まった直後、リビングに沈黙が降りた。
「……千鳥。もしかして、二人に聞かせられない話をするための人払い?」
「ハッ、弘前にはわかっちまったか。どこで感づいた?」
「経験の問題。ゲームとかでよくある、裏事情を話す前の露骨なイベントシーンだったから」
言われてみれば、確かにゲームとかアニメでよくある密談前のシーンだ。成美、相変わらずゲーマー視点で鋭いな。
「お前ら――っていうか、主に松島と弘前に聞かせたい話なんだがよ。お前ら、小湊のこと警戒してただろ。食事中、那須野の死角で何度も小湊のこと睨みつけてたぜ?」
「ヤバッ、無意識に出ちゃってたんだ。……まぁ、千鳥の言う通りだし。小湊のこと、あんまりいい噂聞いたこと無かったからさ。ゆーっちが食い物にされないように見張ってたし」
「同意。小湊は手癖が悪い。那須野に手を出されたら面倒だから、ボクもいつでも牽制できるように準備してた」
……え? 食い物にされる? 手癖が悪い?
二人の物騒な言葉に、僕は思わず目を瞬かせた。小湊さんの良くない噂なんて、僕は初耳だぞ。
「男子は女子と関わりが無ければ噂が耳に入らないから、ゆーっちが知らないのも当然だけどさ。小湊ってば、色んな男を片っ端から引っかけようとしてたらしいし」
「それ、ボクも知ってる。クラスメイトだけじゃ無く、王宮に勤めてる騎士や街の男の人まで、見境無く誘ってたって。まぁ、昴田学園にいたときからそういう危うい兆候はあったけど。入浴中に寮の浴槽でオナってるところを先生に見られて取り押さえられたりとか」
そ、そうだったのか。小湊さん、あんなに普通で可愛らしい女の子っぽいのに、裏ではそんなことになっていたなんて……。しかも昴田学園でのエピソードもかなり強烈すぎる……。
「その事なんだけどよ、もうお前ら心配しなくていいぜ。あの暴走、足利が必死になって止めたからな」
千鳥君は手の中の空き缶をコツリとテーブルに置き、ソファに深く腰掛けた。普段のおちゃらけた不良っぽさは完全に消え去り、真剣な顔で語り始めた。
彼によると、元を辿れば小湊さんの家庭環境に深刻な原因があったらしい。 小湊さんの父親は母親の再婚相手で、彼女とは血が繋がっていなかった。そしてその継父から、母親に内緒で頻繁に『襲われて』いたというのだ。
逃げ場のない家の中で植え付けられたそのトラウマが原因で、彼女は自己防衛のように性に奔放な行動を取るようになってしまったらしい。
そんな奔放な行動を『非行』と問題視した母親によって、強引にあの地獄の昴田学園へと入れられてしまったのだという。ちなみに、母親は娘がそうなった根本的な原因が、自分の夫にある事に一切気付いていなかったらしい。
「あのブラック学園に入れられた連中なんて、どいつもこいつも家庭に地雷抱えてるやつばっかりだけどよ……あいつも相当キツいモン背負ってたんだよ」
「……」
僕達は言葉を失った。あの学園の異常さを知っているだけに、小湊さんの感じていた絶望が痛いほど伝わってくる。
「でな。その事情を知った時の足利のやつ、普段のおっとりした雰囲気とは全然違って、マジで男前だったんだぜ。小湊の肩をガシッと掴んで、真っ直ぐ目を見つめて、腹の底から心のこもった本気の説教したんだからよ。『そんなことで自分を安売りするな!』ってな。……そしたら小湊のやつ、大号泣して、そのまま足利にべったりになっちまってさ。もう足利以外の男には一切色目使わねぇよ。なんなら、ここ有降町で買った家も、あいつら一緒に住んでるしな」
「ええっ、そうなの!?」
僕は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
僕達がアリフレモールで壮行会の準備をしている間に、チェントロ組の三人は不動産屋で家を買っていたのだが……まさか足利君と小湊さんが同棲を始めていたとは。
さっきの食事の最後に交わしていた謎のジェスチャーも、そういう親密さの表れだったのか。納得だ。
「そういうわけで、松島と弘前の心配事はもう無いぜ。……それと、この話は小湊と足利のプライバシーに関わる激重な話だから、絶っっ対に他言無用だぜ? ……さて、本格的に片付けやるか!」
「え、本当にやってくれるの? てっきり、話をするための方便だと思ってたけど」
「確かに方便だが、俺は言い出したからにはしっかり片付けてから帰るつもりだったぜ? ヤンキーなめんなよ」
千鳥君はニカッと笑うと、言葉通り手際よく皿洗いやゴミの分別を手伝ってくれた。意外と家庭的な一面がある不良、なんだか憎めないやつだ。
片付けを終えると、彼は「じゃあな!」と元気に手を振って、自分の買った有降町の家へと帰っていった。
翌日。有降町での休息を満喫した千鳥君、足利君、小湊さんの三人は、光のゲートをくぐって元の現実空間――チェントロへと戻っていった。王宮直属の彼らには、また多忙な任務漬けの生活が待っている。
そして、さらに二日後。
徹底的な装備の準備と買い出しを終えた僕達三人は、王都の巨大な正門の前に立っていた。
目の前には、近衛騎士団のジェームズ団長が直々に用意してくれた、頑丈で立派な四頭立ての馬車が停まっている。
「よし。忘れ物はないね?」
「ウチはバッチリだし! 新しいデコ素材も大量に仕込んできたから、どんな魔物が出てもスクラップにしてやるし!」
「……ボクも問題ない。いつでも新しいハクスラの戦場に行ける」
日向がピンク色のデコ傘を肩に担いでピースサインを作り、成美が静かに双剣の柄に手を添えて頷く。
頼もしすぎる二人の仲間を見て、僕は自然と口元に笑みを浮かべた。
「それじゃあ、行こうか!」
僕達は力強く馬車に乗り込み、御者に合図を送った。
いななきと共に車輪が力強く動き出し、王都の石畳を鳴らして進み始める。
目指す先は、西の大地。緑と花の国――フィオーレ公国。
遊軍となった僕達の、魔王を討伐し、本当の自由を掴み取るための新たな旅が、今ここから始まるのだ。
本話で第1章終了です。
次章は誠意執筆中です。書き上がり次第、公開致します。
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