第2話 聖剣? 無限魔力? いいえ、俺の能力はただの『休憩所』でした。
薄暗い地下室から石造りの長い階段を上り、重厚な両開きの扉を抜けた先。そこは、僕たちの語彙力を一瞬で「すげぇ」と「ヤバい」の二文字に退化させるほど、圧倒的な空間だった。
百人以上の生徒が全員入っても、まだキャッチボールができそうなくらい広大な部屋。天井には目が眩むほど輝く巨大なシャンデリアが吊るされ、大理石のような磨き抜かれた床には、扉から部屋の最奥まで一直線に、ふかふかの赤い絨毯が敷かれている。
壁には金銀財宝を散りばめたような豪奢なタペストリーが飾られ、等間隔に立つ柱には見事な彫刻が施されていた。
間違いない。ここは王城の『謁見の間』だ。RPGの序盤で王様から初期装備とわずかなゴールドを渡される、あのテンプレ空間そのものである。
赤い絨毯の終点は一段高い玉座になっており、そこに先ほどの金髪イケメン国王、アレクサンダー陛下が腰を下ろした。
そしてその隣には、軍の礼服を思わせる、格式高いながらも動きやすそうな意匠の服を着た初老の男性が直立不動で立っている。
ロマンスグレーの髪をオールバックに撫でつけ、鋭い鷹のような目つきをした四十代後半くらいの渋いおじ様だ。左腰には立派な装飾が施された長剣を佩いており、ただ立っているだけで歴戦の猛者感が漂っている。僕たち男子の『かっこいいおっさんセンサー』がビンビンに反応するタイプの御仁だ。
彼は国王が近づくと、無駄のない洗練された動作で深く頭を下げて出迎えた。王が小さく頷き返して豪華な椅子に腰掛けると、威厳に満ちた声が部屋に響き渡った。
「では、改めて自己紹介と説明をさせてもらおう。余はアレクサンダー・ゴルジェ・サク・セッテ。ここ、セッテ王国の国王である」
そこからの話は、ファンタジー世界のお約束と驚愕の事実のオンパレードだった。
どうやらこのセッテ王国は、数百年に一度の周期で発生する『魔王』という理不尽な災害に、先祖代々悩まされてきたらしい。
魔王はどうやら特定の誰かが悪に染まるというよりは、一定の条件で自然発生してしまうらしく、セッテ王国としては地震や台風と同じ『災害』という認識なんだそうだ。
その度に、国は甚大な被害を出しながらも、命がけで討伐してきたという。
「だが、我々の先祖はただ指をくわえて絶望していたわけではない。魔王に対する切り札を用意してくれたのだ。それが『異世界召喚の儀』。異世界から魔王や強力な魔物と戦う勇者を召喚し、召喚の際に特殊で強力な恩恵――スキルを与える儀式だ。それを行い、君達を召喚した」
キタキタキタキタ!
王様の口から飛び出した『スキル』という単語に、僕のテンションは天井を突き破った。周囲を見渡せば、クラスメイトたちもあからさまに色めき立っている。
異世界召喚からのチート能力付与。これぞライトノベルの王道、僕たちが待ち望んだ展開だ! あの泥まみれの理不尽マラソンから一転、一騎当千の無双プレイが約束されたようなものである。
そんな興奮冷めやらぬ中、ふとクラスメイトの一人がスッと手を挙げた。
「あのさ~、ちょっと質問いい?」
ピンと伸びた手とその軽い口調に、周囲の空気が少しだけピリッとした。 手を挙げたのは、松島 日向さん。昴田学園の狂った校則により、髪の毛は黒染めを強要され、服装も野暮ったい学校指定のジャージ。おまけに化粧も禁止されているというのに、なぜか全身からギャルのオーラを隠しきれていない不思議な少女だ。
「仮にウチらがその魔王? ってやつと戦ってさ、見事倒したとするじゃん? そしたらウチらはどーなるの? 元の世界に帰還できたりするわけ?」
それは、誰もが気になっていた、しかし今の浮かれた空気の中では聞きづらかった核心を突く質問だった。 RPGなら『エンディング後に元の世界に戻る』か『この世界に残る』かの選択肢が出る場面だ。 アレクサンダー国王は、少しだけ申し訳なさそうに目を伏せて、重々しく口を開いた。
「残念ながら……君達を元の世界へ帰す術は無い。そもそも異なる世界から人間を呼び出すだけで、莫大な魔力とエネルギーが必要になる。それを再び集め、安全に往復させることは、今の我々の技術では不可能なのだ」
その宣告を聞いた瞬間、普通の高校生なら絶望のどん底に叩き落とされるだろう。家族に会えない、友達に会えない、現代日本の便利な生活に戻れないのだから。
だが、僕たちの反応は全く違った。
クラスのあちこちから、「ふぅーっ」と安堵のため息が漏れたのだ。
あんな、毎日泥水をすすらされるような頭のおかしい収容所学園に帰りたくなんてない。それに、ここにいる連中の大半は、僕と同じように家庭環境に深刻な問題を抱えている。親の愛情を知らない奴、厄介払いされた奴、親戚に財産を乗っ取られた僕みたいな奴。 帰りたいと思える場所なんて、あの世界のどこにもないのだ。帰れないと聞いて、むしろガッツポーズをしたいくらいだった。
「それに……」
と、国王はさらに言葉を継いだ。
「召喚される者は、無作為に選ばれるわけではない。儀式は『死の淵にある者』を条件に探索し、召喚を行う。仮に帰還させる術があったとしても、君達を『死の間際の状況』へ戻す事になってしまうのだ。君達も、召喚される直前の状況に心当たりがあると思うが」
……心当たりどころの話ではない。 あの土砂崩れだ。何トン、いや何十トンという土砂と倒木が、猛烈な勢いで僕たちを飲み込もうとしていたあの瞬間。 今考えてみれば、直前に感じたあの一瞬のふわりとした浮遊感は、土砂に押し潰される寸前に間一髪で異世界召喚の魔法が発動した時の感覚だったのかもしれない。
つまり、もし元の世界に帰還できたとしても、待っているのは『何十トンもの土砂に押しつぶされるコンマ一秒前』という、文字通りの詰み状況なのだ。 冗談じゃない。もう一度あの状況に戻って、今度こそペチャンコになって生き埋めになるなんて絶対にお断りだ。
クラスメイトたちの顔を見ても、全員が青ざめながら激しく首を横に振っている。元の世界への未練など、これで完全に粉砕された。
「君達の処遇だが、当然ながら国賓として厚遇しよう。魔王討伐後にお役御免で冷遇するような真似は決してしないと誓う。その証拠に、そうだな――」
国王はふと立ち上がり、隣に立つ渋いおじ様騎士を手で示した。
「余の本名は『アレクサンダー・ゴルジェ・サク・セッテ』。そして隣にいるのは、余や王族の警護を担当する近衛騎士団を取りまとめている団長、『ジェームズ・ツクバ・オルランド』。これでも侯爵という高位の貴族位を持っている。……さて、余ら二名の名を聞いて、何か気付いたことはあるか?」
国王の謎かけのような問いに、クラスの誰もが首を傾げる中、控えめに声が上がった。
「あの……日本人……ボク達と同じ国の、地名とか名前が入ってる……?」
答えたのは、小柄で普段はいつも図書室の隅で本を読んでいるような物静かな少女、弘前成美さんだった。
「その通りだ」
国王がニッと笑う。 言われてみれば確かにそうだ。国王の名前にある『サク』は日本の『佐久』とも読めるし、ジェームズ団長の『ツクバ』はどう考えても『筑波』だ。
つまり、どういうことだ?
「我らの名前が示す通り、君達の国から召喚された者は過去にもいた。彼らは魔王との戦いの最中、あるいは戦いの後に王族や貴族と結婚し、その家に入ったり、自ら武功を立てて新たな貴族家を立ち上げた者もいる。また、貴族にならずとも、与えられたスキルや元々持っていた現代の技術や知識を使って、商会を立ち上げるなど各分野で大いに活躍した。君達も我らの先祖と同じく、活躍に応じて貴族の位を与えるし、貴族の子女と恋仲になって結婚しても王家として一切の横槍は入れない。衣食住を含めた生活の保障は、生涯にわたって約束しよう」
その言葉を聞いた瞬間、僕たちの脳内でファンファーレが鳴り響いた。
あんなクソみたいな暴力学園から逃げられただけでなく、チートスキルを与えられて異世界無双。おまけに貴族への成り上がりが約束されていて、将来は可愛い貴族のお嬢様(あるいはイケメン騎士)と結婚して一生安泰のセレブ生活!?
なんだその神ゲーは!!
ここまで至れり尽くせりの誠意を見せられ、未来のヴィジョンまで提示されたら、たとえ相手が魔王という理不尽な災害だろうと、命がけの戦いになろうとも、協力しない訳にはいかなかった。
「いいぜ、魔王討伐、協力してやるよ!」
「マジか! 貴族になれるのかー。夢が広がりまくりだな!」
「あんな地獄の学校にいるより、よっぽど未来が明るいよね!」
現金なものだとは思うが、クラスメイトたちからは次々と前向き(というか欲望にまみれた)な歓声が上がる。
その力強い意思表示に、国王は安堵したように深く謝意を見せた。
「感謝する、若き勇者たちよ。では、君達がどのようなスキルを与えられたか、鑑定させてもらおう。戦うと言っても、まずは自分の能力を把握しないことには始まらないからな」
国王が合図をすると、部屋の隅に控えていた魔法使いの一人が、キャスター付きの豪華な台をゴロゴロと押してきた。その台の上には、バスケットボールほどの大きさがある、透明で美しい巨大な水晶が乗っている。いかにもなマジックアイテムだ。
「これは『スキルオーブ』と呼ばれる魔道具だ。これに手を触れれば、君達がどんなスキルを持っているか鑑定できる。ただし、わかるのは『スキルの名前』だけだ。詳細な効果まではわからない。だが、大抵は過去に同じスキルを持った人物を召喚した記録が王家の書庫に残っている。その記録を見れば、概ねの使い方や能力の予想は付くだろう。では――誰から鑑定を受ける?」
「俺が行くぜ」
真っ先に手を挙げてズカズカと前に出たのは短髪に鋭い三白眼を持つ、いかにも不良っぽい顔つきの少年。確か千鳥 走太君だ。
彼は躊躇なく水晶に手を置いた。すると水晶が淡く発光し、魔法使いがその光を読み取るように声を張り上げた。
「出ました! スキル『スーパーバット』! ……む? これは過去の記録にないスキルですね」
「バットか……。バット、バット……って、おぉっ!?」
千鳥君が首を傾げた瞬間、彼の右手にまばゆい光の粒子が集まり、次の瞬間、そこには金属の輝きを放つ頑丈そうな金属バットが握られていた。
「おお! これは武器を召喚し、使用するスキルですね。こういった固有武器の召喚スキルは、過去にも『聖なる剣』や『魔法の弓』などで記録があります。それらを参考にすれば、今後の訓練や育成方針も見えてくるかと」
「なるほど、悪くない。期待が持てるな。では、次の者!」
ジェームズ団長の嬉しそうな声に促され、次々と生徒たちが水晶に手を触れ、スキルが鑑定されていく。
炎を操るような王道スキルや、身体能力が向上するスキルなど、概ねファンタジーの定石通りの能力が開花していく中、先ほど質問に答えた大人しい弘前さんの番になった。
「出ました! スキル『ハック&スラッシュ』! ……またしても記録にないスキルですね」
魔法使いの言葉に、クラスのゲーマー男子たちがザワッと動揺した。
「ハクスラ……ボク達の国では、ひたすら敵を倒して強力なアイテムを奪い、自らを強化していくゲーム……遊びのジャンルを指す言葉だったけど……」
弘前さんがボソリと呟く。その大人しい見た目に反して、なんて物騒なスキルを引き当てているんだ。
「ほう、物騒な遊びだな……。だが、その言葉通りの意味なら、敵を倒せば倒すほど強くなる、自己成長型の戦闘スキルに違いない。後ほどその線で検証するとしよう」
国王は顎を撫でながらウンウンと頷いている。
続いて、先ほど鋭い質問を投げかけたギャルの松島さんが水晶に触れた。
「出ました! スキル『デコレーション』! 飾り付けという意味ですが……これも全くわからないスキルですね」
魔法使いが困惑したように首を傾げる。
「えー? デコレーション? 武器とか防具とかにキラキラの石とかデコったら、攻撃力とか防御力が爆上がりするとかじゃね? エンチャント的な?」
松島さんがスマホをデコるような手つきで適当な考察を述べる。
「飾り付けることを『デコる』というのか……。非常に興味深い概念だが、今のこの国の切迫した状況では……いや、気にしないでくれ。君の言う通り付与魔法の一種かもしれない。あとでじっくり検証しよう」
国王が必死にフォローを入れている。どうやら現代の若者言葉とファンタジー世界の常識のすり合わせには少し時間がかかりそうだ。
そして、ついに僕の番が回ってきた。
クラスメイトたちが次々とチートくさい、あるいは面白そうな能力に目覚めていく中、僕の期待値も最高潮に達していた。
『聖剣召喚』とか『無限魔力』とか、そういう分かりやすい最強スキル、カモン!
僕は大きく深呼吸をして、水晶に両手を乗せた。
水晶がひときわ強く光り輝き、魔法使いが目を見開いて結果を叫んだ。
「出ました! スキル『休憩所』! ……またまた記録がないスキルです。今回は新発見のスキルの当たり回でしょうか!?」
……はい?
きゅう、けい、じょ?
「そうかもしれん。しかし、休憩所か……」
王様が、先ほどまでの威厳ある表情を崩し、なんとも言えない微妙な顔で僕を見た。
「陛下、口を挟むようで申し訳ありませんが」
すかさずジェームズ団長が一歩前に出て、僕を庇うように言葉を紡いだ。
「人間、休まなければ戦う事は出来ません。戦場において安全な休息場所を確保する、あるいは味方の休憩効率を極限まで上げる回復系のスキルであるならば、魔王軍との苛烈な戦いにおいて必要不可欠の人材と考えます」
フォロー……を通り越して、めちゃくちゃ期待されてる!?
団長の武人としての経験がそう言わせているのか、それとも単に良い人すぎるのか。その熱い眼差しが逆にプレッシャーになって、僕の胃は早くもきりきりと痛み始めていた。
でもさ、団長。『休憩所』だよ?
道の駅か? 高速道路のパーキングエリアか?
みんなが剣だの魔法だのデコレーションだので魔王軍と激闘を繰り広げている最中に、僕だけお茶でも淹れて「お疲れ様~」って温泉まんじゅうでも出せばいいのか?
異世界成り上がり無双ライフを夢見ていた僕の脳内に、『無能スキルを理由にパーティを追放される主人公』という、ラノベで死ぬほど見たド定番の展開がよぎり、一人で盛大に頭を抱えそうになるのを必死に堪えたのだった。




