第15話 親友を救い出せ! 初見殺しの特殊魔物
魔王が生み出す魔物の中には、一体もしくは数体しか作られない特別な個体が存在する。大きさや基本的なスペックは他の一般的な魔物と変わらないが、何かしら特殊だったり極端に尖った能力を持ち合わせているのだ。王国では、そういった個体を『特殊魔物』と呼称している。
特殊魔物は過去の魔王たちも生み出しており、『魔王が現れたならいつかは登場する』と確定している、いわば『あるある』な存在らしい。なぜそんな特殊な個体をわざわざ生み出すのか、ハッキリとした理由はわかっていない。ただ、魔王が実験的に生み出しているのではないか、と学者たちの間では言われているそうだ。
そんな特殊魔物の最も恐ろしいところは、『よくわかっていない』というその一点に尽きる。普通の魔物と比べて圧倒的に情報が少なく、場合によっては全くの未知の状態で初めて戦闘を行わなくてはならない。
情報が皆無な状況で、未知の攻撃手段や未知の戦闘スタイルに晒される。当然、凄まじい苦戦を強いられ、時には命を落とす危険性も跳ね上がる。ゲームの言葉を借りるなら、完全に『初見殺し』の仕様なのだ。
そして――弘前さんが受けていたのは、まさにその特殊魔物に関する依頼だった。
「『ラーニョ』と呼称されている個体だ。クモ型のカラクリ魔物らしい」
「あれ、もう情報がわかっているんですか?」
「ああ。遠目からではあったが、ある程度情報収集したからな」
特殊魔物への対応マニュアルは、過去の凄惨な教訓や経験からある程度固まっている。特殊魔物が発見されると、まずは王国軍や傭兵ギルドによって慎重に情報収集が行われる。絶対に安全を確保できる遠距離から観察し、その後、弓や魔法で少しちょっかいをかけてみて敵の反応を見る。ここまでの初期調査は、すでに終わっていたらしい。
「弘前君が受けたのは、その次の段階……威力偵察の依頼だ」
威力偵察。実際に本格的な戦闘を行い、敵の戦力や戦法を身をもって測る危険な任務。ある程度ラーニョの情報も集まったため、軍と協議しギルド側が『威力偵察に出ても良いだろう』と判断した結果だという。参加メンバーは、ベテランの傭兵ギルド所属パーティーと、遊軍の弘前さん。
弘前さんは『ハック&スラッシュ』という強力な戦闘スキルを持っているものの、実戦経験は乏しい。そのため、直接的な戦闘は連携の取れた傭兵パーティーが担当し、弘前さんは少し離れたところで警戒しつつ、緊急時にのみサポートへ回るという安全重視の方針だったらしいのだが。
「――そのベテランパーティーが、やられそうになった」
「……それで、なるっちは?」
「戦闘に介入した。そして、自ら殿を申し出て、パーティーを逃がしたらしい」
命からがら逃げ延びたパーティーが傭兵ギルドに駆け込み、事態を報告。その結果、今の蜂の巣をつついたような大騒ぎになっているというワケか。
ジェームズさんが血相を変えてやって来たのも、納得のいく理由だった。
「弘前君は、今もまだ一人で戦闘中か、上手く逃げおおせたか、もしくは――」
「その先は言わなくていーし、団長」
日向が、普段の明るさを完全に消した真剣な声でジェームズさんの言葉を遮った。
そして、真っ直ぐに僕を見る。
「ゆーっち。助けに行こ」
「うん。さすがにクラスメイトのピンチを知っていながら、何もしないのは後味が悪すぎる」
僕達が覚悟を決めて傭兵ギルドを出ようとした、その時――ジェームズさんに強く肩を掴まれ、呼び止められた。
「待ってくれ。君達の現在の実力が素晴らしい事はもう十分理解しているが、事前の情報無しで特殊魔物を相手にするのは無謀すぎる。これを」
ジェームズさんは、一枚のシワくちゃなメモ用紙を僕に押し付けた。
「威力偵察から生還したパーティーから聞き出した情報だ。急いで走り書きしたから読みづらくなって申し訳ないが……必ず役に立つはずだ」
「いえ、十分です。ありがとうございます……絶対に、弘前さんを無事に連れて帰って見せますよ」
***
弘前さんが戦闘を行っているはずのポイントへ向かう森の道中、僕達は無言だった。
弘前さんの安否への心配と、初めて戦う『特殊魔物』という未知の存在への不安。二つの重い感情がない交ぜとなり、空気が張り詰めている。
ただ、このまま緊張に飲まれるのも良くないと思い、僕は努めて明るい声で日向に話しかけた。
「そういえばさ、日向って弘前さんと仲が良かったよね? どうやって仲良くなったの?」
「……んー? まぁ、最初は偶然だったし。ただ隣の席だったってだけ」
どうやら、席が隣だったから多少は言葉を交わす程度の仲だったらしい。 明確な転機は、弘前さんからの何気ない一言だったという。
「『どうして、ずっとギャルをやってるの?』って、なるっちが聞いてきたんだよね」
「あー……。まぁ、あの学校の環境だったら、純粋にそういう疑問になるよなぁ」
既に耳にタコができるほど言ったと思うが、僕達がいた昴田学園は異常に厳しいブラック校風だ。日向のような派手なギャルは、当然のように教師たちの格好の『矯正対象』として目をつけられていた。
それでも彼女がギャルスタイルを貫き通したのは、日向自身の折れない信念があったからだ。
「でさ、前にゆーっちに言ったことと同じ理由をなるっちにも話したの。そしたらさ……」
「そしたら?」
「『私の、ゲームへの情熱と同じ。好きなものに一直線なのはかっこいい』って言ってくれてさ。ウチ、人生で初めてギャルを褒められたし。それでウチもなるっちの事に興味を持って色々聞いたら、いつの間にか超仲良くなってたし」
「なるほど。そういう経緯だったんだね」
本人同士の波長が合ったのもあるだろうが、お互いに好きなものを貫く姿勢を尊敬し合い、共感し合えたことが、深い友情に繋がったのだろう。
そんな大切な親友を、絶対に見捨てるわけにはいかない。
「ところで、そろそろラーニョがいるエリアじゃない? もう一回、メモの情報をおさらいしておくし」
「うん。特徴は大きく分けて三つ。第一に『電気が効かない』。第二に『超硬度の糸を出す』。そして第三に『糸で巣を作るのではなく、武器として扱う』」
電気が効かないというのは、僕の電気警棒戦術にとって非常に厄介だ。傭兵パーティーの一人が雷魔法の使い手で、特大の一発を浴びせてみたが全くダメージが通らなかったらしい。装甲が完全な絶縁体なのか、あるいはアース機能でもついているのか。僕と日向の水魔法と高圧電流のコンボならワンチャン通るかもしれないが……『効けばラッキー』程度に思っておいた方がいいだろう。
さらに厄介なのが、超硬度の糸を『武器として扱う』という点。クモの巣を張って待ち構えるのではなく、糸を針のように鋭く突き刺してきたり、ワイヤーのように巻きつけて切断を狙ってきたりするらしい。加えて、糸を使った立体的なワイヤーアクションもこなし、信じられないほどアクロバティックな動きをするという。
木々が鬱蒼と生い茂るこの森は、糸を引っかけるポイントが無限にある。地の利は完全にラーニョ側にあるというワケだ。一切油断できない。
そうして警戒を強めながら進んでいるうちに、目的の座標へと到着した。
そこで、僕達が見たものは――。
「なるっち!?」
銀色に光る強靭な糸でミノムシのようにぐるぐる巻きにされ、血の気の引いた青白い顔だけを出した状態で、高い木の枝から無惨に宙づりにされている弘前さんの姿だった。
だが、僕達を戦慄させたのはそれだけではない。
もう一つ、決定的に異常な状況があった。
「……ラーニョはどこだ!?」
周囲を見渡しても――獲物を捕らえたはずの特殊魔物の姿が、どこにもなかったのだ。




