第12話 アリフレモールの常識破壊な専門店
「あ……もう朝か……うおっ!?」
目が覚めた瞬間、視界に飛び込んできた光景に思わず心臓が跳ね上がった。
すぐ隣、手を伸ばせば触れられるほどの距離に、すやすやと寝息を立てる日向の顔があったからだ。
乱れたオレンジ色の髪から覗く端整な寝顔と、無防備に開いた薄い唇。頭が徐々に冴えてくるにつれて、夕べの怒涛の展開を思い出して耳が熱くなる。
そうだ、昨日は彼女のトラウマや過去の家庭環境をお互いに打ち明け合って、流れで一緒に寝ることになったんだっけ。一線は越えてない、絶対に越えてないぞ。健全な男子高校生として、己の理性を褒めちぎってやりたい気分だった。
「ん……ゆーっち、もう目が覚めたの? おはよー……」
僕の気配を察したのか、日向が薄く目を開けて眠そうに微笑む。その無防備すぎるギャルのおはよう微笑みに、危うく朝からHPをゴリゴリと削られそうになった。
「おはよう、日向。よく眠れた?」
「うん、めっちゃ爆睡したし。那須野が隣にいてくれたからかなー」
「そ、そっか……。じゃあ、今日はモールに行く予定だから、準備ができ次第出発しようか」
「おっ、お買い物デートじゃん! ウチ、光の速さで準備するし!」
有降町にやって来てから二日目の朝。今日はアリフレモールを本格的に探索する日だ。
着替え、洗顔、歯磨きを済ませ、昨日駅前のコンビニで買い込んでおいたパンとジュースで手軽に朝食を済ませる。外に出ると、これまた懐かしい現代日本のバス停が設置されていた。
バスに乗り込み、窓の外に広がるアスファルトの街並みを眺めること5分。目的の巨大建造物、アリフレモールに到着した。
「おー! 結構デカいじゃん!」
「うん、郊外にある大型ショッピングモールと完全に同じスケールだね」
アリフレモールの外観も内装も、現代日本のそれと全く変わらない。内部は吹き抜けのある三階建てで、ワンフロアが恐ろしく広い。エスカレーターもエレベーターも稼働しており、フロア間の移動は快適だった。
「お、ファッション系のお店が結構揃ってんねー。ウチの服も買い足したいし」
「スーパー、大型書店、レストランにフードコートもある。これ、外の世界に出なくてもここで一生十分生活できるレベルだよ……お金さえあれば」
入り口付近の案内板を一通り確認した後、僕達は実際にモールの中を見て回るべく歩き出した。エアコンの効いた快適な空間を歩いているだけで、セッテ王国の過酷な環境で張り詰めていた心がじんわりと解きほぐされていく。
「あれ、ケータイショップがあるぞ?」
「あー! ウチらのスマホ、あのクソ学園に入学した瞬間に先公どもに没収されたまんまだったしねー。いっちょ買いますか!」
日向のノリノリな提案で、僕達はガラス張りのケータイショップへと入った。日向の言う通り、あの人権ログアウト学校のせいで僕達は久しく文明の利器から遠ざかっていた。まぁ、仮にスマホを持ったままセッテ王国に転移していたとしても、電波が繋がらなければただの薄い板なんだけど……。
店内に入り、店員を務めているハトピーが声をかける。
「いらっしゃいだッポ! スマホの新規契約をご希望だッポ?」
その通りですと返事をして、最新のスマートフォンを選んで契約手続きを進めた。その最中、店員のハトピーから重要な仕様説明を受けた。
「まず、通信や通話が通るのは、この『休憩所』スキル内の空間だけだッポ。電卓とか、通信を必要としないアプリだったら外の世界でも使えるけど、基本的に休憩所の外に行ったらネット機能は使えないと思って欲しいッポ。電気店とかで同じ説明を受けるかもしれないけど、パソコンやタブレットも基本的に同じ仕様だッポ」
「マジかー。まーでも、これからこの空間を拠点にして生活するんなら、戻ってきた時に使えるだけでもマシだし!」
「それと、銀行アプリをインストールすると便利だッポ。有降町のATMに行かなくても、スマホ一つで口座残高がリアルタイムで確認できるから、強くオススメするッポ」
なるほど、それは便利だ。スマホを契約してすぐに銀行アプリをインストールした。
アプリを起動し、ブレイキーをスマホの画面に近づける。さらにスマホの生体認証機能で自分の手の静脈を読み取らせると、画面に現在の口座残高が表示された。
僕の残高は2万5000V。そして日向の残高は4万2000Vだ。昨日食事や買い物で使った結果だな。これからの装備調達や生活を考えると、決して油断はできない金額である。
もちろん、日向と連絡先を交換して試験的に通話とメール、チャットを使った。バッチリ送り合うことが出来た。
スマホを手に入れた僕達は、再びモール内の散策を再開した。現代的なショップを眺めながら歩いていると、突如として異質な看板が目に飛び込んできた。
「魔導書店……? こういう店もあるんだ」
「こっちは防具屋だって。日本じゃ絶対にあり得ないラインナップじゃん!」
見た目は完全に現代のショッピングモールだが、所々に異世界的な商品を並べている専門店が存在していた。しかも、その販売価格が狂っている。
そもそもこの世界における魔導書とは、魔法の補助輪のようなマジックアイテムだ。魔法使いが魔力を流すことで、書かれた魔法を誰でも放つことができる。これを何度も繰り返すことで魔法を身体に染み込ませ、最終的には自分の魔法として習得できるというものだ。
ただし、セッテ王国では信じられないほどの高額商品であり、初級魔法ですら数十万Fはザラ。中にはどれほど金を積んでも手に入らない国宝級の書物も存在する。なぜなら、魔導書は高位の魔法使いが特殊なプロセスで手作りする一点物の魔導具であり、量産が極めて難しいからだ。さらに、その魔法を完璧に使える術者でなければ作成すらできないという制約もある。魔法を使いこなせる魔法使いがいたとしても、その人が魔導書を作る気があるのかという問題もある。
そのため、高度な魔法になればなるほど作成できる魔法使いが減少し、流通数は皆無に等しくなる。
だが、このアリフレモールにある魔導書店は違った。
初級魔法の書が、たったの1000V。高度な上位魔法の魔導書すら、数百万〜数千万Vという具体的な値札が付いて棚にズラリと並んでいる。つまり、金を払えば『誰でも確実に手に入れられる』のだ。セッテ王国に比べて、入手難易度が圧倒的に低い。
うん、もしセッテ王国の魔法使いをここに案内したら、その常識破壊っぷりに泡を吹いて卒倒するに違いない。
隣の防具屋の品揃えも凄まじかった。セッテ王国でよく見かける金属製の鎧や盾だけでなく、現代的な防弾チョッキやタクティカルヘルメット、果ては耐熱・耐電仕様の特殊作業服まで並んでいる。
「ここは……武器屋か」
武器屋のディスプレイを覗き込むと、剣や槍、弓、斧といったファンタジーの定番どころか、自動拳銃やスナイパーライフルなどの銃器まで平然と売られていた。さらに防犯用の刺股や高電圧の電気警棒なんていう変わりダネまである。
これらのラインナップを眺めているうちに、僕の胸の中に、これからの生存戦略に関わる大きな方針が形作られていった。
「日向。そろそろお昼だし、一旦ご飯にしない?」
「いいねー! お腹ペコペコだし、フードコートに行こ!」
***
賑やかなフードコートに移動し、僕はうどんとパチパチに揚がった天ぷらのセットを、日向はボリューミーなハンバーガーセットを注文した。
プラスチックのトレイに乗った出来立ての料理を、お馴染みのテーブル席で口に運ぶ。
「……美味い。現代日本のうどんチェーン店の味そのままだ。めちゃくちゃ懐かしい」
「ハンバーガーも久々に食べたし! セッテ王国って、過去に何回も地球からの転移者が来て文化が混ざってるはずなのに、なぜかバーガーだけは無かったんだよねー。なんでかな?」
注文した食事の美味しさに感動しつつも、僕はうどんをすする手を止め、真剣な表情で本題を切り出した。
「日向。ちょっと真面目な話なんだけどさ……そろそろ本気で考えようと思うんだ。ここから、外の世界に戻る方法を」
「あー、やっぱりそこ、避けて通れないよねー」
日向はハンバーガーを噛みしめながら、少しだけトーンを落として応じる。
そもそも僕達は、森の奥でカウントできないほどのカラクリ魔物の大群に囲まれ、絶体絶命のピンチから逃げるようにして、この有降町へと引きこもった。今こうして安全に過ごせているのは奇跡に近い。
だが、有降町で暮らすための生活費には限りがある。スマホや家を買い、買い出しを続ければ、僕達の貯金はいずれ底を突く。
つまり、近日中にはどうしても外の世界へと戻り、冒険者としての活動を再開しなければならないのだ。
カラクリ魔物は、普通の魔物に比べて連続活動時間が異常に長く、一度定めた標的に執着しやすい特性がある。ということは、僕達が外への扉を開けた瞬間、あの狂気的な包囲網の中に再び飛び込むことになる可能性が極めて高い。仮に包囲が解けていたとしても、あの密度のカラクリ魔物が周囲をうろついているリスクは跳ね上がったままだろう。
その絶望的な状況をいかにして突破し、無事に王都チェントロへと帰還するか。それこそが、僕達が今すぐに解決すべき最大の課題だった。
「でも安心して、ゆーっち。実はウチに、そこを切り抜ける名案があるし」
「えっ、本当!?」
思わず身を乗り出した僕に、日向はニカッと悪戯っぽく笑って見せた。
「マジマジ。とりあえず、作戦を実行するためにも、あの武器屋とかで好きな装備を買い揃えておこうよ。その間にウチ、ちょっと別に寄りたいお店があるから、そこで必要な物を買ったら合流しよ? 場所は――訓練所でどう?」
アリフレモールの端には、三階分のフロアを丸々ぶち抜いて作られた巨大な屋内施設がある。それが『訓練所』だ。戦闘技術を磨くための設備が揃っており、店で買ったばかりの装備を実際に試すこともできる空間らしい。
「わかった。それじゃあ、買い物の時間はどれくらいにする?」
「一時間後でどーお? 何か予定が変わったり迷子になったりしたら、さっき買ったスマホで連絡するし!」
「了解。じゃあ一時間後に訓練所で」
こうして、僕は自分用の新しい装備を探しに武器・防具フロアへ、日向は別行動で買い出しを済ませた後、訓練所で落ち合うことになった。
そしてやっぱり、いつでも連絡が取れるスマホがあるのとないのとでは、精神的な安心感がまるで違うな――そんなことをしみじみと思いながら、僕はエスカレーターへと足を向けた。




