第11話 独占欲のスイッチ
~松島 日向side~
喫茶店から出た後、日向と雄心の二人はコンビニに寄った。明日の朝食と当面の着替えを調達するためだ。家にはタオルやアメニティは揃っていたが、衣類は無かった。きちんとした服は明日行く予定のアリフレモールで買うつもりだが、とにかく今晩の寝間着と、明日ショッピングモールに行くための服は最低限用意しておかなければならない。
「僕、あんまりコンビニに行かないんだけどさ、いつの間にか服とか下着も取り扱ってたんだね。しかも結構安っぽくないし」
「有名アパレルメーカーのデザイナーとかが監修してる、かなり気合い入った商品だし。シンプルだけど、普段使いする分には全然変じゃないから」
ということで、雄心は白いTシャツと黒の短パンなどの無難なセットを、日向も色違いのTシャツや下着類をカゴに入れた。
「ついでにお菓子とかアイスも買うし」
「だったら、緑茶のティーバッグも買うよ。親がいた時は、寝る前に日本茶を飲むのが習慣だったんだ」
「へぇ、コーヒーじゃ無いんだ」
「趣味と習慣の違いだよ。言っとくけど、僕は日本茶も紅茶もコーヒーも飲む。ただ、一番こだわりが強いのがコーヒーってだけ」
日向の提案でお菓子やアイスを買い込み、雄心も習慣のお茶を手に入れ、二人はマイホームへと帰宅した。
家に帰ってから、順番に風呂に入り、リビングでくつろぐ。風呂上がりの日向の無防備なTシャツ姿に、雄心が少しドギマギと視線を泳がせるという初々しいハプニング(?)もあったが、なんだかんだでお菓子やお茶を楽しみながらのんびりと過ごし、二階の洋室へそれぞれ入って就寝した。
「那須野――意外といいヤツだったし」
暗い部屋のベッドに入った日向は、天井を見つめながら雄心のことを考えていた。
一時期パーティーを組んでいたとはいえ、実は彼のことをそこまで深くは知らなかった。今日話してくれた複雑な家族の事や、あの理不尽な昴田学園に入学させられた経緯も。
そして何より、彼はこちらの事情を知った上で、自分の事を『ギャル』という色眼鏡や偏見で見ること無く、真っ直ぐな目で素直に『かっこいい』と言ってくれた。
同年代の男の子で、あんな風に真っ向から自分を肯定してくれた人は、初めてだった。
「……モテる男って、意外と那須野みたいなヤツだったりして」
内向的で少し地味な性格もあり、パッと見は目立たない。打ち解けるまでに時間はかかるだろう。
だが、一度打ち解けてあの優しさと誠実さに触れてしまえば、女が惚れるまでに時間はかからないだろう。なにせ雄心は、相手の痛みに寄り添い、良いところを誤魔化さずに伝えてくれるのだから。
――もし、那須野のそういう『本当の良さ』に、他の女が気づいてしまったら?
他の女と親しげに笑い合い、自分に向けられたようなあの優しい言葉を、他の誰かにかけている雄心の姿。
それを想像した瞬間、日向の胸の奥で、じわりと黒くて冷たい感情が渦を巻いた。猛烈に、不快だった。
「……ウチ、重い女だったんだ」
自分でも気付かなかった独占欲の強さに驚く日向だったが、一度自覚してしまったその焦燥感は、もう止まらなかった。
日向はガバッとベッドから飛び起き、音を立てないように自分の部屋のドアを開けた。
***
~那須野 雄心side~
「……ん?」
深夜。自室のベッドで気持ちよく寝ていると、自分の下半身――腰の辺りに、ズシッとした柔らかい重みがのしかかる感触がして、不意に目が覚めてしまった。
しかも、やけに下半身がスースーして寒い。どうやら掛け布団が剥がれたか、ベッドから落ちたかしたらしい。
微睡みの中で、恐る恐る目を開けてみると……。
「あ、ゴメンゆーっち。起こしちゃった?」
「ま、松島さん!?」
暗がりの中。なんと、別室で寝ているはずの松島さんが、僕に馬乗りになっていた。
しかも彼女の両手は、僕の短パンのゴムをトランクスごとガッチリと掴んでおり、今まさにそれを引き下ろそうとしているという、とんでもないポーズだった。
寝起きで一目で理解するにはあまりにハードすぎる状況に、僕の頭は完全にパンク寸前だ。でも、このまま黙っておとなしくしているのも貞操的な意味でマズいと本能が警鐘を鳴らしたため、とりあえず一つずつ疑問を解消させることにした。
「ま、まずさ! 『ゆーっち』って何!?」
「那須野のあだ名。秘密を共有した仲だし、そろそろあだ名で呼んでもいいかなって思ってさ。ダメだった?」
「いや、ダメじゃ無いけど……!」
親近感を持ってくれたのは素直にうれしい。けど、この状況では手放しには喜べない。何より本丸とも言うべき最大の疑問に突っ込まねば。
「何してるの!?」
「既成事実を作ろうと思って。ゴメンね、コンビニの服だから全然エロくないんだけど」
事も無げに、松島さんはとんでもない爆弾発言を投下した。
「今日のゆーっちの事を思い返してさ、ゆーっちはかっこいいし、隠れ優良物件だから絶対モテるだろうなあって思ったし。それでふと、ゆーっちが他の女と仲良くするところを想像しちゃったんだよね。そしたら、なんかスゲーむかついて、イライラしてきたし。だから、既成事実作って早くウチの物にしちゃえーって思ったし。ウチ自身がこんな重い女だったなんて初めて知ったけど、まぁ色々と腑に落ちたから、ウチはそういう人間だったってことっしょ」
いつものような明るいギャルらしい笑顔の松島さん。だが、その目の奥には、獲物を絶対に逃さないドス黒い執念のようなものを感じる。彼女の言葉に一切ウソは無いのだろう。
そして、本気で今ここで僕と『既成事実』を作ろうとしているのもハッキリと感じ取れた。
僕は頭をフル回転させて、なんとかこの場を平和的に回避する術を考える。
そうだ、喫茶店で松島さんが言っていた言葉があったじゃないか!
「ギャ、ギャルとビッチは違うんじゃなかったの!?」
「こういうコトをするのは、ゆーっちだけだから。他の男となんて死んでもゴメンだし」
そう来るか。カウンターパンチで完全に論破された。なら――。
「ぼ、僕達の年齢で、いきなりこういうことするのは早いんじゃ……」
「セッテ王国だとウチらの年齢なんてとっくに成人だし、結婚して子供作るなんて普通だって、座学の授業で習ったじゃん。……それとも何? ウチとエッチするのが嫌なわけ?」
ヒュッと空気が冷たくなった。 あ、目も声のトーンも完全にガチだ。これ以上下手に拒否したら、どうなるかわからない……。 ここで、僕は一度自分自身の感情について冷静に整理してみた。
そもそもなんで僕は、こんな可愛い女の子である松島さんからのアプローチを全力で回避しようとしているんだ? 本当はしたいんじゃないのか?
――答えはもちろんイエスだ。男として、エッチ出来るならしたいに決まっている。 ……だというのに、なんで僕はこんなに必死で回避しようとしているんだ……!?
――なるほど、そういう事か。
「別に嫌じゃ無いよ。できることなら……したい、と思う。ただ、僕に覚悟が足りないだけなんだ」
嘘偽りのない本音だった。目の前には、薄暗い部屋の中でもわかるくらい顔を真っ赤にして、真剣な目で僕を見つめる美少女。男として惹かれないわけがない。
だけど、ここで流されてしまったら、それはただの『なし崩し』だ。一線を越えれば、僕たちの関係は、僕たちの考え方は、否応なしに大きく変わってしまう。その変化の重さを受け止めるだけの覚悟が、今の僕にはまだ、圧倒的に足りていないんだ。
「……そっか。ごめんね、ゆーっちの事、全然考えてなかったし」
しばらくの沈黙の後、松島さんは僕からゆっくりと退いた。短パンを掴んでいた小さな手が離れ、ベッドの端で小さく丸くなる。その声は、いつもの元気なトーンとは正反対の、今にも泣き出しそうなほど寂しげなものだった。
胸が、ちくりと痛む。拒絶されたと思って傷つかせてしまっただろうか。僕はベッドの上で上体を起こし、彼女の背中に向かって、必死に言葉を紡いだ。
「こっちこそ、期待に応えられなくてごめん。でも……その、エッチなことはまだダメだけど、添い寝なら、できるから。……これからは、一緒に寝ない? 『日向』」
「――っ!」
名前で呼んだ瞬間、彼女の肩が小さく跳ねた。
ゆっくりと振り返った日向の瞳は、潤んでいて、だけどすぐにいつものいたずらっぽいギャル特有の輝きを取り戻す。
「……うんっ、それでいいし! それと、ムラムラしたらいつでも襲っていいんだかんね?」
「そこまでケダモノじゃないつもりだけど……」
「どうだか。とにかく、これからバンバンゆーっちをユーワクすっから、覚悟するし!」




