# 025. 宿主の戦い方
二度目の丸太が、扉を突いた。
受け金の樫板に、ひびの走る音がした。三度目で、閂そのものが跳ね、四度目――閂は保ったが、扉の蝶番側の枠が、めり、と裂けた。
破られる。あと、数回。
カイは、扉の前から退いた。
守れない場所に立ち続けるのは、守りではない。ここからは、決めておいた順番の通りに動くだけだ。破られる場所を決めておいて、破らせる。それが、昨夜までに引いた線だった。
頭の中で、宿の形をもう一度なぞる。正面の扉を入れば食堂、その奥が厨房。厨房の土間の突き当たりに裏口。二階へ上がる階段は、食堂と厨房の境から伸びている。正面から入っても、裏から入っても、二階へ行くには、あの階段しかない。
五度目の突きで、扉は枠ごと内側へ弾け飛んだ。
丸太を担いだ男が二人、勢いのまま、食堂へ雪崩れ込む。
その足元に、横倒しの長椅子が待っていた。
先頭の男が椅子に脛を取られ、丸太ごと前へ突んのめった。後ろの男が巻き込まれ、二人分の体が、床に転がる。カイが半日かけて磨き、リアが蝋を引いた床は、夜目にもぬらりと滑った。起き上がろうとした手が滑り、膝が滑り、男たちは獲物の家に押し入ったというより、氷の上に放り出された格好になった。
「なんだこの床ぁ!?」
三人目が、転がる仲間をまたいで入ってくる。こちらは慎重だった。足元を見て、椅子を蹴りのけ、滑る床に重心を落として――だから、上を見ていなかった。
カイは、食器棚の陰から、麻袋の口を振った。
竈の灰が、雲になって男の顔へ広がった。
「――っ、が!」
目をやられた男が、めちゃくちゃに短剣を振り回す。カイはとうに間合いの外だ。振り回した刃は、テーブルに突き立ち、男は自分の得物に振り回されて、また滑った。
殺さない。殴り合わない。
こちらの技はそれだけだ。転ばせ、目を塞ぎ、音で脅し、狭い場所へ追い込み、疲れさせる。宿の中は、こちらの庭だった。どの床が滑り、どの椅子が脆く、どの角が暗いか。掃除をした人間だけが、家の全部を知っている。
「二階だ! 女は二階だろ!」
灰まみれの男が、叫んだ。
まずい――と思う間もなく、階段のほうで、けたたましい音が鳴り始めた。
鍋の音だった。
がん、がん、がん、と、絶え間なく、二階から金属の音が降ってくる。リアだ。部屋に入る前に、階段の上から鳴らしている。合図の約束は「厨房で」だったのに、あの娘は、持ち場を半分だけ守って、半分だけ破っていた。音は割れ、リズムは滅茶苦茶で、そして、恐ろしく効いた。
「な、なんだこの音!」
「近所に知らせてんのか!?」
「馬鹿、こんな街道に近所なんか――」
「じゃあなんで鳴らしてんだよ!!」
答えのない音ほど、夜襲の頭を混乱させるものはない。侵入した三人の足が、止まった。転がった二人は、まだ床と格闘していた。裏口の火傷の男は、戦列に戻っていない。
カイは、その混乱の隙間へ、声を差し込んだ。
「――お前たちの頭は、どこだ」
灰の男が、振り向いた。
「押し込みの真っ最中に、頭目の声がしないな。総がかりと言ったくせに、ガロはどこにいる」
言いながら、カイ自身の背筋が冷えていった。
そうだ。いない。扉が破られてから、あの男の声を、一度も聞いていない。正面の乱戦は、頭数で押す仕事だ。頭目のする仕事ではない。頭目のする仕事は――全員の目が正面に集まっている間に、別の道を行くことだ。
裏口。
破れた板。押し込みが失敗した、と、こちらが思い込んでいた裏口。
カイは、床を蹴った。
厨房へ走り込む。竈の火。湯気。土間に――水瓶が、退けられていた。裂けた戸板の穴が、人ひとり分、広げられている。土間の泥に、濡れた大きな足跡が、ひとつ、ふたつ、厨房を横切って――階段のほうへ。
鍋の音が、止まった。
「リア!!」
カイは階段へ走った。上がり口で、倒れた手燭が、まだ揺れていた。段の途中に、鍋とお玉が転がり落ちてくる。リアのものだ。だがリア自身の姿はない。二階の廊下の奥で、扉が、荒々しく閉まる音がした。
続いて――内側から、鍵の落ちる、あの硬い音。
間に合った。部屋には、入った。
だが、階段の上には、先客がいた。
継ぎ接ぎの外套が、廊下の突き当たり、東向きの角部屋の前に、立っていた。濡れた犬皮から、雨とも汗ともつかない滴が、床板に落ちている。ガロは、階段の下のカイを一瞥し、それから、閉ざされた扉へ向き直った。
節くれ立った拳が、扉を、こつ、と叩いた。
「……よう、嬢ちゃん。峠以来だなあ」
猫撫で声が、廊下に響いた。
「開けなよ。あんたが自分で開けて、自分で下りてくりゃあ、下の親切な旦那は、もう殴られなくて済むんだぜ?」
カイは、階段を駆け上がった。




