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第9話 ギルド長の密命

 ギルドの二階、ギルド長室。

 主のいない執務机の前で、ふかふかのソファに深く腰掛けたアルカードは、先ほど一階で起きた出来事を反芻していた。

 魔力的な素養は一切感じられず、冒険者としては完全に素人のように見えた。ゼクスたちのような輩に絡まれている少女を助けるでもなく、のんびりと歩いてきたあの態度は、普通であれば「腰抜け」と笑って済ませるべきものだ。

 しかし、Aランク戦士としてのアルカードの直感が、微かな違和感を拾い上げていた。

(あの男、まるで緊張感がなかった。私の登場にも、周囲の視線にも、一切心が動いている様子がなかった。ただの鈍感か、それとも……)

 考えかけたところで、扉が開いた。

「待たせたな、アルカード」

 ギルド長のバルガスだった。老いてなお厚みのある肩。現役を退いて久しいはずだが、足音に迷いがない。元武闘家の名残が、所作の端々に残っている。

「いえ。お時間をとっていただいてありがとうございます」

「堅苦しいのは抜きだ。座ったままでいい」

 バルガスは執務机の椅子を引かず、窓際に立った。外を見ながら、低く言った。

「本題に入ろう。東の森だ」

 アルカードは背筋を伸ばした。

「魔獣の出没が増えている、という話は聞いています。依頼の報酬が跳ね上がっているのも」

「跳ね上がっているどころじゃない」バルガスは振り返らなかった。「三週間前まで、東の森はEランク帯だった。薬草採取、小型魔獣の駆除。新人冒険者の登竜門みたいな場所だ」

「それが今は」

「Dランク魔獣の目撃が、今週だけで四件。しかも単体じゃない。群れで動いている」

 アルカードは黙った。

 Dランクの魔獣が群れで動く。それ自体は珍しくない。問題は場所だった。街からほど近い浅い森に、なぜ今になって。

「縄張りの変化、ですか。上位の何かに追われて、生息域が押し出されている」

「その可能性が高い」バルガスはようやく振り返った。皺の刻まれた顔に、珍しく険しさがあった。「あるいは、引き寄せているものがある」

「引き寄せている?」

「わからん」バルガスは短く言った。「わからんから、お前に頼みたい」

 アルカードは少し間を置いた。

「調査、ですか。討伐ではなく」

「そうだ。何が起きているかを見てこい。手を出すのはその後でいい」

 バルガスは机の上の一枚の紙を指で叩いた。

「正式な依頼として出す。報酬も出る。ただし——口外するな。冒険者たちが騒ぎ出したら、それだけで街が揺れる」

 アルカードは立ち上がり、依頼書を手に取った。

 簡素な文面だった。それだけ、急いで作ったということだろう。

「ミラとバッシュを連れて、すぐ出ます」

「頼む」

 バルガスは短く言って、また窓の外を見た。

 アルカードは一礼して、部屋を出た。

 廊下に出ると、一階の喧騒が遠くに聞こえた。笑い声、売り言葉、椅子を引く音。日常の音だった。

 その日常が、どこか遠く感じた。

 階段を下りながら、アルカードは東の方角を意識した。街の外。森の奥。何かがそこで動いている。

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