第11話 ヒーローの正義と、ニーナの損失
薬草は、依頼書に記された場所にちゃんとあった。
「これよ、この葉の形。ギザギザが五枚以上あるやつだけ摘んで」
「これか?」
「そう。根っこは要らない。葉だけ」
宗一はしゃがんで、言われた通りに葉を摘み始めた。
作業は順調だった。必要な量の半分ほどが集まったところで、ニーナは腰を伸ばした。森は静かで、風が葉を揺らす音しかしない。
「意外と向いてるんじゃない、こういう仕事」
「悪くないな」
しばらく二人は黙々と薬草を採取した。
異変に気づいたのは、残り三分の一というところだった。
鳥の声が止んだ。
ニーナは手を止めた。森が静かになる時は、大抵何かがいる。感覚を伸ばす。わずかな空気密度の変化。何かが、複数、こちらへ向かってきている。
「宗さん」
「んー、なんか居るな」
宗一は見向きもせずに薬草を採り続けている。
木々の間から、低い唸り声がいくつも響いた。
フォレストウルフだった。体高はニーナの腰ほど。毛並みが逆立っている。ざっと数えて6頭。統率の取れた動き方をしていた。本来この浅い森にいるはずのない、Dランクの魔獣だった。
「ちょっと宗さん!」
ニーナの声に、宗一がようやく立ち上がった。
「ごめん、ちょっと立ちくらみ」
「おいふざけんな宗一!」
リーダー格の狼が咆哮した。それを合図に、六頭が一斉に飛び掛かろうとした瞬間。
「——『熱膨張』!」
森の奥から凛とした声が響いた。
狼たちの足元で、連続した爆発が巻き起こる。熱と衝撃波に吹き飛ばされ、狼たちは悲鳴を上げて地面に転がった。
「怪我はないかしら?」
木々の間から、杖を下ろしながら女が歩み出てきた。理知的な瞳。落ち着いた所作。ニーナが言葉を探している間に、今度は別の声が飛んだ。
「ミラ、三頭残ってるぞ!」
巨漢の神官が前に出た。体勢を立て直した三頭が、怒り狂って飛びかかる。神官は首の聖印を握りしめた。
「ホーリーシールド!」
光の障壁が展開される。狼の牙と爪が弾き返され、甲高い音が森に響いた。
「効かん効かん!」
神官が豪快に笑い飛ばした隙に、木の上からアルカードが飛んだ。着地の瞬間、足元の草が大きく揺れた。
一閃。二閃。三閃。
大剣を振るたびに狼が倒れた。無駄のない軌跡だった。土煙が収まった時、森の外れに立っていた狼は一頭もいなかった。
「怪我はないかな?」
大剣を肩に担ぎながら、アルカードがこちらへ歩いてくる。
(あああああああ!! 私の! 私たちの追加報酬がぁぁぁぁぁぁっ!!)
心の中で叫びながら、ニーナは必死に顔の筋肉を引き攣らせ、営業用の笑顔を作った。
「あ、あはは……。た、助かりましたぁ……。さすが、黄金の獅子団の皆さんですね……」 「はっはっは! 気にするな! 冒険者同士、助け合いは当然だ!」
アルカードがマントをバサァッと翻してポーズを決める。 その傍らで。 一人だけ、完全に蚊帳の外にいた宗一が、真っ二つになった狼の死体(素材価値ゼロ)を見下ろしながら、ゆっくり拍手をした。
「いやあ、お見事」
少しわざとらしい褒め方だ。
「キミは……」
アルカードの顔が、少しだけ引き攣った。 助けられたというのに、ニーナの顔にはなぜか深い絶望が滲んでおり、この得体の知れない男に至っては、Aランクの自分たちの戦闘に何の驚きもない様子だ。
「……まあいい。ギルドには我々から報告しておくよ。最近この辺りの魔獣の様子が変わっているようだから、気をつけた方がいい」
三人の背中が木々の間に消えた。颯爽としていた。風が吹いた。森が静かになった。ニーナはその場に立ち尽くしたまま、しばらく動けなかった。
「……追加報酬……」




