48.好きなクリーチャーの名前を宣言した場合、自分はゲームに勝利する。
「行くぞっ、キーカードなど構うな……このまま叶への想いを通すッ! “神代の融合石板獣『朱鬼』”でお兄さんの壁をWブレイク!」
2枚連結した『朱鬼』の攻撃により相手の場の壁をゼロにする。
同時に、お兄さんは鬼気迫る顔で2枚のキーカードをプレイしてきた。
そして叶は、ソファに突っ伏してクッションに顔をうずめながら、「きゅう」と呻き声を上げた。
「ぼ、僕と妹を惑わせやがって――負けて平伏しろッ! キーカード発動! “灼熱のフレイムストーム”で君の『朱鬼』を破壊! そして“天界門 オールマイトゲート”の効果でコストを支払わずに“悪魔神インフェルノ・ストーム”を“メイヴ”1枚の上に重ねて進化召喚!」
お兄さんの言葉は虚勢やハッタリではなかった。
『朱鬼』はわずか、しかし最高の仕事と本懐を果たしたうえで、1ターンで沈んだ。
だが、“エターナルデモンズ”に登場する悪魔よりよっぽど悪魔らしい大型進化クリーチャーが登場したことで、盤面は絶望的なものとなった。
「さぁ、今度は僕のターンだ……君の絶望をさらに確かなものとするため、まずはこちらの守りを守護クリーチャーで固めさせてもらう。“花魁の礎 ミヤコ”、“忘却の砂塵 クレスパトラ”、“蒼穹の片蔭 プールイキタイ”を召喚……ッ!」
お兄さんの場に出てきた美少女クリーチャーは、いずれも軽量の守護カードだった。
妹の露知らないところで煩悩に染まりきっているぞ、この受験生。
「そして、アタック可能なクリーチャーで――全軍突撃! 〇ねぃ!」
お兄さんの使役する“火焔旋士レオストーム”、“ストームアローズ・ドラゴン”、“魅惑の山師 メイヴ”、“悪魔神インフェルノ・ストーム”による攻撃が一斉に押し寄せる。
次々とドングリが乗せられていき、あっという間に破壊されていく壁。
気がつけば、こちらを守る壁もゼロ。
そして、最後のダイレクトアタックのために迫る“火焔旋士レオストーム”の攻撃を――俺も忘れかけていた“創世の悪魔”が持つ守護能力によってブロックし、彼の破壊と引き換えに辛うじて俺は敗北を免れた。
「はは……助かったぜ、クソ悪魔……」
「ふん、命拾いしたな。しかし僕の絶対的優位は変わらない……なぜならお互いの壁はゼロだが、僕の場には守護を含む多数のクリーチャーが残されている。そして、君には何一つクリーチャーが残されていない」
「……」
「つまり、次の僕のターンで君は永久に“かーな”と呼ぶ権利を失い、取るに足らないカードクリエイターに成り下がるということだ。サレンダーするなら……今のうちだよ?」
お兄さんが、眼鏡をクイと上げる。
たしかに、俺がいま握っている手札だけでは勝てない。
この盤面差を覆す一手は――この最後のドローに懸かっている。
「……お兄さん、あなたの言う通りでした」
「そうか。ふっ、あまり気に病むな。サレンダーは恥ずべきことではな――」
「――最後まで勝負の行方が分からないから、カードゲームは楽しい」
俺がまず場に召喚したのは、“ときめくエルフ ラブ&ピース”。
こいつは叶に“あるカード”を渡した夜、浮かれたテンションで生み出したはいいものの、あまりのネーミングの気持ち悪……恥ずかしさと、画力不足でどう頑張っても美少女には見えない不甲斐なさから、一度はお蔵入りにしたカード。
しかし、今回のお兄さんとの決戦のため、そのテキストが奇跡的に噛み合うことから駆り出した一枚だ。
「“ラブ&ピース”の効果で、次に召喚するクリーチャーのコストを8軽減します」
「な、なにっ」
「そして、最後に召喚するのは――」
――“蒼天神魔龍オーシャン・ウインド・ドラゴン”。
「このクリーチャーは、召喚酔いしません。つまり、すぐに行動できます」
「……」
「そして、守護クリーチャーにブロックされません」
「……ま」
「俺は、叶に出会ってなければ凡人クリエイターで終わっていたかもしれない。このカードは……そんな俺が、はじめて叶のことを想って生み出したカードなんです。名前見たら分かるかもしれませんが……」
お兄さんの眼鏡は相変わらず光っていて、目元の機微が分からない。
ただ――彼は口角だけを「ふっ」と上げた。
叶はクッションで顔を押さえたまま、モケモケのカーペットの上で足を激しくジタバタさせ、のたうち回っていた。
「対戦、ありがとうございました」
デュエルは、こうして俺の勝利に終わった。
◆
ダイニングテーブルを挟み、しばらく俯いて椅子の背もたれで項垂れていたお兄さん。
やがて彼は頬をペチ、ペチと叩き、それから力なく言葉を溢しはじめた。
「……あぁ、負けた。負けたが……不思議と清々しい気分だ」
そして、机の上に散らばったカードたちを片しはじめる。
「不遜な態度で、色々とバカにして悪かったな。君はヘンな男だが……カード作りと妹に対してかける情熱は本物だった。約束通り、僕は――」
「――めっちゃ楽しかったです」
「……」
「また、やりましょう。かーな呼びを封印するのは、それからでも遅くないはずです」
お兄さん……いや、“おにい”に向かって、俺はそっと手を伸ばした。
そして、固く握られた手から伝わるその熱さは、これまでたった一人の妹を、どれだけ大切に守ろうと想い続けてきたのかを理解するのに、十分すぎるものだった。
「……ごめん、お待たせ“かーな”! “おにい“”とのデュエル終わったよ! 次はキミも……」
すっかり意識の外に置いてしまっていた“かーな”の方を見た刹那――俺は「しまった」と直感した。
リビングに立ち、こちらを向いた彼女はクッションを両腕で強く抱きしめ、わなわなと身体を震わせている。
そして真っ赤に染まったその顔は、目尻にちょこんと浮かんだ涙と、強く噛み締めた歯を「がるる」と見せつけ、羞恥とも怒りとも取れるような――なんかすごい表情をしていた。
「忍くん……おにい……」
「な……何を怒ってるのカナー……? あ、コレ“かーな”と掛けてるんだよ、ほらすごいでしょお。ガハハ……」
「え、なんで僕まで……?」
「どんだけ恥ずかしい思いをさせれば気が済むのさぁ! バカァーっ!」
そして、俺たちの“エタデモ”と“ドラクロ・オリジン”は――怒涛の連戦デュエルにより、その環境をかーなにメチャクチャにされてしまったのであった。




