45.手札から墓地に置いたカード一枚につき、パワーを-10000する
「あふぁふぁっ、なふふぁふぃーひへ!」
お兄さんの自作カード“火焔旋士レオストーム”を見て、叶は意を決して口にした最後のチョコケーキを頬張りながらも、やや興奮した面持ちで俺の隣から身を乗り出している。
なんて言ってるのかは分からないが、メイクのせいか、彼女の首筋からは少しいい香りがした。
パワーが少し上がった。
「やりますね、お兄さん。なかなか良いカードをお出しになる」
「ふっ、この程度のクオリティを提供するのは当然のこと……。君のカードこそ、イラストの適当さに対してテキストが雑に強すぎる気はするが、ネーミングセンスだけは目を見張るものがある……と言ってやってもいい」
いちいち一言多いが、彼の発言は決してリップサービスではないことが分かる。
どうやら俺は、勝負の土俵には上がれているらしい。
「次は俺の番です。マナゾーンにカードを置いて、召喚! “創世の悪魔”!」
場に出したるは、毎度のごとくの白タイツ悪魔。
お兄さんはこのイラストを見て、呆れとも困惑とも取れない、なんとも言えない顔をしている。
そこに叶が笑いを堪え、震えながら「これ描くのに2時間かかったんだって」とお兄さんに耳打ちすると、彼の表情は明らかなドン引きに変わった。
「……ブッ!」
それを見て、隣で吹き出す叶。
俺は着実に精神ダメージを食らいながらも、なんとか右腕を抑えて堪えた。
「か……固まってないで手札選ばせてくださいよ! 1枚墓地に置くんですからっ」
「あ、あぁ……どうぞ。多少のハンデス如きで僕は動じない」
そう言って、裏向きのまま手札を差し出してくるお兄さん。
俺は彼の目の動きを読みながら手札を選ぼうとしたが、照明の反射で眼鏡が光っていたのでそれはできなかった。
やはり手強い。
「じゃあ……これを墓地に置いてください」
「ふん……っ」
選ばれた一枚を、お兄さんはためらいなく墓地に置く。
そうして捨てられたカードに一瞬だけ目を通し、俺は次の行動に移ろうとダークネスワームに触れかけた。
だが、脳が処理するよりも早く、網膜に焼き付いたある“イラストの形状”が、亜光速にも等しい電気信号を即座に俺の手に送り……動きを止めた。
「待ってください。そのカード、よく見せてください」
「ほう……」
すっかりインテリ強キャラの空気に呑まれたお兄さんは眼鏡をクイとさせながら、今しがた墓地に置いたカードをこちらに差し出してくる。
や、やっぱりそうだ。
やりやがった――この人。
「ふふ……驚いたかな」
「そりゃそうです……だってこれ、“美少女カード”じゃないですかっ」
俺ですら、“エタデモ”では叶の目が気になって躊躇した境地。
しかし、その圧倒的な“胸部装甲”をおれの2つの眼が見逃しはしなかった。
先ほどの“レオストーム”と比べても明らかに上回るであろう画力で出力された、『疾風のダークエルフ“パルフェ”』と銘打たれた露出の多い女が描かれた逸品。
それはカードゲーム界隈に咲く一輪の花であり、同時に一般人とカードゲーマーの間に引かれる無慈悲なボーダーラインを決定的なものとする諸刃の剣。
まさしく“美少女カード”であった。
「君という邪魔者がいなければ、かーなにじっくり披露するつもりだったが……見つかってしまっては仕方あるまい。これは、かーながこの家を出てから生み出された一枚だ。現在進行形の進化が……君だけの特権とは思わないでいただこう。僕だって、常にカードゲーム業界の流行にはしっかり目を光らせているのさ……」
いや、受験勉強しろよ。
しかし……このリサーチ力。
そして、常に新しいムーブメントを貪欲に取り入れる柔軟性と、数値の派手さに囚われない堅実性の両立は、俺とて認めざるを得ない。
ぶっちゃけ見た目は派手な気がするが、目の保養になるものとはかくも素晴らしい故に、不問とする。
ここまで計算され尽くした逸品、これは叶の評価も当然――
「あはは……ごめんおにい、それは流石に引いちゃうかな」
叶の乾いた一言が、夜のダイニングを支配した。
肩を落とし、何も話さなくなったお兄さん。
眼鏡のフレームの向こうには、いまにも零れそうな目尻の輝きが見えた気がした。
いたたまれなくなった俺は、何も言わずに墓地の“パルフェ”を裏返しにし、勝手にノーカンの空気を作り出した。
“創世の悪魔”が作り上げた精神的優位状況を噛みしめつつ、俺は心を鬼にして“ダークネスワーム”でお兄さんの壁を攻撃した。
裏向けのカードに置かれるドングリのぷくぷくシール。
積み重なるドングリの数と比例するように増していく、お兄さんの眉間に鋭く刻まれた皺と、呪詛のように繰り返される「許さんぞ……」という俺に向けられた声のボリューム。
完全にとばっちりである。
「まさか、ここまで僕をコケにしてくれるとはね……」
「あ、はい……なんか、すみません」
「こうなったら、徹底的に潰すまで。ここはひとつ――大切なモノを賭けようじゃないか」
「か、賭け……ですか」
何故か唐突に切り替わったデスマッチの空気に当てられ、俺は動揺を隠せなかった。
「そうだ。勝った者こそ勝者……そして敗者に下される審判、それは――」
一瞬、脳が溶けたような日本語が聞こえたような気がしたが、お兄さんが大きく息を吸って空気が一変したことで、俺も息を呑んで紡がれる言葉を待つ。
「――僕の妹を、『永久に“かーな”と呼べなくなる』という罰だ!」
叶が、心底“意味が分からない”といった表情であんぐりとしている。
そして、俺は言葉を冷静に受け止め、こう返した。
「それはつまり……俺が勝てば――俺が叶を“かーな”と呼んでもいい、ということですね」
お兄さんが静かに、大きく頷いた様子を見て、俺は滾った。
やはりこの戦い――負けられない!




