44.コスト2以下のクリーチャーを場に出す
「あはは……やだなぁ、かーな。大人しいっていうのは、ちょっと違うんじゃない? 僕のカードは“ドラクロ”に破綻なく接続するために、緻密に計算されてるんだよ。例えば、このテキストは本家ドラクロにおいては――」
叶の一言に対して、お兄さんは細かい唾を飛ばしながら早口で説明を続ける。
それを聞いている当の本人はカードを適当に眺めながら、真顔で「ふーん」と無責任な相槌を打ってしまっているので、頭には入っていないのにお兄さんの話が途切れないという、なんとも居た堪れない状況が生まれている。
俺は、皿に残った最後のホイップクリームにまみれた最後のいちごに名残惜しさを感じつつ、「誰か止めろよな」と思いながらこの状況を対岸の火事のように眺めていた。
「――だからこそ、僕は声を大にして世のエンターテインメントコンテンツに物申したい。“数字ばかりバカみたいに大きくして”無知な人々に有難がられようとするから、この国は衰退していくんだとね。僕がもし水産学部を志していなかったら――」
しかし、お兄さんの放った“数字ばかりバカみたいに大きくして”という言葉が、俺の心に妙に引っ掛かった。
「……ちょっと待ってください、お兄さん」
「はぁ、なんだ室井くん。僕は今、かーなが抱えている深刻な誤解を解くのにいそが」
「力は、パワーっすよ」
考えるより先に出た俺の魂の言葉により、ダイニングルームに束の間の静寂が訪れた。
お兄さんは信じられないといった表情で硬直し、叶はときめいているのかお腹を抱えて蹲っている。
よく耳を澄ますと、どこかからお母さんのイビキがうっすらと聞こえてくる。
――空気が、変わった。
先に口を開いたのは、お兄さんだった。
「……お話にならない。君のような男と一緒にいると、妹が馬鹿になってしまうよ」
「叶が漢字読めないのは、俺のせいじゃないっす。今の発言、撤回してください」
「忍くん、後で覚えててね」
「撤回するもなにも、事実じゃないか。数字と見た目ばかり派手なものを作る行為……それはユーザーの視覚を冒し、彼らの脳内物質に『自分は幸福なのだ』と誤認させる中毒汚染だ。そんなもの、個性のない世の凡人どもが思いつく精一杯のごくありふれた手法なんだよ」
「俺が個性のない凡人かどうか……試してみますか?」
「……いいだろう。君のその謎の自信をへし折り、妹にとっての後顧の憂いを絶たせるには丁度いい機会だ」
嗚呼、お兄さんと仲良くするはずだったのに……どうしてこうなっちゃったんだ。
ごめん叶。
しかし、これだけは譲れない。
こんな人を、“おにい感”のルーツだと俺は認めたくない。
今の俺は――パワー“50000”だ!
◆
贈答用の和菓子とお茶漬け。
このダイニングテーブルに並んだ二つの空き缶には、互いに積み重ねてきた情熱が詰まっている。
それはさながらワールドカップ会場に鎮座する選手団のバス、若しくは空挺降下作戦におけるガンシップのように、睨みを利かせるかの如く鈍い存在感を放っていた。
「ふっ、なんだいこのスリーブは……いかにも小学生が好みそうなデザインじゃないか」
「文句があるなら使わなくてもいいですよ。裏写りが丸見えでもいいのなら……ね」
お兄さんは「ふん」とだけ返して、不満の表情で俺が持参したドラゴンカードスリーブに、組んだデッキのカードを詰めていく。
「ルールは君の……“エタデモ”だったっけ? そちらのルールを適用してくれて構わないよ。それでゲームは回るんだよね、かーな?」
「うん、最初に忍くんのカードを見つけた時、てっきりドラクロだと思って回しても特に問題なく遊べたから……たぶん大丈夫だよ」
叶は俺の隣の席で、チョコケーキをフィルムで挟むように手づかみでモグモグ食べながら、デッキを組み終わった後の俺たちの様子を適当に見守っていた。
「だ、そうだ。異論はないかな、室井君?」
「ないっすよ、お兄さん。さっそく始めましょう」
「ククク……せっかちだな。少しは品性というものを身に着けてほしいものだ」
「おあいにく。俺、保健体育の期末試験は満点だったんで」
始まった盤外戦。
そして、じゃんけん。
先行は俺で決まった。
前代未聞、互いの自作カードによる異種格闘技戦が今――始まる。
「ふん、これはハンデだよ室井くん」
「そうっすか。じゃあここは偉大な大先輩の背中を借りて、俺から行かせてもらいますね」
そう言って、俺はマナゾーンにカードを置き、すぐにターンを終えた。
対するお兄さんも、同じようにマナゾーンにカードを置いて終わり。
手書きの自作カードということも手伝って、ここからではお互いのカードのテキストが良く見えない。
実際、お兄さんがどんなカードを使ってくるのかは非常に気になるところ。
TCGにおけるマナゾーンに置かれたカードとは、本来相手のデッキを読むうえでの重大なヒントとなるものだ。
だが、ここで身を乗り出し、必死にテキストを見ようとする行為――それすなわち、精神的な負けを自ら認めたようなものだ。
おそらく、お兄さんも同じ気持ちで構えている。
故に――見ない。
「俺のターンです……ドロー。マナゾーンにカードを置いて、“天地開闢のダークネスワーム”を召喚します。場に出た時の効果で山札からカードを2枚、手札に加えます」
俺の2枚ドロー……いや、ダークネスワームを場に置いた瞬間、お兄さんの肩がピクと震え、眼鏡が光った。
いったいどういう感情だろう?
邪推したとてこのターン、これ以上俺にできることはもうないので、引っ掛かりはそのままにしてお兄さんにターンを渡した。
「……では、こちらも出させてもらおう」
そして、お兄さんの手札から繰り出されたカードを見て――俺は衝撃を受けた。
「“火焔旋士レオストーム”を召喚」
男なら嫌いな奴はいない、“炎”という単語を必要以上にこねくり回した“火焔”という表現。
“戦士”と書けばいいものを、立ち上がる熱になぞらえた“旋士”という表現に踏み切る洒脱感。
それをヒロイックな獣人のモチーフと掛け合わせた結果、パースもクソも無いイラストなのにどこか完成されている、王道と抜け感の両立。
テキストはない。
つまりこいつは、序盤展開用の軽量バニラカード。
しかし、フレーバーテキストに刻まれた綺麗な一文が、この一枚に得も言われぬ奥行きを与えている。
『彼の領域の地平線は、押し寄せる灼熱の軍勢で真っ赤に染まった』
――なんて、格好いいんだ。
「ターン終了。次はキミの番だよ、室井君」
適当な線で構成された俺のダークネスワームと見比べるとより、その意図が腑に落ちた。
彼の作るカードは、目玉クリーチャーの一点特化ではなく、序盤から海風叶という一人の人間を楽しませてあげようという――お兄さんの細やかな思慮によって構成されているのだ。
一方の海風は、なくなりそうなチョコケーキの最後のひとかけらを名残惜しそうに見つめている。
こいつは間違いなく、強敵だ。




