42.クリーチャーの攻撃をブロックされたとき、あなたは敗北する
「かーな、おかわりか? あっはっはっ、相変わらず良い食いっぷりだな! ほ~れ、よそってあげるから貸してミソラシド!」
かーなこと叶は、盛大に赤面して「だからやめろし……」と小さく零しつつも、目の前のご馳走と食欲に勝てなかったのか、俯きながら器をお兄さんに差し出していた。
「ホイヨ、たんと食えよ~! なんせ母ちゃんのアンコウ鍋は、他所では味わえないからなぁ! まぁ寂しくなったら、いつ帰って来てくれてもいいんだ……ぞっ☆」
テーブル中央のカセットコンロ上で湯気を立ち上げている鍋から、お兄さんはぶつ切りのアンコウ、白菜、水菜、ニンジン、みそだしを華麗なお玉捌きでバランスよくとりわけ、眼鏡を光らせながら叶に器を返していた。
彼のこのテンションは先刻から(かーなに対してのみ)ずっと維持されており、落ちる気配はまるで感じられない。
俺は逃げるように、視線を具材の取り分けられた器に向け、口をつけてダシをすすった。
みそ仕立てのダシの中に、濃厚なあん肝のコクが含まれたふくよかな旨味が、食道を伝って錆びかけていた胃と心を満たしていく。
近所の農家から頂いたという白菜、水菜もみずみずしい。
そして何より、今朝水揚げされたばかりのアンコウの厚い身はとてもフワフワで、ダシ、野菜と奏でるマリアージュに舌鼓を打ち、ただ深く息をついた。
「はぁ~……お母さん、めっっっちゃ美味いです!」
「そうかい。これは一家直伝の味だよ……たんと食べな」
そう言って、お母さんは静かに椅子から立ち上がり、叶と俺の空になった茶碗を何も言わずに回収したかと思えば、ほどなくして白米を山盛りにしたお茶碗をそっと俺たちの前に返してきた。
具材が盛られた器の中に視線を戻すと、にんじんが綺麗なお花の形になっていることに気が付いた。
やがてお母さんはお兄さんに向かって、逞しい腕を組みながら静かに目配せをした。
そして、お兄さんは少しむっとした、あきらかに渋々といった様子で頷きながら、俺に話しかけてくる。
「……室井君もおかわり、いるかな」
「あっ、はい……ほしいです……」
俺が差し出した器をお兄さんが受け取ると、彼の眼鏡が曇った。
テンションがスンと急降下した、俺とお兄さん。
赤面して俯きながらも、おかわりしたはずのお茶碗と器がもう空になりかけている叶。
そんな俺たちの様子を、静かに見守るお母さん。
このテーブルでいま一番の癒しとなっているのは、間違いなくお母さんだった。
さっきは『朱鬼』なんかを連想して、本当にすみませんでした。
◆
「アタシとしたことが、お客さんに片付け手伝わせちまうなんて……」
「いえいえ、一宿一飯のご恩があるのでこれくらいはっ」
食後は叶とお兄さんと俺で分担して、鍋の片付けにあたった。
洗われた食器が擦れる音を聞いて、いてもたってもいられないのかお母さんが椅子から立ち上がろうとするが、叶が肩を軽く叩いて座り直すよう促した。
「お母さんは朝早かったんだから、ケーキ食べたら早く休みなよ」
「明日はオフだから別にほっとけばいいのにさ……」
ぶつぶつと零しながらも、お母さんは手土産に持ってきたチーズケーキを嬉しそうに頬張っていた。
やがて、お母さんが一足先に眠りにつくと、残された俺たち三人は綺麗に片付いたダイニングテーブルで、ケーキを口にしていた。
お母さんが市場関係者であること、お兄さんが有名大学の水産学部を目指していることなど、色んな事情を伺った。
そんな中、叶が「ちょっとお花摘みに行ってくるね」と言って、席を外してしまう。
「……」
「……」
訪れた沈黙。
き、気まずいよぉ……。
「……う、うまいっすか?」
「ん……」
お兄さんは一言だけ返事をしたのち、そのままモンブランをちびちび食べ進めていった。
うわぁん、気まずいよぉ!
だ、だめだ……“おにい感”を吸収するために、どうにか話をしたいのに。
さっきの叶に対するあのシスコ……テンションを見た後だから、どう考えても今の俺がお邪魔虫としか見られていない感じが、ひしひしと伝わってくる!
……落ち着け、忍。
こうなってしまえば、もはやストレートに俺が敵でないことを彼に示し、強固なラポールを築き上げるほかないだろう。
俺は断腸の想いで、お兄さんのモンブランのすぐそばに“コイツ”を差し出した。
「お、お兄さん。これを……」
「ん……!?」
お兄さんが目にしたのは――スリーブ入りの『漆黒殲滅神魔龍アブソリュート・シュナイダー・ドラゴン』だった。
この驚きようを見るに、叶はお兄さんに対しては、特に俺のエタデモの秘密を話していなかったらしい。
彼は硬直して目を白黒とさせながら、この鉛筆で手書きされた一枚のカードを見つめている。
だが、お兄さんは知らずとも……俺は知っている。
かつて、叶とお兄さんが手作りカードで過ごした青春時代のことを。
一見、変人メガ……知的なお兄さんに、情熱的なクリエイターとしての顔が存在することを。
ゆえに、俺たちは同族。
俺たちは仲間なのだと。
そう思ったからこそ――俺は意を決して、曝け出すことにしたのだ。
この叶以外に見せることのなかった、俺の童心と背徳心と浪漫が詰まった――つまるところ羞恥心の塊である、俺の“エタデモ”を。
「――君、まだこんなことやってるの……?」
だからこそ、このような言葉《正論》がこの人から返って来ることは、完全に想定外であった。




