32.好きなクリーチャーを3体、自分の超次元ゾーンから出す
――ほっぺにのこるかんしょくが、なくならない。
どうしよう……すぐにでもだい6だんをつくって、このきもちをせいりしたいのに。
さっきのことで、あたまがバカになっちゃって、カードづくりがすすまないよ。
あーあ、もうよるの3じだ。
あしたからは、しんがっきだというのに。
おれはいったいどうすれば……。
『――もはや、貴様が思うておることを……海風に伝えるまでよ』
えっ、だ、だれ?
『我は殲滅漆黒神魔龍……アブソリュート・シュナイダー・ドラゴン也』
……なんてこった。
あたまがバカになりすぎて……とうとう、つくえにおいていたカードがはなしかけてきたぞ。
『見過ごせぬ……その腑抜けた面。海風が果敢に貴様へ伝えるべき事を伝えたというのに、貴様はこんな所で何故まごついている?』
そ、そんな。
いくらなんでも、あれはふいうちだったというか……。
あんなながれで、きのきいたことなんてできないってば。
『――そうですわ。海風様のお気持ちを無駄にするおつもりですの? 乙女心は……この夏空のように移ろい易いもの……まばたき一つで、すぐにでも手から零れ落ちてしまいますわ』
ぷ、プラチナ・ユニバース・ドラゴンまで……そんなことをいう。
よるだから、まっくらでそらなんてみえないよ。
あぁ……カードなんかにせっきょうされるなんて、しょうきじゃないや。
『そのお歳で、こんな頓痴気なカード作り風情に現を抜かしている時点で、正気ではございませんわ。それより……貴方のお気持ちだって、とうにお決まりなのではなくて?』
――あぁ、わかってる……わかってるよ。
おれのきもちも、とっくにきまってる……つもりだ。
“あのことば”は、おれからつたえなきゃいけない。
でも――そのゆうきにつながる、あといっぽだけ……なにかがたりていないんだ。
『――まぁまぁ、ご友人方……そう熱くならず。忍殿、貴方のその心の内を伝える手筈は……なにも一つではありませぬ』
あぁ……こんどはしろタイツのあくまが。
きみ、まえとキャラちがうくない?
『……忍殿、新たな“しもべ”を生み出しなさい。勇気など無くとも、カードを通じて伝えることができればよいのです……キヒヒッ』
な、なんという、あくまのけいやく……!
でも、それじゃあホントのきもちをつたえたとはいえないんじゃ……。
『キヒヒ……些末なことを。海風様も、言葉で気持ちを伝えてきた訳ではありますまい?』
うっ、それはたしかに……。
『貴方は身を任せればよいのです……。自身が生み出すカードを信じなさい。さぁ……今すぐ想いを新たな“しもべ”に託すのです。クゥーっクックック……!』
……おれは。
お、おれは……!
◆
「……だいぶ気が狂ってるな、昨晩の俺……」
そんなことを一人ごちながら口元の涎をふいて、デスクに伏せていた頭を持ち上げ、周囲を見回す。
突っ伏した勢いによって吹き散らかった、歴代カードたち。
くしゃくしゃになった100均シールの包装。
空になったカイブツエナジーの缶。
カーテンはうっすらと白く輝いていて、その向こうから雀たちのさえずりが聞こえた。
頬の感触は――まだ残っている。
「……」
今でも信じられない。
嬉しいか、嬉しくないかでいえば――めっちゃくちゃ、嬉しいっ。
でも……昨日は俺、何もできなかった。
理由は夢の中で話した通りだ。
ふと、デスクの手前側に散らばっていた二枚のカードが目についた。
どちらも、今回新しく生み出されたクリーチャー。
それも、俺の中で囁いた暗黒面の導きによって錬成された、かつてないほど“危険”なシロモノだった。
「……」
当たり前だけど、こいつらは喋りはしなかった。
カードと話す妄想に耽るなんて、俺……病気なのかな。
脳裏に浮かんだ問いに向かって、俺は口角をニイっと上げながら答えて見せた。
「それは……病さ。“恋”というね」
3秒後、俺は激しく髪をかきむしりながら――デスクに顔を埋めた。
◆
「お、おはよう……」
「うん、おはよう……」
教室の中で海風に会ったのは、実に1ヶ月半ぶりのことだ。
にも関わらず、互いに交わしたのはこのさっぱりとした挨拶だけだった。
「よぉー忍……ってお前、すごい目元してんな。寝れてるのか?」
「西垣……今は近寄らない方がいい。俺の中には怪物が住んでるんだ……」
西垣は目を大きく開いて、無言でむかつく顔を突き出してきた。
そりゃ意味不明だよな。
俺だって、なんでこんなカードを学校まで持ってきてしまったのか……自分でも理解が追い付かない。
このカードがあれば、確かに俺の気持ちは“伝えられる”かもしれない。
自分の中に足りていない、あと一歩の勇気が伴う時を待たずとも。
きっと、海風と俺の今の関係を壊すことなく――俺の望む結果が得られる。
でも、これは海風が本当に欲しがっている答えの形なのか?
こんな悪魔の契約によって生まれた“邪道”が、本当に正しいのか?
答えは――NOだ。
「俺は……頼ったりなんかしないぞ、貴様の力など……!」
「し、忍……お前マジで大丈夫か? 動画に撮っていい?」
そうだ、俺は悪魔の囁きになんて屈しない。
だってどう考えても、あのカードは“おにい感”の範疇を超えてしまっている。
封印しよう。
先の5弾のクソ長テキストカードたちと一緒に。
そう思った矢先、廊下の方から海風を呼ぶ声が聞こえた。
同時にけたたましい、クラスの女子たちの黄色い歓声が上がるのが分かった。
水泳部の坂野先輩――ではなく男子水泳部の主将、一条先輩の姿がそこにあった。
「海風、始業式まで時間あるかな?」
「え、あ、はい」
「坂野がミーティングでの報告内容の添削に付き合ってほしいって。忙しそうだから代わりに呼びに来たんだ」
「あ、はい。了解です」
そう言って、海風は一条先輩の後を追うように教室を出ていった。
直後、数名の女子が窓やドア枠から廊下に首を出して、やれイケメンだの、奴のことをやれイケメンだの、抱かれたい男ナンバーワンだのと、余計なことを囃し立て始めた。
「……ってやる」
「こ、今後はなんだよ忍っ」
「……使ってやるぞ……悪魔の力だろうが何だろうが……ッ!」
背後から、西垣の「やっべぇ……」という声だけが空しく耳に響いた。




