31.「へこへこ鳴るおもちゃ」
「おぉ、このパキパキな光り方……めっちゃそれっぽいじゃん。これは買いっと……」
「くすっ……室井くん、ネイルするんだぁ……」
さっきまでのしおらしかった海風は、一体どこへやら。
100均のシールコーナーの一角で、意地悪く笑ってみせた彼女の声が耳にくすぐったく響いた。
「ち、ちげーし。お母……お袋のために買うんだし!」
「えっ、お母さんネイルするの? けっこう若い人?」
「いや、しな……いけどぉ、なんか『たまには若作りしてみたいワ~』とかお袋が言ってたような、言ってなかったような……あははは……」
「ふぅん」
これが飾らない普段通りの姿なのだと、どこか心地よい安心感を覚えながら、本当は“エタデモ”で使おうとしているホイルネイルシールをカゴに入れた。
「……あっ見て見て、ぷくぷくシールもどきだ! ね、何個か買うからダメージカウンターのバリエーション増やそうよ!」
「えぇ……ぷくぷくシールを公式ダメカンにする気まんまんじゃん。エタデモっていうのはもっとこう――」
ふと、彼女に視線を向けると――俺はまたしても言葉を失ってしまった。
「どうしたの室井くん? さっきからなんかヘンだよ」
「……え、あぁいや……そうだね。俺もぷくぷくシール選んでみようかなぁ、なんて思っちゃったり……」
だめだ、やっぱり何回見ても……全然“普段通り”なんかじゃない!
声や態度はいつもの海風に戻ったというのに。こんなに人の多い場所で、さっき一緒に選んだばかりの大人びた服を着た彼女が、すぐ隣で笑っているという非日常感に――俺はすごくソワソワしている。
海風は、そんな俺の様子をじっとりと見つめてきたかと思えば、次に自分の服に目線を落とす。
「ド、ドングリなら、エタデモの世界観でもギリセーフかな? いや、こっちのタコさんウインナーの方が解釈次第で……」
「ねぇ。服……似合ってる?」
「……な、何回も言わせないでくれよ。すごく……似合ってるから……」
「そか……そっか」
質問に答えると、なぜかそっぽを向かれる。
そんな流れが、これまで何度も繰り返されていた。
「……ねぇ」
「あの海風さん!? さっきから同じこ……」
「――何が……“不安”だったの?」
そして突然、こんなことを聞き始めるものだから、わざわざ外していた視線が、否応なしに彼女の方を向いた。
海風は向かいのコーナーに掛かっていた、振ると音の鳴る、猫の顔が付いた棒状のおもちゃを手にしていた。
「えっ……」
「室井くんがさっき言ってた“不安”の理由。もう少し具体的に教えてよ」
てっきり、聞き流されているものかと思っていた。
まさか、ここにきて追及を受けることになるとは……。
先のホイルシールの使い方は内緒だったから、つい隠してしまったけど。
この海風の質問には、正直に答えないといけないと直感した。
「べ、別に大した意味はないよ。ただ、海風がエタデモに飽きちゃったら……俺はもう必要なくなるのかなって、思ってしまっただけ」
「……え?」
「だから……飽きられないように、いっぱい新しい要素を盛り込んでやろうって躍起になったんだ。おかげでカード作りなんか全然、もう何をやってもダメだったんだけど……」
「……なに言ってるの、室井くん」
「こんな格好悪いこと、ふつう言えるわけないだろ。でも、俺にとってはそれが本当に不安で、不安で……」
そうだ。
聞かれたからこう答えているだけで、俺が間違っていたことくらい……とっくに分かってる。
だから、溜めに溜めていた言葉をひとしきり吐き出した後、はっきりと訂正をするつもりでいた。
俺は、「でも、今日――」と言葉を続けようとした。
しかし、それはできなかった。
なぜなら、海風が手にしていたおもちゃの「ヘコッ」という間の抜けた大きな音が、突然目の前で響いたからだ。
「……へこ?」
「……」
海風はむっとした顔のまま、それから複数回「へコヘコヘコ」と音を鳴らした後、元の位置へと静かにおもちゃを戻した。
俺が呆気に取られていると、やがてシールコーナーの裏――棚で死角だらけとなっていた店舗の隅から、音源となったおもちゃを求めて、小さな子供がひょこっと現れた。
さらに「これ買って」とわめきはじめた子供を、親御さんが慌ててなだめに追いかけてくる。
それを見るや否や、海風は咄嗟に俺の手を強く引いた。
訳も分からないまま連れ込まれた先は、さっきまで親子がいたシールコーナーの裏。
「海風、どう――」
多種多様な園芸用品の数々が、まず目に入った。
つぎに、俺の頬にあたたかくて、潤いを帯びた質感が――
「ん……」
ほのかに、ふれた。
「……見損なうな……ばか」
さいごに、こえがきこえた。
◆
そう……あれがきょうかわした、さいごのことば。
なにをしたんだよ、うみかぜ。
なんでうみかぜまで、まっかになってたんだよ。
おれたち、どうやって――いえまでかえったんだよ。




