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俺の自作黒歴史カードゲームが、まさか潰されそうなキミの逃げ場になるなんて【後篇開始】  作者: とむ
後篇

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28.「期間限定スイーツ」


 朝の日差しに包まれた公園を出て、慣れ親しんだ住宅街の通学路を抜ける。


 途中、生活用水路にかかる錆びた鉄板の橋を渡って、スズメが跳ね回る畑を横目に、こじんまりとした農道を通る。


 近道を経て、多様な車が音を立てて行き交う国道に突き当たり、歩道に沿ってしばらく歩く。


 そうして、この駅前繁華街に到着するまでの間――俺と海風はただの一言も、言葉を交わさなかった。



「ここまで来ないと、まともな飲食店がないんだよな……ははは……」

「……」


「う、海風……食べたいもの、ある?」

「……」



 ……うぅん、キッツいよぉ。

 自業自得とはいえ、ここまでの時間は本当に心臓に悪かった。

 まさか、ここまで彼女を怒らせてしまっていたとは。


 この街はそこそこの規模の地方都市のはずなのに、ちょうど学校近くの公園から駅前に至るまでの道中、朝から開いているような飲食店がなぜか存在しない。


 ――いや、強いて言えばひとつだけあった。

 俺のバイト先のハンバーガーチェーンのことだが、そこは先日のアオハル事件のせいで、二人で行けばからかわれるのが目に見えていたので、海風が気づいていないうちにあえてスルーした。



「……よ、よし。ここにしよう」



 とはいえ、駅前繁華街ともなれば、店の選択肢はぐんと増える。


 そして――こう見えても俺は、ここまでカースト中位層に溶け込む努力を惜しまなかった人間だ。

 一対一のデート経験はないが、女の子の混じったグループで遊びに行くことは多々あった。


 そんな俺が選んだ、“女子ウケ間違いない店”は――



「いらっしゃいませ~。何名様でしょうか?」



 特になんの捻りのない、無難にお洒落でボタニカルな雰囲気のカフェでした。



「二人です」

「かしこまりました~。お席にご案内しま~す」



 観葉植物や作りもののツタに囲まれた、レジ前の通路。

 カトラリーを洗う微かな音の中を抜けて、店員さんは開けた吹き抜け空間のテーブル席に俺たちを案内した。


 俺と海風は四角い都会的な木のテーブルを挟んで、ふたたび対面で座った。

 ほどなくしてから水が置かれると、卓上タブレットに映し出された期間限定スイーツの軽いサジェストの後、店員さんがこの場を離れる。


 ――ふたたび、環境音に包まれた無言の空間が生み出された。



「……」

「……ど、どれにする?」



 『モーニング』と書かれたメニュータブレットのページを開いて差し出すと、海風はじっとりとした目で画面を見回した。

 そして、無言で『ハムチーズトーストCセット』をタップしたので、俺も適当なセットを選んで注文を完了させた。



「そ、それでさ。改めてなんだけど、その……大会お疲れさまでした……」

「……ありがと」



 むすっとした声ながらも、海風はようやく短い返事を返してくれた。

 しかし、あくまで「食べさせろ」ということなのか、それ以上の言葉は続かなかった。



「……いやー、暑いなぁ」



 エアコンの効いたカフェの一角で、俺は卓上のタブレットのメニュー画面を何度か意味もなく切り替えながら、コップの水を回数をわけて飲み進めていった。


 対する海風はというと、口をへの字にしたままではあるが、時おりカフェのインテリアや周囲の人に向けて、チラチラと目線を泳がせている。

 背筋の張った格好いい店員さんに、経済新聞を神妙な面持ちで広げるビジネスマン、暖色の吊り照明にネイルを透かして見るお姉さん。

 店の中にいる他の人たちと比べると、海風がそわそわとしているのは明らかだった。


 ……そうか。

 寮暮らしだと、ほとんどカフェに行く機会なんてないのか。

 だとすれば、この選択は失敗だっただろうか?

 俺は彼女に、余計な緊張を与えてしまったのかもしれない。




「あ……む」



 しかし、そんな心配はハムチーズトーストが供されたとたん、杞憂と化した。


 こんがりとトーストされた、バター香る厚切りの食パン。

 零れそうなほどたっぷりのチーズと、ハムの断面が描くピンクの彩り。

 それらぜんぶを、海風の大きな口がぱっくりといった。



「……はむっ、はふっ……んぐっ」



 彼女の食べ進める勢いは、どんどん止まらなくなっていった。

 海風の輝く目は、みるみる小さくなっていくハムチーズトーストに真っすぐ向いている。

 せわしなく動く彼女の頬は、どことなくツヤツヤして見える。


 なんというか、すごく……うまそうに食べるなぁ。


 そんな海風の食事シーンに目を奪われていた俺は、まだ手付かずだった手元のパンケーキに目を落とした。



「よ、よろしければ、こちらもどうぞ……」



 そう言って、俺はナイフで切り分けたそれを、フォークに乗せて海風のお皿へと運んだ。

 半月型のパンケーキの上で、同じ形になった丸いバターがミントの葉を巻き込みながら、じんわりと泡を立てて溶けていくさまを、彼女はハムチーズトーストの欠片を手にしながら眺めている。


 彼女は輝く目で一度だけ俺の方を見たが、途中で首を軽く振って、じっとりした目に切り替わった。

 そして、視線をプイと外しながら、フォークでパンケーキを口に運んだ。


 そんな様子を横目に、俺もパンケーキを口にすることにした。



「……うめっ」



 生地の優しい甘みと、メープルシロップのどっしりとした甘み。

 これらをバターの塩味とコクが見事に包み込んでいたもので、思わず言葉が漏れてしまった。


 無言のまま、二人でもぐもぐと口を動かしていく。


 そして、お互いのお皿の上にあったものがすべて無くなった頃、俺たちは思い出したようにセットのドリンクを口にし始めた。


 無理してガムシロもミルクも入れなかったアイスコーヒーは苦かったけど、思ったよりはスッキリとしてて悪くない。

 そんなことを考えながら、海風に本題を切り出そうと目を向ける。



「海風、そろそろ……ん?」

「……」



 相変わらず無言だったが、彼女はやや俯き気味になりながら、ストローを口に咥えてゆっくりとオレンジジュースを飲み進めていた。

 その、何とも言えないソワソワとした感じは、周囲が気になっていた先程とは少し様子が異なる。


 海風の目は、空になった皿と、ときどき卓上タブレットに映し出される食べ物へ交互に向けられていた。

 頬がほんのりと赤らんで、テーブルに隠れて見えないはずの手の動きが、なんとなく察せられる。



 ――あっ、足りてないんだ……量。



 さっきのハムチーズトーストも、半分こしたパンケーキも、そこそこ大きかったような気がしたが、そもそも彼女は現役バリバリのスイマーだ。


 水泳をしている人たちは、日ごろから凄い数値のカロリーを取らなくてはいけないと聞いたことがあるが、海風もどうやらその例に漏れないらしい。



「……期間限定のスイーツ……うまそうだな。一緒に注文する?」



 そう伝えると、海風は一瞬だけ肩をピクと弾ませてから、目線を逸らしつつ静かに頷いた。



 ◆



「ありがとうございました~」


「……」

「……」



 オソロシー女だと思った。

 かなり良い雰囲気のままことが進んでいたと思ったのに……レジで会計をするときになって、海風は「別々で」とキッパリ言い放ったんだ。


 気持ちよく奢って『はいこれでチャラね!』とはさせないぞ、という彼女の強い意志を感じた。



「……あ、あの」

「お、お腹いっぱいだから……まだ話したくないもん」


「えぇっ!?」

「……」



 そして、海風は頑なに顔を逸らしたまま、ポツリとこう言った。



「……こんどは、服選びに付き合ってほし……もらう」




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