27.(テキストなし)
――少し時を遡る。
エンドレスリテイクにいよいよ終わりが見え始めた頃、待ちに待った海風からのメッセージが届いた。
『インターハイ終わったよ~! 今バスで高速乗ってる 18:11』
いつもと変わらない文体がそこには綴られていて、このとき俺は、かつてないほどの安堵を覚えていた。
しかし……続く文については、おおよそなんとも言えない内容だった。
『おぉ、お疲れ! どうだった?? 18:11』
『リレー7位だよ! ちょっと悔いの残る結果だったかな~ 18:15』
『あらら、それは……もっと詳しく聞かせて 18:15』
『だよね~ 詳しいことは直接話すよ!明日の朝、あの公園とかどう?18:21』
『俺は大丈夫だけど、海風はしんどくない? 今から帰ったら今日は遅くなるでしょ 18:22』
『大丈夫。早くお話聞いてほしいし 18:22』
『分かった! 無理だけはしないで 18:23』
『ありがとう! 私はちょっと軽く寝ておくよ 18:28』
大会疲れもあるだろうに、明日でもいいから会って話したいなんて。
今思えば、それは明らかな“違和感”として、頭に残しておくべきことだった。
『おやすみ! 最高にイカした第5弾も用意して待ってるぜ! 18:28』
なのに、このとき俺は――それまでの精神摩耗を取り戻すかのように、久方ぶりの多幸感をただ浴びるほど摂取していただけだった。
◆
そして迎えた今日。
公園の東屋で再会した海風は、やや疲れた顔を見せながらも、気丈に振舞っていた。
『やっ、げんき?』
『あ、おはよう海風。大会、お疲れさまでした』
海風は『いやぁ、本当に大変だったよ~ははは……』と口にしながら、机を挟んで向かいのベンチに腰を掛けた。
彼女は今日も制服を着ていたが、もはやそこに何ら違和感は感じなかった。
『聞いてよ室井くん、帰りのバスの中でも……先輩たちみんなピリピリしててさぁ』
『そうなんだ。全国の7位って時点で、相当すごい気がするんだけど……』
『あはは、それがそうでもなくて……全体的に目標のタイムに届いてなくて、本当ならもっと行くところまで行けたはず、なんだよね』
『そうだったんだ……それは、悔しいなぁ』
『うん……』
『……』
訪れた沈黙。
今までもこういった間はよくあったのだが、このとき俺は、とにかく海風に“飽きられる”ことを極端に恐れた。
そして、俺が出した答えは――
『海風見て。ほら、じゃ~ん!!』
『……えっ』
『ご覧ください! 過去最高に気合入れて制作した、エタデモ第5弾です!』
『あ……う、うん』
机にどんと置いたのは、枠いっぱいまでみちみちに描かれた、リアル(自己評価)なおどろおどろしいニワトリのようなクリーチャーで、テキストの文字数が多すぎたために枠を少しはみ出しそうになって、後半になるほど字が小さく詰まっていった1枚のカードだった。
『(以下長文、読み飛ばし推奨)従来のカードプールに無限の遊び方をプラス! 目玉はこの“曼荼羅展開・無限乖離現象統合鳳 インフィニティ・パラドックス・アノマリー・ウイング”だ! こいつは手札にあるパワー10000以上のクリーチャーを3枚重ねて、その上に出す超進化クリーチャーなんだ! パワーは20000で召喚酔いがなく、場に出たターンだけ守護クリーチャーにブロックされないぞ! さらに下に重ねたクリーチャーを1枚墓地に置くことで、そのターンだけパワーが+10000されるぞ! もし破壊された場合は下に重ねたカードもすべて墓地において、手札に戻されてしまった場合も、全部手札に戻ってくるという処理がなされるぞ!』
『うん……ん?』
『お次はこいつだ、ドン! 新要素、“究極イベントカード”! これはイベントカードを使用したターンにだけプレイできるカードで、従来のように即時効果を使って墓地に置くんじゃなくて、場に置いたターンは効果が使えない代わりに、次のターンの初めに指定のコストを支払って使用できる新しいイベントカードだ! 効果は従来のイベントカードよりもちょっとだけ強力だが、従来のイベントカードとは別種類扱いだからカード指定も同様に分けられるぞ! そして一度使われた究極イベントカードは、墓地に置かれず山札の一番下に戻る!』
『え……あ……』
『そんな新イベントカードの中でも、特に注目すべきなのがこいつだ! “無限乖離現象統合創造 インフィニティ・パラドックス・アノマリー・クリエイト”! これは“無限乖離現象統合創造”と名前に付いたクリーチャーを場に出すのに必要なカードだ! さっきは言っていなかったけど、“曼荼羅展開・無限乖離現象統合鳳 インフィニティ・パラドックス・アノマリー・ウイング”のような超進化クリーチャーは、この究極イベントカードがないと基本的にプレイできないようになっているぞ! そのかわり、“無限乖離現象統合創造 インフィニティ・パラドックス・アノマリー・クリエイト”は先の効果に加え、相手のクリーチャー1体を手札に戻すことができ……?』
『……ぐすっ……』
この辺りになって、ついに海風の頬を――大粒の涙が伝いはじめた。
はじめ、俺はこの涙がエタデモとの再会に対する感動の涙なのだと、まじめに思い込んでいた。
『……んない……ぐすっ……よ……』
しかし、どうやらそうでは無いらしいことを薄々感じはじめたときには、既に彼女の顔は真っ赤でぐしゃぐしゃだった。
そうして、しゃくるように絞り出された言葉の威力は――
『……にも……分からないよぉ!うえぇんっ……!』
インターハイの結果を飲み込めず、更にはエタデモが“逃げ場”ではなく、難解かつ複雑怪奇な怪物と化してしまったことに対する海風の悲しみを――このマヌケな俺にはっきりと分からせるのに、十分なものだった。
◆
――そして、今に至る。
「ぐすっ……すんっ……!」
「……」
子どものように泣きじゃくる海風。
手を中途半端に伸ばそうとして何もできず、中腰のまま制止する俺。
俺たちを遠巻きに見る、散歩に来ていたおじさんと柴犬。
ここに来て自身の過ちに気が付いた俺は……今、海風のために何ができるのかを必死に考えた。
「ご、ごめん……すぐ、片付けるよ」
パニックになっている海風の前で、このような情報の濁流を流し続けておくのはやばいと、さすがの俺も思った
だから、まずは机の上のカードを片付けることにした。
自分で生み出しておきながら、デビューに泥を塗ってしまった挙句、晴れ舞台をそそくさと片されてしまったカードたちに申し訳なさを感じる。
「……すん……ぐす……」
しかし、そうして目の前が整理されたおかげか、海風のすすり泣く声はさっきよりも小さくなった気がする。
その様子を見て安心した俺は、少しは冷えた頭で昨日のメッセージを思い浮かべながら彼女に話しかけた。
「ほ、ほら……もうカードないよ。大会のこと、詳しく聞かせてよ」
どう考えても、はじめからカードなんて出さないで、この話から切り出すべきだったんだ。
さっきまで相当にトチ狂った考えに傾倒していたことを、ただただ猛省するばかりだ。
おかげで、俺は“エタデモ”という手札をロックされてしまったまま、彼女と向き合うことになってしまった。
「……やだ」
そんな消極的な俺に思う所があるのか、海風は目を真っ赤に腫らしながらも、むすっとした声ではっきりと拒否を口にした。
「うぅ……」
我ながら、本当に情けない声が漏れたと思った。
そして、海風は分かりやすくプイと顔を逸らしたかと思えば――さらにこう続けた。
「……おなか……すいた」
「……えっ」
「なにか、食べられるところ……連れて行ってくれなきゃ……話さないもん」
――彼女の溢した要求は、俺の長い一日の始まりを予感させた。




