10.相手の手札を見てその中から1枚選び、捨てさせる
「私ってさ、普段みんなにどんなイメージ持たれてるんだろ……」
お互いに背を向け合い、黙々とデッキ作りを行っていた最中のあまりに唐突な発言だったので、俺は驚いた。
「ん……えと、それはどういう?」
「今日の篠崎さんのコトとか、私は周囲から何か……時々すごい勘違いをされるんだよね」
お互いのデッキバレを防ぐため、俺はいま海風の方を振り返ることができない。
だが、紙を手に取り、重ねていく、そんな微かなだけど何処か確信を持った音だけは耳に届く。
いまの言葉は、すでに彼女のデッキテーマが決まったがゆえの発言だと感じた。
「……海風のイメージかぁ」
「ね、室井くんからみた私のイメージって、どんなだった?」
「うーん……忌憚なく言っていいやつ?」
「いいやつだよ」
「……真面目なスポーツエリート。ストイック女子。期待の星。あとなんか、すごいひと」
「ふむふむ……だったらいいんだけど」
「いいのかよ」
「だって昨日言ったもん、背伸びしてる自覚はあるってさ」
カードの束が机の上に置かれた音が、背中越しに聞こえた。
俺もデッキ作りを急がなければと焦るなか、海風は続けて言葉を零した。
「でも、だったら尚更、なんであんなこと言われたんだろ。先輩に色目使うために水泳を頑張ってるって思われてるのは、さすがに心外だな」
「……篠崎のあれはちょっと特殊だから、あまり気にしない方がいいよ」
「特殊?」
「あいつは、自分にない武器を持ってる人が怖いんだよ。自分の置かれた立場になまじ自覚があるから……そこから外されてしまう可能性を少しでも無くして、安心したいだけ……だと思ってる、勝手に」
訪れた、一瞬の沈黙。
蛍光灯が一度だけ、コツンと音を立てて明滅した。
「ふぅん……やけに詳しいじゃん」
「……え」
「いっぱい知ってるんだね、篠崎さんのこと」
「そ、そんなことないっ」
「なーに?その焦り方……もしかして」
「焦ってなんか、ないっ」
く、くそ、あと3枚。
あと3枚だけ埋めれば、すぐにでもデュエルに持ち込めるのに。
もう昔のことなんだから、ほっといてくれっ。
「ま、言いたくないことは誰にでもあるよね」
「いや、別に……そういうわけじゃ……」
「いいよ……お互いをより深く知るのは、これからだもん」
「……う、うん?」
よ、よし……もうこれで、いい。
選んだ30枚のデッキを机に置いて、俺も準備完了だ。
向かい合い、目が合った時。
海風はいつにもまして一直線な眼差しを、俺に送った。
「私も負けないから、君も全力で来て」
おぉ、なんか……すごい真剣勝負モードだ。
これでこそ、頑張ってカードを作った甲斐があるってもんだ。
◆
――ついにこの時が来たんだ
俺が『こんなドラクロがしたい』と妄想し続けてきた末に産み出した冗談のようなカードが、今こうして現実に存在する対戦相手を伴い、プレイされようとしている。
今まで、シュミレーションはバッチリこなしてきた。
俺はこの海風とのデュエルで、その成果をただ示すだけだ。
「……よろしくお願いします」
「よろしくお願いしますっ」
お互いに挨拶を済ませた後、各自5枚の手札を山札の上からドロー(カードを引くこと)した。
机の上には壁となる3枚のカードが、すでにそれぞれの場で裏向けに並んでいる。
「……くっ……ぷふ……」
海風は、自分の手札を見て笑いを堪えている。
あぁ、“白タイツ悪魔”を引いたんだろうな……。
ついさっきまでの勝負モードはどこいったんだよ、オイ。
そして、そのままもつれこんだじゃんけんの結果、先攻は俺に決まった。
彼女は笑いを堪えるのに必死なので、なんとなくグーしか出せなさそうだなと思い、パーを出したら……まさにその通りの結果となった。
ふふふ……勝負はもとっくに始まってるんだぜ、海風さんよ。
そんな、昔読んだドラクロの漫画に登場するベテランデュエリストが言っていたセリフを心の中で真似てみたあと、俺は最初のプレイに移ることにする。
手札から一枚の黒陣営のカードを選んで、俺はそれを公開しながら、場の手前側に置こうとした。
「……も、も……」
「室井くん、どうしたの?」
な、なんだ。
はやくカード名を宣言しないと。
ルール通り、シュミレーション通りにやれよ、忍。
「い、いや、なんでもっ。も……“黙示録を告げる黒翼 ……アポカリプス・レイヴン”を、マナに置いて……ターンエンドっ」
「はい。じゃあ、私は……」
海風はまず、山札からカードを1枚ドローした。
この手のカードゲームは基本的に、あらゆる行動をワンテンポ先に行える先攻が圧倒的有利となる傾向がある。
そのため、エタデモでも例に漏れず、毎ターン1枚ずつドローができる権利は1ターン目の場合は後攻から得られることとなっていた。
「えっと……“創世の……い、いん……”?」
「……そ、“創世の因果律”だよ」
「あー、そう読むのかぁ。ありがとう」
「……」
「“創世の因果律”をマナにおいて、おしまいっ」
海風はそう宣言して、順番を回した。
俺は彼女のマナゾーンに置かれた、オーラを纏った「♪」が描かれただけの“創世の因果律”を遠い目で眺めながら、山札からカードを一枚をドローしたのち、今度は自分の手札を見た。
「“し……神滅の厄災……じ、獣 ベイン・カタストロフ”をマナに置いて……て、“天地開闢のぉ……ダークネス……ワーム”を召喚します」
「どうしたの、なんか歯切れ悪いよー?」
辛うじて禁止化を免れたダークネスワームを場において、手札を2枚ドローした。
手札が増え、得られたゲーム的な安心感とは裏腹に、俺は実際にプレイすることで初めて知り得た心境に、気がつけば気遅れしてしまっていた。
『――滅んだり創世したりして忙しそう』
あのとき、海風が言ったとおりだ。
俺の考えたクリーチャーの名前……ピンからキリまでいちいち壮大で……なんか急激に恥ずかしくなってきた……!
「おー、きたねダークネスワームくん。じゃあ私は……」
お、落ち着け……。
海風は実のところ、俺のネーミングセンスそのものを別にバカになんかしてないだろ。
こうして真剣に対戦に取り組んでくれてるんだから、あまり失礼なことを考えるな。
「こ……光輝? なる創世の黄金……虫……コガネムシであってるよね?この子を二体召還するね。」
あーっ!やっぱり背中がムズムズするよぉ!
海風の場に現れたコガネムシに何が創世できるっていうんだよっ。
「これでおしまい、次は室井くんの番だよ」
「お、おぅ」
しかし、今のところ海風の動きは、白陣営のカラーに則った理想的な動きだ。
相手クリーチャーの攻撃を防ぐ“守護”というスキルを持った、軽量なクリーチャーをひたすらに横並べしている。
たくさんドローして、クリーチャーを次々並べたり、積極的に相手を破壊する前のめりな黒陣営のカラーとは異なり、白は守りが得意だ。
というか、もともと黒を贔屓しすぎたせいで、当初白の特徴はぶっちゃけそれくらいしかなかった。
なので、第2弾の白陣営にはいくつかのテコ入れをして、カードの種類を増やしてある。
「イベントカード“原初の混沌 プラ……ゴホン、プライマルカオス”で、手札を4枚引きます……」
「おぉー、手札いっぱいだねぇ」
海風は余裕綽々といった様子で、素直にカードを楽しんでくれているようだ。
しかし、勝負は残酷なもの。
俺の手札には、勝ち筋となる“殲滅漆黒神魔龍アブソリュート・シュナイダー・ドラゴン”が来ている。
今はまだ膠着状態だが、あと数体クリーチャーを並べてからコイツを出して、まずは海風の守護クリーチャーを空にする。
そして、パワーを上げるパンプアップ用イベントカードを使用して一気に壁を壊しにかかる。
これは何百回と繰り返したシュミレーションの末に考案した、黒陣営の勝ち筋のセオリーだ。
海風には悪いが――全力で来てと言ったのは彼女だ。
遠慮なく行かせてもらう。
「じゃあ私は――“創世の悪魔”を出しますっ」
で、出たな、いきなり第二の主人公に抜擢された悪魔。
こいつは他の白陣営のクリーチャー同様、“守護”のスキルを持っているのだが、さらにもうひとつの効果がある。
「えっと、“場に出たとき、相手の手札を一枚裏向きのまま選んで、墓地に置く”だね。」
そう、黒陣営のクリーチャーが時折持つ“略奪”……つまり、ハンデス(手札破壊)が可能なのだ。
我ながら、うまく設定がテキストに落とし込めていると思う。
思いつきで生まれたクリーチャーだったのにな。
「どーれーにしようかなー」
ふふ、せいぜい迷うがいい。
俺の手札は都合、8枚もある。
このうち、切り札の“殲滅漆黒神魔龍”は1枚。
ランダムなハンデスでさっ引かれることなんて、そうそう――
「あ、これだ!」
――あ、あれ?
「……はぇ?」
「やったー! やっぱりそうだったじゃん」
墓地に置かれた“殲滅漆黒神魔龍アブソリュート・シュナイダー・ドラゴン”を見て、俺は困惑を隠せなかった。
今、海風は……どう見ても『これが“殲滅漆黒神魔龍”だ』という確信があって選んでいた。
俺は咄嗟にカードの裏を見た。
い、一体何が……。
「……あぁっ!」
そして、ここに来て俺は――致命的なミスを犯していたことに気が付いた。
あまりにイラストに気合いを入れすぎたため、裏面が筆圧によってドラゴンの形に隆起していたのだ。




