おまけ ~シエット過去話(前編):嫌いな場所~
毎日、朝の8時台に投稿予定
たまに大幅にずれる可能性があるので、ブクマ推奨です
それは、私がまだ幼い頃の話。
お父様に連れられて、何度か目の貴族の集まりに参加したときの事。
ペンブローグ家が執り行った会にしては、種族の枠もそれほど厳しくなく。ドワーフ族だけでなく、人間族だろうとエルフ族だろうと(流石に亜人族はいなかったけれど)一堂に会す催しだった。
ローダイン。ヴァンシュレッタ。アルバーン。
トリルフェーン。ロニセラ。コーネリア。
そして――ペンブローグ。
これらはまだ一部であり、その下にも多くの名家が控えている。
……その端の端にあるのが、私の家であるエーテレイン家だった。
「ルナはあちらで待っていなさい」
「――分かりました、旦那様。行ってらっしゃいませ、シエット様」
「…………」
使用人であるルナは連れて入ることができない。それが決まりだとお父様は言うけれど、私はいまいちピンとこなかった。大広間前の一室が待機用のお部屋で、半分だけ開いている扉の中をちらりと覗くと、もうたくさんの使用人が中で控えていた。
……あの中にも、ルナのような機石人形がいたりするのかしら。
「お待ちしておりました、エーテレイン様。シエット嬢も、御寛ぎくださいませ」
子供である私にも深々とお辞儀をしたペンブローグの使用人。彼が大きな扉を開くと、そこから先はとてもキラキラとしていて。しっかりと磨かれた壁や床、シミ一つないクロス。そして綺麗な服を着た大人が沢山いた。
「シエットは邪魔にならないよう、どこかに座っていなさい」
そうお父様は私に言って、どこかへと行ってしまった。大人は大人で、挨拶に回ったりと忙しいらしい。……取り残された私はどうすればいいの? どこかに座っていろと言われたけれど、どこに座ればいいのかしら。
「…………」
貴族の娘としての立ち振る舞いを忘れず、落ち着いて。
――けれど、お父様もルナもいない一人ぼっち。少し心細い。
そんな時だった。突然に、後ろから肩を掴まれたのは。
「シエットちゃん、元気にしていた? 一緒に飲み物取りに行こっか」
「ルル姉さま!? ――はいっ! お供しますわ!」
催しに招かれたのは大人たちだけじゃない。私のような子供も何人か連れてこられていた。皆どこかの家の息子や娘。メインは大人たちの話合いだけれども、私達の顔見せや繋がり作りも目的にあったんだと思う。
――そして、目の前に現れた人。
明るい茶色をした髪を揺らして、ニコニコとしている“姉さま”もその一人だった。
アルルード・ヴァンシュレッタ。私よりも二つ上のルル姉さま。
多くの大人が集うこの大広間で、私のような子供が落ち着ける場所なんてない。姉さまのそばが唯一の例外だった。よく歳下である私の面倒を見てくれる、優しいお姉さん。私なんかよりもずっと美人で、器用で、とても要領が良い。
この場には様々な貴族が集まっているけれども、私に優しく接してくれるのは姉さまだけだった。エーテレインのような成り上がりったばかりの家とは、仲良くする利点もそう無いからなんだと幼い私でもなんとなく分かる。
「ん、甘くて美味しい。ルナちゃんは外?」
「ええ……。こちらに連れて入ることができないので――」
グラスを受け取り、広間の隅へと移動して。ルナのことから話が始まり、あとは最近あったことだとか、街で流行っていることだとか――。他愛のないことでも、姉さまは興味津々に聞いてくれた。
ここ数年は、同年代の子たちよりも大人と接触することの方が機会が多かった。だから、こうして好きなことについて話すのはとても楽しかったのだけれど……。
「俺は同族のよしみで目をかけているつもりなんだ」
「そ、それについては……助かっています」
一際大きな声と、それに圧されているような遠慮がちな声。
この場で一番位の高い、公爵であるグレン様の父君と、お父様の姿があった。
「特にこれといった功績もなし。娘も未だ花開かぬ蕾のままなところが、お前と実にそっくりだな。少しはマシに使えるのならば、グレナカートに充てがって――」
「シエットちゃん、向こうに行こう?」
「え、でも……」
ルル姉さまに連れられるようにして、広間の反対側へ。移動した先でちびちびと飲み物を口にする。距離が離れてしまって、今では何を言っているか聞き取れない。
「――――」
……いったい何を話していたのかしら。あの雰囲気からして、あまりいい話題ではなさそうだったけれど。隣にいるルル姉さまは、二人が話している様子をじっと見つめていて。少し険しい顔つきをしていた。
きっとルル姉さまも、グレン様の父君は苦手なんだわ。
……マクメイズ公爵、エルクリード・ペンブローグ。
誰に対しても横柄な態度を取っているし、とれるだけの武力を持っている。動かせる兵力を指してのことだけじゃなくて、本人がそういった力強さに溢れていた。獣のような、触れてはいけない嫌な感じの力強さ。幼い私でさえ、逆らってはいけないと本能で理解していた。
「ねぇ、シエットちゃん……。この場所は好き? ここにいる大人が好き?」
「…………」
突然に質問をされて、少し戸惑ってしまう。こういった場で、安易に思ったことは口に出してはいけないと、お父様からも言われていたから。
そんなことを考えているのが、表情から丸わかりだったのかな。ルル姉さまは『あ、心配しないで。誰かに言ったりなんてしないよ』と小さく笑った。そうして、その笑いが収まったころに――
『……私はね、大っ嫌いよ、こんな所』と小さく呟いた。
「なんなんだろうね、強いことだけが正しいことみたいで。本当に正しいことが、力づくで歪められているようで。子供の私でもそれが気持ち悪いことだって分かってるのに、みんな笑ってて。……なんで私、こんな場所にいるんだろう」
「あの……ルル姉さま……私……」
たまに難しい顔をして、難しいことを話して。そんな姉さまを眺めているのは嫌いじゃない。こうして、たまに大人みたいにいろいろと考えていて。私とは違うんだなと、いつも感心してしまう。
こんなとき、姉さまのように振る舞えれば――うんうんと頷いて賛同することができれば、きっと喜ばれるのだろうけど……。
でも、私にはまだ足りないものがたくさんあって。姉さまのように、いろいろなことに対して理解が深いわけじゃない。背丈に合わないことをして見せても、それはルル姉さまを困らせてしまうだけなのは分かる。
「あらあら二人して難しい顔してるのねぇ」
「――っ!?」
「サープリアス卿……!?」
流れるようなサラサラとした金色の髪に、左目の眼帯が印象的な女の人だった。そこらの男性よりも背の高い、すらりとした身体つきは気品に満ちあふれていると同時に――とても格好良い。
誰もが知るであろう、サープリアス伯爵、ライカ・トリルフェーン様。
武人としても名高く。剣などの武器も魔法も用いずに、ただ一対の籠手だけで、伝説上の種族である巨人を屠ったという逸話を持つ、【巨人殺し】その人。
この国において、女性主はコーネリア、アルバーン、トリルフェーンの三家のみ。それでいて、それぞれ重役を任されているという女性の憧れ。
「あらあら、そんなに怯えなくてもいいのよ? 今日はお酒を飲みに来ただけなんだからさぁ。ねぇ、お嬢さんたち?」
そう言って、私達二人の頭を次々と撫でていく。【巨人殺し】と呼ばれているが故に、力加減を間違えて頭を握りつぶされてしまうんじゃないか、と戦々恐々としていたのは言わずもがな。
同性だからなのか、気安く接してくれるのはいいけれど……。
私はそんな重鎮を目の前にして、顔を赤らめながら緊張していた。
そんなときに、そんな気分の高揚を邪魔するかのように、再びあの声がした。
「お前のところの娘は、なかなかの跳ねっ返りだと聞くが」
「……えぇ、親の言うことを何一つ聞かない我儘娘でして」
グレン様の父君――マクメイズ公は、今度はルル姉さまのお父様と話している。今度はグレン様も一緒だった。前に見た時と変わらない、凛々しい御姿。
――なにやら姉さまについて話していたようだけれど。これもあまりいい話題である感じはしない。更にこちらに気付いて近づいてくるものだから、私としては複雑な気分だった。
「……お久しぶりです、閣下」
ちらりと父親の方を睨みつけて、姉さまはその後は深くお辞儀をした。それにつられて私もお辞儀。失礼にあたらないように、というのはお父様からの言いつけと。それともちろん私自身も、貴族の娘としてそれに相応しい振る舞いをしたいから。
その様子を見て、くっくと笑うマクメイズ公。
……ちゃんと出来たはずだけど。なにかおかしなところがあったのかしら。
「優秀であるが故だろうな。……全く、よくお前のような親から、これほど出来の良い娘が生まれたものだ。隠したところで、俺の目は欺けんよ」
「……買いかぶり過ぎです」
再び頭を下げる姉さまの姿を見ながら。
『まぁ、よいだろう』と満足そうに、顎に生えた髭を撫でる。
「将来の事を考えれば、グレンの許嫁にしても構わん。なに、どんな跳ねっ返りだろうが、これぐらい御せずしてなにがペンブローグか」
「あらま、もう世継ぎの先の話をしてるのかしら」
……許嫁? 世継ぎ?
突然に、なんの話をしているのだろう。
「まぁ、側妃の二人や三人ぐらいは持っていても、ね。グレン君はよりどりみどりね。若くて可愛い娘が沢山いて。あ、私は駄目だからねぇ」
まだそんな、許嫁のことなんて考えるには早いと思っていたし。
それがなんだか、グレン様とルル姉さまの話になっているし。
私がまだ状況を把握しきれていないままで――
「……俺は――」
…………。
グレン様は目を逸らして、何も言わなかった。ただそれだけ、肯定も否定もしていない。なのに、当時の私にとってはそれがなんだか、とても悲しかった。何人もいる中での一人になるのも嫌だったけれど、それすらも否定された気がした。
「それにしても、まだまだ死ぬつもりも無いくせしてねぇ」
「衰えは感じんな。取れる領地が少なくなってきたのが悩みの種だが。――互いに、退屈した人生だけは送りたくないだろう」
「私と一戦交えたいとでも? 冗談はよして欲しいわ。……他所の国を刺激するようなことも、なるべくは控えて欲しいんだけど。仕事が増えると、日頃のお酒の量も増えちゃうから」
「――――っ」
広間から飛び出して、正面玄関も使用人たちの間を抜けて外へ出る。
――どこでもいい。どこかに行きたい。ここではないどこかへ。
「どちらに行かれるんです――っ!?」
後ろからルナが声をかけてきたのは分かったけれど、無視して走り続けた。
屋敷の周りでウロウロしているのも嫌だし。もしも涙が出てきたとして、それを誰かに見られるのも嫌だった。それなら森の木陰の方で、落ちつくまでいようと。そう思っていただけだったのに。
――なのに、ルナがついてきたおかげで。
私が変に意地を張ってしまったおかげで。
気が付けばズルズルと、森の中へと進んでしまっていた。
ルナは半年前、使用人として我が家にやってきた。機石人形ということを知って、っても驚いたのを覚えている。初めから家にいたわけじゃない。今の技術では一から作ることなんてできないし。お父様がどこか遠くの地で見つかった彼女を、大金をはたいて購入しやっとのことで起動したのである。
最初からメイドとして作られたのかは分からないけれど、再起動された彼女は従順で。昔の記憶は無いみたいだった。確かに使用人としては、申し分ないのは確かだった。けれど、私はまだ彼女を完全に信頼したわけじゃない。
食事の時でも、勉強の時でも、遊ぶ時だって傍にいる。何か危険なことがあれば、口うるさくしているのも、私の世話係として命じられているからだろう。――正直、あまり好きではなかった。
「はぁ……はぁ……!」
結局追いつかれちゃったし。
「――こんな所まで来てしまって……。地下洞窟から魔物が発生しているので立ち入り禁止だと、看板がありましたよ?」
――うるさい! うるさい! うるさい!
使用人のくせに! メイドのくせに! 人形のくせに!
初めて見たものだったから、私は怖かったんだと思う。
ヒトではないモノが、ヒトのように動いているのが。
ヒトと同じように考え、心配しているのが。
「そんなもの……関係ありませんわっ! とにかく私についてこないで!」
一人になりたいだけなのに。
――もう一度走りだそうとした次の瞬間、足元の感覚がふっと失われた。
……私はここまで夢中で走ってきたし。看板なんて目に入らなかったし。そこが危険だということも知らなかった。
……この辺り一帯の所々に穴が開いているだなんて、気づかなかったのだ。
「――きゃああああ!?」
「お嬢様っ――!?」




