おまけ ~シエット過去話(後編):小さな冒険~
毎日、朝の8時台に投稿予定
たまに大幅にずれる可能性があるので、ブクマ推奨です
「ん……ううん……」
パラパラと落ちてくる砂と小石に顔を叩かれ、目が覚めた。
なんだろう……空が小さい。夕焼け空が、小さな窓から顔を覗かせている。そこ以外の全部が、切り取られてしまったようだった。
……違うか。私、落ちてきたんだ。
よっぽど高いところから落ちてきたんだろうな。空が鍋の底ぐらいしかないや。ところどころボヤけている視界の中、そんなことを考えて。ボーっと地上を眺めている端で、影が動いた。……水色の髪。メイドのルナだった。
あれ、なんだか髪の端がいつもとは少し違うように見える。薄暗いからそう見えるだけ? ……いやいや、それで橙に見えるはずなんてない。
「お、お嬢様……!? 目が覚めたんですね、よかったぁ……!」
バッとなんだか慌てた様子で身体を離して。それなのに、安心したようにベタベタと顔やら頭やらを触っている。
なんなの、もう! こんなとこまでついてきて!
「――痛っ」
ルナの手から逃れようとして、とっさに身体を逸らした時だった。頭に少しだけ痛みが走って、思わず顔をしかめてしまう。
「痛たた……。……血も少し出ちゃってる」
「お嬢様っ! 直ぐに治療しますから、動かないでください!」
慌ててルナが傷の様子を見てきたけれど、ちょっと大げさなんじゃない。そう思えるぐらい、不思議と身体はそれほど痛くはなかった。あんな高いところから落ちたのに、運が良かったのかな……。
この場所が例の地下洞窟だと分かって、不安はあった。けど、傷が深くないというだけでも、少しは落ち着けたような気がする。当たりどころが悪ければ、最悪死んでたかもしれない……。そう考えると、背中がゾクゾクとしてくる。
落ち着いて。落ち着いて……。
身体は痛まない。――深呼吸はできる。
そうして少し気持ちに余裕ができたことで、周りの状況が目につくようになる。
地面を見ても壁面を見ても、人の手が入った様子は殆ど無かった。ゴツゴツとしていて、地面もボコボコ。ところどころに大小様々な岩が飛び出している。
ここを出ようにも、落ちてきた入り口はとても高いところにある。足がかりになるような場所もないし、どうやっても二人で協力して這い出そうなんて無理。
……いや。ルナって機石人形だし、私を抱えたまま空を飛べたりするんじゃない? と、彼女へと目を向けたところで――
「ル、ルナ……!? ちょっと! どうしたのよ、その脚!!」
メイド服のスカートから覗かせた脚が、どうにも《《おかしな見え方》》をしていた。
「あ、あの……これは……」
「いいから!! 見せなさいよっ!!」
ばつの悪そうな顔をしてモゴモゴとなにか言っているルナを無視して、無理矢理にスカートをめくり上げると――。
「――酷い……」
機石人形特有の球体関節。なめらかで硬質的な素材で作られた、二本の脚のうちの一本が。根本からぽっきりと、砕けて外れていたのだ。
「あ、貴女……私の心配をしている場合じゃないでしょう!?」
髪に隠れていたけれども、顔の一部にはヒビが入っていた。
どうして……。私よりもずっと動けるんじゃないの?
「あ、あはは……そうですねぇ……。シエット様の怪我も、それほど酷くないみたいですし――」
嘘だ――。
ルナの服には、血がべったりと付いていた。機石人形であるルナは血を流さない。それじゃあ、誰の血? ……そんなもの、私に決まっている。
「――――っ」
ルナの背後には、ぱらぱらと何かが落ちていた。砂や小石じゃない、なにか。……小さな破片。砕けた身体の一部。核である機石の魔力によって、自然に修復されるものなのに。なんで、ルナの脚は折れたままなのか。
なんで、脚が折れたまま、私のところまで移動してきた痕跡があるのか。
「その状態で――」
――血の気が引いた。
本来なら痛みで動けなくなるような怪我でも、人形だから関係ない。自分の身体が壊れても、主人である私の怪我を治すことを優先した。……いいや、もう殆ど全部治りかけている。そのための魔力は……。
「で、でもまだ血が出ていますし、やっぱり続きを――」
「貴女、馬鹿じゃないのっ!? 自分の身体を治すのが先でしょう!?」
私は魔法使いじゃないし、魔力がどれくらい残っているかは分からない。分からないけれど――ルナの様子を見れば、相当に消耗していることぐらい察することはできる。
いったいどれぐらい前から、私の傷の治療に魔力を使っていたの?
もしも魔力が空っぽになって、動けなくなってしまったら?
「……私はお嬢様の――」
「貴女が死んだら、誰が私の世話をしてくれるのよ!?」
――違う。違う。違う!
こんなことを言いたいんじゃない!
こんなの、ただの言い訳。服も、勉強も、食事も全部自分でできる。
貴族の、エーテレイン家の娘として、そう躾けられてきたのだから。
「貴女が死んだら、誰が私を屋敷まで連れて帰るのよ……!!」
「……きっと直ぐに、旦那様やグレナカート様が助けに来てくれます」
だからこれは、ただ形にできない怒りの気持ちを、適当な言葉にしてぶつけているだけ。この涙もそう、勝手に出てきているだけで。悲しいだとか、怖いだとか。そんな感情とは関係ない。
……淑女は、そんなことで涙なんて流さない。でも――
「そうじゃないっ!!」
ルナの遮る手を振り払って、機石がある部分に手をあてる。
消費した分の魔力には足りないけれど、私の魔力を補充することはできる。
やっぱり私は、貴族の娘としてはまだまだで。強がっていても、この怖さから逃れることができない。――孤独。独りでいることが、何よりも怖い。だってそれは、私が弱い生き物だから。
ライカ様も、グレン様も、その父君であるエルクリード様も。私の目には恐怖もあれど強いものとして映っていた。独りで生きていける強さを持っている人たちだった。周りの誰かに縋らないと生きていけない自分とは違う。自分自身の持っている“強さ”があるから、決して孤独にも困難にも屈しない人たち。
こんな暗くて、右も左も分からない場所に、独りでなんていたくない。何日、何時間、何十分耐えられるのだろう。魔物に襲われたとしても、何も抵抗する力も持たない自分が。……そんなの無理だよ。
「……家に戻ってから。誰が……私の相手をしてくれるの……?」
今この場所に限っての話なんかじゃない。これから先、日常を送っていく中で。ぽっかりと穴が空くのが怖かった。私はもうルナのことを、失いたくない家族の一員だと認めてしまっている。
ときどき嫌いだけど。ときどき好きだから。
「二度とこんな……無茶なことはしないで。独りに……しないでよ……」
「……申し訳、ありませんでした」
私が魔力を注いでいるっていうのに、ルナが抱きしめてきた。
ヒトのものとは違う、硬くてひんやりとした身体。力なんて、私よりもずっと強くって。それでも、私を壊してしまわないように優しく包んでくれているのが分かる。
私はまだちゃんとした魔法なんて使えないけれど、私にはルナがついている。痛いのだって、少しぐらいは我慢できる。私とルナの二人で、なんとかして出口を見つけよう。
「……すいません。私が空を飛べるぐらいの魔力を残しておけば……」
「過ぎたことを後悔しても仕方がないですわ」
歩けるまでに脚を修復できたルナと一緒に、洞窟の中を闇雲に進んでいく。外からの明かりが入らないから、洞窟の先は真っ暗で怖かった。
「…………っ」
あの暗闇から、何かが飛び出してくるかもしれない。
もしかしたら地面に穴が開いていて、更に深くまで落ちてしまうかもしれない。
視界に頼ることができないというのは、恐怖以外のなにものでもない。
「お嬢様は私の後ろに。簡単な戦闘程度でしたら、それほど魔力を使わなくても大丈夫ですから――」
足が竦む私のために、ルナが暗闇へと手をかざす。
先が明るく照らされるので、それを頼りに進んだ。
機石人形として備わっている機能の一つだと言っていたけど、空を飛べる以外にもいろいろできるらしい。でも――
出口を見つけるだけの能力は無いらしくて。時間と共に体力もなくなっていくのが分かる。気持ちも弱っていく。
このままじゃ、いつか限界が来るわ……。
「誰か――力を貸して……」
そう、呟いた時だった。
――――。
視界の端で、何かがふよふよと飛んでいて。ほの暗く光る何かは魔物のみたいで、警戒していたのだけれど――こちらを襲ってくる様子もなく、私に何かを気づかせようとしているようだった。
「あなた……出口が分かるの?」
互いに全く違う言語を持っている者同士。いや、向こうは喋っているかどうかも分からなかったけれど、それでも向こうの考えていることがなんとなく分かる。
「これって……妖精ですよ、お嬢様!」
「妖精ってあの……?」
自然の力が形を持った姿。世界には妖精魔法師っていう魔法使いがいて、妖精の力を借りて魔法を使う、というのも知っている。
「私は何を言っているのかさっぱり分からないですけど……。意思疎通ができるなら――お嬢様、もしかしたら才能があるんじゃないです?」
「私に……才能が……」
今まで“才能”なんて言葉が、私に対して使われたことなんてなかった。でも、これが特別な力だというのなら、少しは自身を持ってもいいのかな。
どれほど長い間、地下を彷徨っていたのだろう。外はすっかり薄暗くなってしまって。空に浮かぶ月の明かりがあたりを照らし、少し離れた先には屋敷が見える。ここまで誘導してくれた妖精も、ふわふわと周りをぐるっと飛んだ後にどこかへ行ってしまった。……流石に契約まではしてくれないみたいで、少し残念だった。
「出口……ようやく出口ですわ……!」
「やりましたね、お嬢様――……お下がりください!」
歓喜の声を上げたのも束の間。木陰からなにやら唸り声が聞こえてきた。臭いを嗅ぎつけてやってきたのだろうか。二頭の魔物がこちらへにじり寄ってくる。
「魔物――」
「こんなところでっ……!」
たかだか二頭の魔物。普段なら撃退できるけども、私もルナも、戦う力なんて残っていない。せっかく頑張ってここまで戻ってきたのに……。そう唇を噛んだ時だった。
「――シエット!」
薄暗い中で、刃が煌めく。一瞬で片方の魔物が切り払われ、もう片方が弾き飛ばされた。私たちを助けてくれたその姿は、良く知る人物のものだった。
「グレン様……!? どうしてここが――」
短く炎が上がる音と共に、火の玉が目の前を飛んでいく。命中した魔物はその場で体が炎に包まれ、しばらくすると動かなくなった。
「――助かった。ムラサキ、シーク」
お付きであるムラサキと、グレン様の親友だというシーク様。さっきの魔法はシーク様のものだと思う。前に一度だけ、グレン様の屋敷で見たことがあった。線の細い、中性的な顔立ちをした男の子。床に届くほどに長い髪をしているせいもあるかもしれない。
「君の役に立てて嬉しいよ。――こういう時しか頼ってくれないのは残念だけど、ね。こうして間に合ったのは、あのヴァンシュレッタの子のおかげだけど」
「ルル姉さまが……?」
ルル姉さまもあの後、父君に手を引かれ会場を抜けることになって。そこでシーク様を見つけて、私の事を伝えてくれたらしい。マクメイズ公から特別な扱いを受けているシーク様なら、会場からグレン様を引っ張り出すことができる。――と、私の知らないところで、姉さまがいろいろと考えてくれていたことを知った。
「教えてくれたんだ、君が森へと向かってしまった、とね。もしかしたら、地下へと落ちて怪我をするかもしれない、という可能性も見逃さなかった。それにあの場で、数多くの人がいる中で、誰に頼るべきかを間違えなかった。とても賢い子だ」
「森の中をうろついているだけなら、ムラサキが簡単に見つけられる。言われたように落下した痕跡を見つけて、出口を予想したまでだ」
「……ありがとうございます。ご迷惑をおかけしましたわ」
ルル姉さまにも、今度会った時にはお礼を言わないと。
それと、置いて出てしまったことを謝るのも。
「さ、帰ろうか。君の父上も待っているよ」
――その後は、既に皆帰った後の屋敷へと戻って。
「シエット! いったいどこへ行っていたんだ!」
既にみんなが帰ったあとの広間で、お父様に怒られた。私もルナもボロボロになっていて。特にルナが酷く怒られそうだったのだけれど、そうはならなかった。
「エーテレイン。そう騒ぐことではない」
グレン様の父上――マクメイズ公が、『退屈だったので一狩り行ってきただけだろう。好きにさせてやれ』と笑い飛ばしたから。私から見れば怖い大人そのものだったけれど……今回はその言葉のおかげで、それほど咎めを受けることはなかった。
「――グレン、何体狩ったんだ?」
「……二頭です、父上」
マクメイズ公は、その数の少なさに不満げに鼻を鳴らしていた。壁にかけてあった大剣を手に取り、これこそが力と言わんばかりに一振り。ぶおんという、乱暴に風を切る音がはっきりと聞こえた。
「剣はいい。この手で命を奪う快感は、剣でこそ実感できる」
「俺は……魔法も極めます。剣のみの力なんて、そんなものには収まらない」
挑戦的にそう言うグレン様に対して、マクメイズ公は薄く笑っていて。私がもう少しだけ臆病だったのなら、逃げ出しているぐらいに。その場の空気が張りつめていた。
「――やってみるがいい。力を求める以上、俺は何も言わん」
――――。
帰りの馬車の中、ルナの隣で揺られながら。お父様に聞こえないぐらいの小さな声で、あの洞窟での出来事から考えていたことを彼女に伝える。
「……決めましたわ、ルナ」
「……? なにを、でしょうか?」
――こうして幼かった私の、小さな冒険は幕を下ろした。
けれどそれは、新たな旅立ちの前準備に過ぎない。
「私――妖精魔法師を目指しますわ」




