レゾリューション ——第 6 部——
眩い光が弾け、次の瞬間、俺は激しい目眩と共にアスファルトを踏み締めていた。
優しく降り注ぐ春の陽気。鼻をくすぐる、わずかな桜の香り。恐る恐る目を開けると、そこには、俺が狂おしいほどに焦がれ続けた光景が広がっていた。
「ねえ、見て見てまさし! すっごく綺麗!」
目の前で、光を宿してきらめくサラサラの長い髪を揺らしながら、彼女がはしゃいでいる。その右手は太陽にかざされ、薬指にはめられた銀色の指輪が、眩しいほどの光を反射していた。
星野翠。俺の知っている、俺の隣で笑ってくれる、俺の最愛の恋人だ。
逢いたかった。本当に、逢いたかった。もう2度と、この手を離しはしない。
「翠……っ!」
「きゃっ!? ……どうしたの、まさし? ちょっと痛いよぅ」
俺は溢れそうになる感情を抑えきれず、彼女の細い身体を壊れそうなほど強く抱きしめていた。困惑気味の翠の声に、俺はようやく我に返り、ゆっくりと腕を解いた。
「あぁ、ごめんごめん! なんかさ、翠が可愛すぎて、つい」
「もう、急にどうしたのよ。バカまさし」
呆れたように、だけど学校では絶対に見せないようなとびきり無邪気な笑顔で、翠が頬を膨らませる。その生きた体温、柔らかな声に、胸の奥が熱くなる。
間違いない。俺は元の世界線に戻ってきたんだ。
だけど、浸っている時間はない。今日は4月4日。あの忌まわしいトラックが突っ込んでくる運命の日だ。俺は翠と歩調を合わせながら、必死に頭を回転させ、冷静に回避ルートを考えた。
(いつも通る道路は絶対にダメだ。あのルートを進めば、どう形を変えても翠はトラックに吸い寄せられてしまう……)
その時、ふと頭の中に1つのルートが浮かび上がった。駅から少し離れた場所まで続いている、緑豊かな公園。あの公園の中を突っ切っていけば、車道に出ることなく、不自然な遠回りを悟られることもなく駅まで辿り着けるはずだ。
「なぁ翠、今日は天気も良いし、あっちの公園の中を通って駅に行かない?」
「え? ちょっと遠回りじゃない? ……まぁ、まさしと一緒ならいっか」
翠の同意を得て、俺たちは公園へと足を踏み入れた。子どもたちの笑い声が響く緑豊かな敷地を通り抜け、俺たちは駅の「東口」へと到着した。いつも俺たちが使うのは、あの道路に面した賑やかな「西口」だ。しかし、この東口なら、あのトラックの脅威からは完全に隔離されている。
自動改札機に定期券をかざし、2人で並んで改札をくぐる。
(……よし。これで、あの事故は回避できた……!)
背中を伝う冷や汗を拭い、俺は心の底から一安心した。あとは、入線してくる電車に乗って二駅行けば、翠の家はもう目の前だ。今日という最悪の1日を、無事に乗り切ることができる。
いや、無事に今日を終えたからといって、明日が安全だという保証はどこにもない。今回は防げても、明日、あるいは明後日、また別の悲劇が翠を襲うかもしれない。
だけど、そんな恐怖に怯える必要はなかった。もし明日悲劇が起こったとしても、俺は何度だって時間を巻き戻して、何度だってタイムリープして翠を助けてやる。その覚悟だけは、もうとっくに決まっていた。
ホームへと上がると、間もなく電車が到着するというアナウンスが流れ、黄色い線の内側で翠と並んで列に並んだ。ガタゴトと音を立てて、遠くからヘッドライトの光が近付いてくる。
勝った。俺は運命に勝ったんだ。
そう確信した、次の瞬間だった。
「ドンッ!!」
突如として、俺の真横で肉体と肉体が激しくぶつかる、鈍い衝撃音が響いた。
「え──」
何が起きたのか分からなかった。俺の目の前で、翠の身体が、抗う術もなく線路上の空中へと激しく押し出されていく。並び順の都合上、俺は翠の背中を見る形になっていたため、彼女がどんな表情をしているのかは確認できない。ただ、その華奢な身体が、死の空間へと投げ出されていくのが見えた。
「翠ィィィッ!!!」
心臓が跳ね上がり、俺は咄嗟に腕を伸ばした。必死に伸ばした指先が、空中で翠の手をギリギリのところで捉える。掴んだ手を、全力でこちら側に引き戻そうとした。
しかし、勢いが強すぎた。翠の身体を引き戻すどころか、俺の身体まで引っ張られ、俺たちは2人とも、すぐそこまで迫っていた電車の前へと飛び出してしまう。
世界が、急速にスローモーションへと変わっていく。
迫り来る電車の眩いヘッドライトと、激しい金属音。その絶望的な景色の中で、俺の目は、ホームの端に佇む「ある人影」を明確に捉えていた。
翠を突き落とし、今まさにホームの上から俺たちを見下ろしている、その人物。
それは──俺たちの通う高校とは違う、あの『東高』の制服を着た、翠だった。
(……え?)
信じられない光景に、思考が完全に停止する。東高の制服を着た、翠のような女の子。いや、そんな生易しいものじゃない。あれは、間違いなく星野翠だ。
翠が、翠を突き落とした……?
なぜだ。なぜ、同じ世界に、翠が2人いるんだ──!?
疑問のすべてを、轟音と凄まじい衝撃が掻き消した。俺と翠の身体は、入線してきた激しい鉄の塊に、容赦なく撥ね飛ばされた。
(つづく)




