第78話 混沌
ここ数日学園探偵部へ顔を出していない刹那も教室では永遠や那由多と顔を合わすことになる。
「刹那、なぁいい加減……」
永遠の呼び掛けも虚しく、黙々と月刊Gun誌を読んで永遠の方を見向きもしない刹那。
彼女は肩を落とし帰って行く彼の背中を瞳だけ動かし横目でこっそりと見やった。
永遠の刹那に対する気持ちに気付いてはいるが、自身の永遠への想いも既に認めてしまっている那由多はまだ彼に声を掛ける言葉が見つからないまま時間だけ過ぎていっている。
ここまでならまだそれ程複雑な恋の様相を呈してはいなかった。ここまでは……。
意気消沈して自席に戻りミニモト誌を開きパラパラと意味もなくページを捲る永遠の元に、ほんわかとした雰囲気の女子が近寄る。
「永遠くーんー」
「有田?」
永遠に声を掛けてきたのは三学年から再び同じクラスとなった女生徒、有田莉愛だった。
永遠と刹那は以前、彼女から飼い猫探しの依頼を受けた事がある。
「相談乗ろっかー?」と有田。
「あー、でもそろそろ授業始まるし」
「放課後ー、屋上はー?」
「あぁ、それなら……」
「私も!」いつから居たのか、すぐ横で那由多もその会合に参加の意を表明する。
「那由ちゃん? そのー、永遠くんが良ければー?」
「俺は別に構わないけど……」
「じゃあ放課後ー」と自席に戻って行く有田。
「はあーっ」と、頭を押さえて大きくため息をつく那由多。
(なんでこんな非モテ系の永遠くんに急にライバル出てくるの?)
そんな彼女のささやかな悩みは杞憂に終わるのだが、放課後になるまでは頭の片隅にもやもやを抱えたまま過ごすのだった。
——放課後、屋上へ向かう階段を登る三人。
屋上のドアを開けて軽くスキップ気味に一歩踏み出した有田が一言「風、強いねー」と言ったそばから、後ろに続く永遠の目の前で長めのスカートが派手に捲れ上がった。不意に視界に飛び込んできた光景はすぐにその後ろを歩く那由多の手の平で上書きされる。
「ちょっと莉愛ちゃん、隠して隠してっ!」
「あぁーほんとだー」とおっとりした口調でスカートの裾を正す。
そのまま端まで歩き、金網を軽く掴み校庭を見下ろす有田。
「永遠くんー、もしかして刹那ちゃんにブロマイドの事バレちゃったのー?」
「ええっ?」と、有田の意外な切り出しに那由多が驚く。永遠はため息と共に静かに頷く。
「ただ、事はそんな単純でもなくって」
「莉愛ちゃん何でそのこと知ってるの?」
永遠が説明を始める前に、先に有田が那由多の質問に答える。
「いつも見てたからねー。わかっちゃうよー」
「と、永遠くんの事?」
「ブッブーッ!」と口元に指でバッテンマークを作る有田。
「有田、お前、その、いいのか?」
「最近、女の子の制服で来てる男の娘いるよねー。羨ましかったぁ。私もあんな風に自分に正直に生きたいなーって」
「じゃあ莉愛ちゃんが好きなのって」
「そ。私、刹那ちゃんに告白するつもり。付き合えなくてもー、私の気持ちだけでも知っててもらいたいのー。
だからね、二人が付き合ってたりとかそういうんじゃないって事は知ってるけどー、それでもこんな時に告白しちゃうのはずるいと思って。いつも通りの仲のいい二人に早く戻って欲しいのー。協力するよ、永遠くんー」
斜め上の展開に身体の力が抜けてへなへなとその場にしゃがみ込む那由多。しかし安心するのは早かった。程なくして、彼女はここに来た事を後悔する。
そして今度は永遠が有田に説明を始めた。
盗撮がバレただけではなく、別の刹那盗撮犯がいること、そしてその写真が着替えやスカートの中を狙うといった下劣な内容であることと、二年男子にその写真が出回っていて、刹那を邪な目で見ている生徒から明るみになったことなど、今回一連の事件の経緯を手短に話した。
「刹那ちゃんピュアだからそれはショックだよねー」
相槌を打ちながら話を聞いていた有田は、少しだけ間をおいて唐突に別な話題を永遠に振った。
「ところでさー、永遠くんって刹那ちゃんのことー」
突然の有田の言葉にドクンと那由多の鼓動が大きくなる。
(ヤメテ! それ以上聞かないで!)
「どう思ってるのー? ただの幼馴染ー? それとも、女の子としてー、……好き?」
首を傾げて放たれた有田の問いかけにほんの少しの間だけ瞼を閉じる永遠。その後見開いた瞳には小さな光が宿っていた。
「俺は……あいつのこと、刹那のこと……」
(ヤダ! 答えないで永遠くん!)
「……好きだ。ガキの頃からずっと、ずっと女子として好きだ」
その言葉を聞いた有田が永遠に右手を差し出す。
「お互い頑張りましょー。ライバルだぁ」とウインクする。
無言だが優しく微笑んだ後、有田と握手する永遠。
ゆっくりと立ち上がった那由多は滲んだ瞳を二人に気付かれない様、金網越しに校庭よりも遙か遠くを眺めていた。




