第71話 一期 to 刹那
「根をー、張りたいんだよー」
待ち合わせに使った喫茶店に再び戻ってくるカップルが果たしているだろうか?
三時間前と同じ席で刹那が映画の台詞を興奮気味に反芻している。
最近話題になったSF映画の出演女優が若い頃に出ていた映画がリバイバル上映していて、さらに彼女好みのアクション映画だったのでトークも盛り上がっている様子だ。
「やっぱこの監督はガンアクションがいいですよね」
「あんたわかってるじゃないの! そうそう、私の今の髪型もこの人の作品に影響されてなのよねー。永遠がどうしても観ろって言って持ってきてさー」
「……と、永遠さんと仲いいんですね」
「幼馴染の腐れ縁ってやつよ。でもあいつここんとこ一重ちゃんにぞっこんみたいだけどねー」と晴天の様に笑う刹那だったが一期の表情は曇天のように沈んでいた。そして刹那にはその理由も一期の機微もわからない。
だが刹那が異性のそういう感情を理解できないことは一期も充分にわかっている。
「刹那さんは永遠さんのことが好きなんですよ」
「ブーッ! バカ言わないでよっ! あんなぽやんとした男好みじゃないのよ。ランボーみたいに逞しくて……」
「刹那さん、初手からこの前と変わってますって。それに永遠さんも刹那さんの事好きなんじゃないですか?」顔にかかったコーラを拭きながらの一手。
「もう、うっさーい! そういうあんたはどうなのよ一期! 実は一重ちゃんの事が好きとかじゃないの?」
「ぼ、僕は刹那さんの事好きですけど……、だけどこういうのは違うというか」
ガタッと音を出して立ち上がる刹那。
「帰る!」
「えぇ、ちょ、ちょっと待ってくださいよー」と情けない声を出しながら伝票を持って追いかける。
会計時間分の遅れを取り戻してバス停に佇む刹那の元に駆け寄る一期。
どうして彼女が急に機嫌が悪くなったのか、それがわからないのは高校生になったばかりの男子だけでは無かった。
追いついてきた一期を戸惑いの表情で迎える刹那もまた、自分が何故急に苛ついたのかわからなかったから、取り返しがつかなくなる前に追いついてきた彼の顔をみて安堵しつつも胸が締め付けられた。
「刹那さ……」
「一期、いつもの場所いい?」
「あ、はい。でも、だったらあっちのバス……」「じゃあ連れてってよ」そう言って一期の腕に自分の腕を絡めて寄り添う刹那。顔を真っ赤にし何も言わず黙って歩き始める一期。
二人は運動公園を経由するバスに乗った。
河原に並んで座りお互いに無言のまま川面を眺めている二人。
暫く沈黙していたが、やや先に口を開いたのは一期だ。
「あの、刹那さん。やっぱり僕たち……」
しかしすぐに刹那が彼の言葉を遮った。
「ねぇ、一期。キス、しよっか?」
「……ぇえ?」返事を待たずに後頭部に回された刹那の手に引き寄せられ、無抵抗に唇を奪われた一期の目が見開かれる。
至近距離に瞳を閉じた刹那の顔。
ぶつかって無理矢理捻じ曲げられた鼻から刹那の皮脂の甘い匂いが侵入してくる。
無我夢中で刹那の身体を押し離す。
無感情な刹那と対照的にとろんとした表情の一期が珍しく怒気を込めた言葉を放つ。
「せ、刹那さんは僕の事が好きな訳じゃないでしょっ!」
「……でも一期は私の彼氏でしょ?」
「だ、誰でもいいんだ? 僕はこんな初めては嫌だった、……です」
「……わ、私だって初めてだけど。別に誰でも良かった訳じゃないわよ!
恋人同士ってこういうことするんでしょ? 彼氏とか好きとかまだ良くわかんないけど、一期が初めてなら後悔しないって思ったから」
「あの、でも、ごめんなさい。先輩の事は好きだけど、付き合うってのとは違うんです、きっと」
きょとんとした後、両腕を空に放る様に投げ出してそのままばふっと倒れて青空を眺める刹那。隣の一期もゆっくりと寝そべる。
「結局、好きって良くわからなかったけど。私の好きの一番近くに来たのは一期だよ。それは本当」
「あの、こちらから言い出しておいてその、ごめんなさい」
「あーあっ、振られちゃった!」
「いや、だってそんなんじゃ、それにそんな明るい失恋なんて変ですよ」
「確かにねー、悲しくはないのよ。私に恋は一生わかんないかもね。月曜からは仕事に生きるわよっと」腹筋に力を入れて急に起き上がった刹那がハイウエストホルスターからスモルトSSを抜いて川に向かって射撃する。BB弾は環境配慮型のものが込められている。
「仕事……、そういえば学園探偵部の申請通ったんですよね⁈」
「まぁ、ほとんど真理と士郎、あとほんの少しローリーのお陰だけどさ。
ありゃ跳ねない?」さらに数発撃ち込む。
「跳ねるって、あの石投げるやつみたいにですか?」
「そそっ」
「いや、無理でしょ! せめて横撃ちでホップの回転使うとか」
「ソレダッ!」
一期は電動グロックを刹那はスモルトSSをお互いに水面に向けて撃ち合いながら小学生の様に笑い合った。




