第44話 何すんのよっ!
「やべ、意外にいいもんじゃねーか」
以前、シンナー中毒のチンピラ達が根城にしていた小さな廃工場に着いた永遠はコルク半帽と言われるヘルメットを拾い上げ、顎紐先端のドットボタンに気付いて感嘆の声を上げた。既に工業団地に入っていたとはいえ、敷地内以外の公道部分を押して歩いた為、汗だくだ。
運良く内装側が下になっていたヘルメットの埃を軽く払って、自分がそのヘルメットを被ると真理を乗せたエイプ100を出発させた。
「ねぇ、何処に向かってるの? 学園?」
「いや、近くに公園があっていつもそこにバイク隠してるんだ。同じクラスの刹那と那由多もそこで待機してるから。あと的部も病院に行かずに一緒にいるってさ」
「的部なら大丈夫よ……」
——公園で永遠と真理を待つ面々はお互い会話することもなく定期的にある永遠からの報告を刹那を通して聞くだけだった。刹那はベンチの背もたれに両肘を掛けてどっかと腰をおろし、那由多はブランコに揺られながらスマホを弄っていた。入り口近くのフェンスに寄りかかっている的部は親指の爪を噛み片足を小刻みに震わせ苛立ちを隠せない様子。
「永遠くんっ!」
那由多が公園に入ってきた永遠を見てブランコから降りて立ち上がる。
「お嬢様!」同じく入り口に一番近い的部が駆け寄る。
借り物のヘルメットを脱ぎ、風で乱れた髪を手櫛で整えながら真理が的部を睨付ける。
「的部! 〝お嬢様〟はやめなさいと言っているでしょ」いつも通りの毅然とした態度で的部に言い放つ。
だが的部にその言葉は届かなかった。真理の顔の傷に気付き逆上した的部は「お前っ!」と叫ぶや否や、半キャップヘルメットを脱いだばかりの永遠に殴りかかった。
的部の声に敏感に反応した永遠はヘルメットを投げ捨て、衝撃硬化プロテクターの入っている肘で反射的に顔を覆う。
そしてその時放った永遠の半キャップが運良く的部の踏み込む足に絡み左肩に打点がズレた。
「痛って!」肩にもパッドは入ってはいるが堪らず叫ぶ永遠。
「的部! これは違うのよっ!」と間に割って入ろうとした真理の眼前をベンチを立ち上がりいつの間にか傍に来ていた刹那が横切る。
「ちょっとアンタ! いきなり何すんのよっ!」
割って入った刹那が左腕をガードするように前に構え右拳を大きく振りかぶる。両腕を顔面の前でクロスさせて待ち構える的部の顔を睨み付けたまま、彼の股間目掛けて蹴りを放つ。フェイントに即座に対応しやや腰をひねる的部。狙いが逸れた刹那の蹴りは内股と股関節の間に当たりボコリと音を立てた。
「チッ」と小さく舌打ちした刹那が蹴り出した脚を引き戻し、そのまま回し蹴りに移行する。
しかし的部は繰り出された蹴りを上半身のみのスウェーバックで鼻先で躱す。
蹴りを躱された刹那が構え直す。お互いに睨み合ったままじりじりと距離を詰めていく。
パァン!
その時、真理の平手が的部の頬を打ち抜いた。
「落ち着きなさいっ、的部っ!
この傷は私が自ら賊の車から飛び出した時についたもの。言わば私が奴らに屈しなかった証よ。わかったら彼に非礼を詫びなさい」
真理に嗜められた的部は即座に地面に膝を付き額を擦り付けながら永遠に謝罪した。
「いやっ、そこまではやり過ぎだって! 刹那もいきなり無礼なことしてるし」
殴られた際に外れたのか、ダランとさせた左腕を右手で押さえながら話す。
「けどお前、肩が……」
「はた迷惑な幼馴染のおかげでガキの頃から修羅場続きでさ」と言って、外れた方の腕を掴んだまま公園の遊具に左肩を勢いよくぶつけると、鈍い音と共に外れた肩関節が嵌め込まれた。
「永遠、凄いっ! リッグス刑事みたい!」目をキラキラさせてはしゃぐ刹那。
「いや、誰の所為でこんな芸当出来る様になったと思ってんだよ。
的部、お前も……その、……股間大丈夫なのか?」
同じ男として哀れみと同情の精一杯籠もった声で永遠が問いただす。
「ファールカップよ」刹那が残念そうに呟く。
「お前らみたいな遊び半分じゃないからな」
「的部! 私は貴方が言うお遊びに助けられたのよ? 敬意を払いなさい。
本来なら私が何か問題を起こしてでも早々に学園を出て行くつもりでしたのに……。私の所為であなたたちを巻き込んでしまって」
「問題って……。そんで自己紹介ん時あんなこと言ったのか? それに俺たちゃ別に巻き込まれたなんて思ってねーし。つか何か訳ありだよな。
……もし良かったら話してくんねーか、真理ちゃん」




