第42話 ホイールスピン!
「@/&#ー!」「?XX@jp〒%☆!」
車内では聞き慣れない言語が飛び交っていた。勿論真理にも何を言っているかわからないが、その言葉は間違いなく彼女の父が赴任しているアジア圏の母国語だろうことは容易に想像がついた。
実は真理が誘拐されそうになったのは今回で二回目だった。前回は未遂に終わり事態が収束するまではと田舎の高校へと一旦身を移していた。それでも万が一を想定し転校してからも毎日通学路を変更する等の対策は講じていたが、まさか人目のある正門で白昼堂々と行われたのでは塞ぎようが無い。車で撥ねられたボディーガード・的部の容態も気がかりだ。
兎に角、今は何とかこの車から外に出ないと。幸い、どういう訳かクラスメイトで学園探偵を名乗る変わり者女子の片割れ・安藤永遠という少年が小さなバイクで追いかけてきてくれている。校則違反だがバイク通学でもしていたのかもしれない。
何とか彼のバイクに飛び移れないものかと映画の様なことを考える真理だった。
「ムーッ!」急に右に左にとハンドルが切られ思わず呻いてしまう。
しかしチャンスだ。車の揺れに合わせてわざと作業服の男にのし掛かる。真理は再び反対側にハンドルが切られるのと男に押し戻される力を利用して、後頭部を窓にぶつけて気絶するフリをしながら、後ろ手でドアのロックを解除した。
後はタイミングを見計らってドアを開け、外に転がり出るだけだ。
「お国にミニバイク文化はねーのかよ? 雑な妨害ラインで走ってくれて助かるよ。アクセルベタ踏みされたらアウトだったぜ」
永遠は先行する犯人の妨害など意に介さず、軽快に右に左にと走行ラインを変更して相手にプレッシャーをかける。
追ってくるバイクを振り切れずに痺れを切らしたのかプリウスは急ブレーキをかけた後、タイヤを鳴らして大きくUターンした。嫌な予感がした永遠は咄嗟にフロントブレーキを目一杯握り込みフロントサスペンションを沈めると、地面に両足をベタ付きさせてクラッチを勢いよく離してアクセルを全開にした。荷重の抜けたリアホイールが煙を上げて空転を始めた。
永遠と運転手の目が合い、またしても何の躊躇もなく車のアクセルが踏み込まれると、ミニバイク目掛けて一直線にシルバーの車体が加速した。
その時永遠の視界の端に、急に開いた後部座席から真理が転がり落ちるのが見えた。
車体を寝かしリアタイヤを左に振りながらアクセルを緩める。空転していたリアタイヤのグリップが戻った瞬間、エイプは弾けるような加速でプリウスロケットを寸での所で躱した。
永遠が避けた後、車も急ブレーキをかけるがそのまま右前方からガードレールにぶつかり、そこを支点に回転し車体の右側面をぶつけて止まった。少し遅れて助手席と後部座席から二人の男が出てくる。
「真理ちゃん! 乗れ!」永遠の叫びによろよろと立ち上がった真理が頷き、スカートも気にせずタンデム席に跨って永遠の背中に寄りかかる。
何処にも掴まることができずに身を預けている真理を落とさないように前傾姿勢を取りながら慎重にだが出来る限り迅速にエイプ100を発進させる。
「$%#@!」と後ろから叫ぶ声が聞こえたかと思うと「ダンッ」と小さな爆発音が聞こえ、走るエイプの50センチ程横のアスファルトがチュイーンという音と砂煙を上げた。
「マジかよ! モノホンだっ!」
慌てて右ウインカーを点滅させながら、すぐに左に曲がる。永遠の耳は後ろで鳴り響くクラクションの中から再度プリウスが発進する音を聞き分ける。緊張の糸はまだ緩められない! 数回ウインカーを使ったフェイントを折り混ぜながら出来るだけ細い道を選んで逃げ続けた。
15分くらい走りバックミラーに追跡の影がなくなったのを確認し、キルスイッチでエンジンを止める。そのまま惰性で屋根付きの月極駐車場に滑り込み大型RV車の陰に身を潜めた。
念のためインカムを切り真理に静かにするようにと口の前でしーっと一本指を立てながら、彼女の口に貼られた粘着テープをゆっくりと剥がした。
次に拘束されている真理の手首を見る。海外の警察が使うような太いサイズの拘束用ナイロンベルトで締め付けられていた。
永遠はポケットから銃刀法違反にならないサイズの十徳ナイフを出し、先端がマイナスドライバーになったブレードでナイロンベルトのロック部を浮かしてリリースした。
両手が自由になった真理はスマホを出してメモアプリを立ち上げる。
『ありがとう、こんなの外せるなんてスゴイのね』とメモに打った文面を見せる。
永遠もスマホで『結束バンド外しはバイカーなら朝飯前』と打つ。その顔は
落ち着いて真理の顔を見ると顎の下辺りから出血している。
『顔、怪我してる。乱暴されたのか?』
『道路に飛び出した時。乱暴には扱われたけど暴行はされていないわ』
さらに何か伝えようと真理がスマホを操作していると、道路でエンジン音こそしないがアスファルトの上をタイヤが転がっている独特の音が聞こえ、永遠がまた静かにとジェスチャーをして二人で息をのむ。
キッ、ガチャ。と微かなブレーキ音の後、ドアの開く音がした。
永遠は覚悟を決め、ヘルメットを振り回せるように顎紐を掴んで構え、真理は目を閉じて両掌を握り祈る様なポーズをした。




