弟子入り志望
夜の六時頃。
家でにゃんぱちとだらだらしていると、さつきちゃんから携帯に電話がかかってきた。そう、例の高校生ハーフヴァンパイアのさつき・トレットメントちゃんからである。
「はい、もしもし」
「あ、京子さんですか?」
「そうだけど」
「お世話になってます。あのですね……もしよろしければ、今からお会いできないでしょうか」
特に断るような用事も思いつかない。それに呼んだのがさつきちゃんなら、そこまでくだらない用事でもなさそうだ。
「別にいいわよ。どこで待ち合わせする?」
「駅前のハンバーガーショップで、どうでしょう。先に着いた方が中に座ってるっていうことで」
「ん。オーケー」
「では、よろしくおねがいします。夜分に申し訳ありません」
電話が切れた。
「誰からだったにゃ?」
ベッドの上でごろごろしていたにゃんぱちが言った。
「さつきちゃん。今から会いたいって」
「にゃんか深刻な相談かにゃ?」
「そこまで差し迫った感じでもなかったけどな」
私は着替えるために、タンスに向かって立ち上がった。
家の中なのでシャツとパンツで過ごしていたのだ。
にゃんぱちを連れて、駅前のハンバーガーショップに向かって歩いた。
私の家からはそこまでの距離ではなく、十五分ほどでショップが見えてくる。まだ六時代とあって、街は人通りも多く、夜の寂しさみたいなものはない。
ともあれ、私はハンバーガーショップの方を見た。全面ガラス張りなので、中を覗き見るのは簡単である。
見てみると、さつきちゃんが窓際のボックス席に座ってドリンクを飲んでいた。ところが、さつきちゃんは一人きりではない。
「おいおい、ありゃこの前の女番長にゃぜ」
にゃんぱちの言うとおり、さつきちゃんの対面の席に、この前決闘で打ち負かしてやった山姥の女番長が座っている。
「どういうことよ」
「そういや、あの番長、能名市立高校の制服を来てたにゃあ」
「さつきちゃんも確かその学校だっけか」
「だにゃ」
私とにゃんぱちの間に緊張が走った。
女番長に脅されて、私を呼び出すエサにでもされたのかもしれない。そうなるとちょっと話がことだ。
しかし、である。
さつきちゃんの様子はごくリラックスした感じであり、特に緊張や恐怖の面持ちは見えない。もしかしたらあえてそれを見せずに隠しているだけなのかもしれないが、正直そこまで器用な子でもないだろう。
とにかく、いつまでも外にいても仕方ない。
「にゃんぱち、行くわよ」
私は足早に、ハンバーガーショップのドアめがけて歩いた。
ハンバーガーショップ内に入った私は、足早に歩いて、さつきちゃんたちのいる窓際のボックス席へとたどり着いた。
「おまたせ」
私はちょっと声に刺を含ませて、さつきちゃんよりも女番長の方に注視しながら言った。
「こんばんは、京子さん」
さつきちゃんがぺこりとあいさつし、それに続いて、女番長も、
「ちっす、姉貴」
と私にお辞儀する。
「姉貴?」
私の足元のにゃんぱちが頓狂な声を出したが、私も同じ感想だ。
「なによ、その呼び方は」
と、思わず言ってしまった。
さつきちゃんは微笑みながら、
「大子ちゃんが、京子さんに弟子入りしたいって言うんです」
「北条大子です。よろしくおねがいします」
女番長――大子が私にお辞儀する。
「弟子入り、ねえ」
「こないだの決闘で姉貴に打ち負かされて目が覚めたんです。自分は今まで調子に乗ってました。これからは姉貴に弟子入りして、自分をもっと磨きたいと思ったんです。カラス天狗どものリーダーももうやめました」
「それで、私に京子さんとの連絡をつけて欲しいって頼まれたんです。クラスメートですから」
「……前から仲いいの?」
「ええ。根は悪い子じゃないですよ」
そう、さつきちゃんは言う。
さつきちゃんが普通につきあっているというなら、まあそれは本当なんだろう。
とはいえ、相手がワルにしろそうでないにせよ、そもそもこっちの都合という問題がある。大体、人の師匠になるなんて柄じゃない。そう思っていると、
「このおばさんは結構ケンカ強い以外は全然大した人間じゃにゃいぞ」
と、にゃんぱちが勝手に言った。本当のことかもしれないが、本当のことだけに腹が立つ。私はにゃんぱちのほっぺをつねりあげてやった。
「にゃ、こんにゃふうに器の小さい奴にゃ」
にゃんぱちはほっぺを押さえながら言った。
「こいつの言うのに同意するのも癪だけどね、私は実際人様の師匠なんかになれるような人間じゃないわよ」
「なら、自分の身分を舎弟にしていただくだけで結構っす」
「舎弟ねえ」
「用がある時や困った時には、いつでも呼び出して使って下さい」
そう言って大子は、私に向かって携帯電話をつきつけた。
アドレスを交換しようというわけだ。
どうにも断れそうな状況じゃない。私は仕方なく、携帯電話を取り出した。
大子のおごりでハンバーガーをごちそうになった後、二人と別れた。
帰り道、
「元女番長の山姥舎弟かあ。面倒なことにならなきゃいいけどね」
私はためいきをついた。
「ま、殺し屋に狙われてた時よりはマシにゃんじゃにゃいか?」
にゃんぱちが笑う。
そりゃそうだ。とはいえ、相手があんなになついているのに、こっちがあまり邪険にするのもなんだか気まずい。たとえ事件が起きなくても、心理的に「面倒」な状況になったなあ、というのは変わらない。
私とにゃんぱちは、月明かりの道をだらだらと歩いた。




