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原っぱの山姥

 にゃんぱちと町を歩いていると、カラス天狗の集団に声をかけられた。

 カラス天狗たちは、どいつもこいつも学生服を着ている。といっても、きっちりと着ているわけではなくて、いわゆる着崩してるという感じだ。いい加減に着ているというか。しわをよせちゃってる奴もいる。

 それはともかく。このカラス天狗どもに、私は見覚えがあった。というか、殴り覚えがあった。

 以前ウェイトレスとして働いていたレストランで、からかって尻を触ってきたので、ぶん殴ってしまった連中だ。あの場でのケンカは私が勝ったが、その後レストランをクビになったので、社会的にはどっちが勝ったのやら、という感じである。ケンカは時と場所を選んでやらなくちゃ。

「よう、姉ちゃん、この前はどうも」

 カラス天狗のリーダー格が言ってきた。

「どうも。顔の傷は治ったようね」

 私は言ってやった。顔面をぶちのめして鼻血を出させてやった奴だったからである。

「おうよ。……ところで、相談があるんだ」

「ケンカのやり直し? あの時みたいに手加減しないわよ」

 この前は鼻血と打撲ぐらいで勘弁してやった。今度は骨の一本ぐらいは折ってやる。あまりしつこいガキに対しては、それぐらいはやっておかないといつまでも終わらない。

「やり直しといえばやり直しだが、やるのは俺たちじゃねえ」

「別の相手がいるっての?」

「おう。ついてきなよ」

 カラス天狗たちは向きを変え、ぞろぞろと歩き出す。

「どうするにゃ?」

 にゃんぱちが不安げに言った。

「この状況で引き返すわけにもいかないでしょう」

 私は答え、カラス天狗の後をついて歩く。


 カラス天狗たちに案内されたのは、ひと目のない原っぱだった。草が生い茂っているだけでなにもない。

 ただ、その原っぱに一人だけ、能名市立高校の制服を着た、巨大な女が立っていた。身長は二メートルはある。巨大なだけで、顔立ち自体は整っていた。精悍な美人のたぐいだ。

「連れてきました、親分」

 カラス天狗のリーダー格がそう言い、巨女はうなずいた。

「はじめまして」

 私は言った。こちらから声をかけて出鼻をくじいてやろうと思った。

 それは図にあたったようで、巨女は一瞬、面食らったような顔をする。

 しかし、すぐに気を取り直し、私に言う。

「前にうちの子分をかわいがってくれたらしいね」

「セクハラが原因よ、あんたたちの子分の」

「かもしれないが、うちらのグループの面子が丸つぶれになったのも事実でね」

「その制裁を今から加えるってわけ?」

「ああ。一対一で勝負だ。私とね」

 そう言われて、参ったな、と思った。

 相手がこちらに集団でリンチをかけてくるようなら、武器を取り出して叩きのめせるし、素人の集団相手ならばその方が楽だ。

 一対一での決闘のていをとられ、しかも相手が丸腰となると、こちらだけが武器を使うわけにはいかない。道義とか私のプライドとかの問題というよりも、相手が負けたことを認めないだろう、という話だ。

 不良たちは、私が武器を取り出した臆病ものとして周りに吹聴して歩き、また突っかかってくるだろう。

 問題を終わらすには、素手で倒すしかない。

 私は、すうと息を吸った。

「素手だけでまともにやりあうのは久しぶりね」

 私が言うと、

「相手、強そうだにゃあ……」

 と、にゃんぱちが言う。まったく同感だ。

 私は構えながら、巨女に聞いた。

「あんた、人間?」

山姥やまんばの一種さ」

 巨女はそう言ってポキポキと手を鳴らす。

 私は、その動作を見て一瞬安堵し、少し冷静さを取り戻した。

 素人のやる動作だ。ガタイと怪力で不良どもは支配できているようだが、サイモンや舘みたいなプロではない。

「始めるよ」

 山姥はそう言って私の方に近づいてきて――咆哮と共に、両手を振り下ろした。大きな動作での攻撃だ。

 私はさっと横にかわし、その首筋に手刀を打った。

 手加減はしない。

「ぐおっ……」

 山姥は叫び、よろめく。群衆のカラス天狗たちからも、おお、という声が上がった。

「味な真似を」

 山姥は握り固めた拳を私めがけてやたらと振り回した。

 的確な攻撃ではないが、しかし、当たれば無傷ではいられない。

 とはいえやはり、それは散漫な腕の振り回しに過ぎないのも事実だ。

 ボブの棍術やサイモンの鞭に比べれば扇風機が回っているのと変わりない。

 私はかわした。かわしながら、言う。

「子供のケンカをするために呼んだの? 私、いい歳なんだんけどな」

「うおお!」

 山姥は叫びながら、私に猛進してくる。

 パンチをふりかぶって一発放とうとする。

 私は、その隙にその懐にもぐりこんで、パンチを一発みぞおちに放ってやった。

「お……」

 山姥はそう言って、へたりこむ。

「勝負あったにゃ」

 にゃんぱちが言った。その通りだ。

 しかし――。

「ねえ。腕と脚とどっちがいい?」

 私は山姥に聞いた。

「どっち……って……?」

「折るの」

 山姥は顔色を変える。

「ま……参った!」

「冗談で言ってんじゃないわよ」

「もうあんたには逆らわない。なんだったらボスになってもらってもいい」

 状況を理解していないようだ。

「あんたは大人にケンカを売ったの。負けた時だけ子供のルールに戻そうとしないで」

 そう。世の中の大人たちは、私みたいに優しくはない。

 サイモンであればいたぶり殺し、舘であれば倒れた瞬間に殺す。

 このガキどもは、そんな連中にも自分たちの「ルール」で決闘を挑み、そして――あとは言うまでもない。

「……腕にするわ。左ね」

 いつまでも返答がないので、私の方で決めた。

 私は山姥の左腕を取った。

 山姥の関節から強烈な音がし、山姥の悲鳴が響いた。

 カラス天狗の不良たちは「やべえ」「マジモンだろ」と言いながらうろたえ――四散して消えていった。


 カラス天狗たちが消えてから数分後。

「こら」

 私は、倒れている山姥の頭を蹴った。

「う……」

 山姥はうめきながら立ち上がる。

 そして、折られた「はず」の左腕を確かめる。

「……折れてない」

「鳴らしただけよ。あれでびびって気を失うようじゃ、子ども会のリーダーも無理ね」

「なんで折らないんだい、あそこまでやって」

「今回のは、純朴な子どもたちに対する大人からの教育ってことよ」

 私はそう言ってウィンクしたあと、

「にゃんぱち」

 と呼んだ。

 にゃんぱちが駆けてきて、私の肩に乗った。

 去り際に、私は言った。

「また同じことがあったら、次は折るから」

 山姥は呆然とうなずくだけだった。


 家に帰って、ビールを飲んだ。

「ちょっと芝居がかりすぎだったんじゃにゃいか?」

 飲みながら、にゃんぱちが言った。

 私の山姥への言動を言ってるのだ。

「我ながらそう思うわ。ま、たまにはいいでしょ」

 私は答え、ぐびりとやる。

 そう。たまには、私だってかっこつけたい時もあるのだ。

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