さつきちゃんとプール
夏も終わりに近づいてきたが、まだ暑い日は暑い。泳ぎに行きたくなったが、しかしにゃんぱちと二人だけで行くのもなんだか冴えない。かといって卓造さんやボブと言ってもなそれはそれでますます冴えない。
そこで私は、さつきちゃんの携帯へと電話した。
「もしもし。京子でーす」
「あ、京子さん。どうかなさいました?」
「いや、大したことじゃないんだけどさ。プールでも行かない?」
「プール、ですか」
なんだか緊張した声が返ってきた。
「用があるとか嫌とかならいいんだけど」
「いいえ、行かせてもらいます」
そんなわけで、さつきちゃんと一緒に市営プールに行くことになった。
プールに着いた。着替えて、プールサイドに出る。
もう夏休み中ではないので、それほどの人でごったがえしてはいない。
メイン施設の流れるプールにも大して人がいない。入るには絶好だが、
「流れるプールはダメよね」
私はさつきちゃんに言った。うなずきが返ってくる。
吸血鬼が流れる水を渡れないことぐらいは、私だって知っているのである。日光や十字架と違って大丈夫だと言ってはいなかったから、多分、ダメだろうと思って聞いてみたのだ。うなずきが返ってきたということは、案の定だった。
「じゃ、あっちの二十五メートルプールにしようか」
さつきちゃんがうなずいたので、私たちは歩き、二十五メートルプールに着いた。軽く準備体操をして、まず私が飛び込む。ついで、にゃんぱちが。
そして、さつきちゃんが、そろそろとプールに足をつっこむ。
なんとか立っている、という感じで、非常に危なっかしい。
「だ、大丈夫?」
「へ、へ、平気で……」
プールの底に足を滑らせたのだろう、さつきちゃんがつるりと滑る。
――そして、そのまま浮いてこない。
「に、にゃんぱち、足持って!」
「わかったにゃあ」
私とにゃんぱちはさつきちゃんの体を抱え、プールサイドまで運んだ。そして、持ち上げてプールの外へとその身を運ぶ。それでもひっくり返ったままなので、しょうがないのでポンプ式に腹を押した。ぴゅう、とさつきちゃんの口から水が漏れ、やがて、目を覚ました。
「ん……」
「ああ、よかった、生きてた」
「泳げにゃいの?」
にゃんぱちが問うと、さつきちゃんは、
「はい」
と赤面して答える。
「それはなに、やっぱり吸血鬼としての血筋の影響で……」
私が言うと、さつきちゃんはふるふると首を振る。
「母が生まれつきのカナヅチで、それが遺伝したようで……」
さつきちゃんの母親といえば人間である。要するに単にごく普通の人間のカナヅチと同じだということらしい。
「水の中を歩くぐらいなら平気だと思ったんですけど」
さつきちゃんはまだ赤面している
「ま、無理はよくないわ」
私はさつきちゃんを立ち上がらせると、子供用プールへと連れて行った。
子供用プールに行くと、一匹の巨大な大蛇が、口から水を飛ばして子どもたちと戯れていた。うわばみの甚六さんである。
「あら、甚六さん」
「なんだ、京子ちゃんとにゃんこう。あと、そっちは……」
「さつき・トレットメントです。お久しぶりです」
さつきちゃんがお辞儀した。
「あ、そうだった、そうだった。ゴードンの旦那の娘さんだったな」
「甚六さん、こんなところでなにしてんのよ」
「涼みに来たんだよ。流れるプールで遊んでたら、そんな巨体をぐねぐね動かされちゃ危ねえってんで追ん出されてよ」
確かに、こんな数メートルの巨体が流れるプールを流れたいたら、本人に悪気はなくても周りは迷惑千万だろう。
「しょうがねえから、ここに座ってガキどもと遊んでるってわけよ」
甚六さんがそう言った瞬間、子供の誰かが水鉄砲でかけたであろう水流が、彼の顔面にヒットした。
「やりゃあがったな」
そう言って甚六さんは、近場の水を口に含み、ぴゅっと軽く吹き出した。それが水鉄砲の子供の顔に当たり、子供はきゃっきゃと喜んでいる。
「おめえらこそ子供用プールになんの用だよ」
「さつきちゃんがカナヅチにゃのにゃ」
「あー、吸血鬼だからか?」
「いや、そうじゃなくてさ。単にカナヅチっているでしょ」
さつきちゃんは赤面している。
「ま、遊びましょ」
私が手を取ると、さつきちゃんは恐る恐る、水の中へ入る。膝ほどの高さしかない子供用プールだ、なんの危険もない――と、思いきや。
さつきちゃんは、プールに入ると同時に、ひっくり返った。
「た、立ち上がれば大丈夫よ」
「そうにゃ、ファイトにゃ」
しかしなんという神のいたずらか、さつきちゃんが立ち上がろう手をつくとするたびにつるりつるりとその手は水にすべり、わずか数十センチの水場から立ち上がることすらままならない。
このままではおぼれてしまうので、私は彼女の肩を抱き、助け起こした。
「……大量の水には近づかない方がいいみたいね」
「……はい」
さつきちゃんはため息をついた。
人間、徹底してダメなものはダメである。半分は妖怪だが。




