商店街の相撲
猫又のにゃんぱちと商店街を歩いていると、なにやら人だかりができている。なんだろうと思って人波をかきわけてだかりの中心を見てみると、一人の河童がふんどしをしめて土俵の真ん中に立っている。
河童はえらくタッパがあり、横にも大きい。そして、大音声でこんなことを言っている。
「さあ、さあ、お次はどなたかな。元プロ力士のおいらと相撲して、一分持ったら景品献上、チャレンジ代はたったの千円」
土俵のそばを見てみると、看板に「元プロ力士にチャレンジ!」と手作り看板で書いてある。どうやら商店街主催のイベントらしい。
誰か参加しないかと思って周りを見回してみると、手を上げる者はいない。流石に元力士、しかも河童が相手となるとみんなが尻込みするようだった。すると、にゃんぱちが手を上げた。
「こっちのお姉さんが参加するにゃ」
「へ?」
私はそんな声を上げたが、河童には聞こえなかったようで、私を見て、
「ほお、そっちの姉さんがねえ」
「え、いや、私、やめとくわ。土俵って女人禁制でしょ」
「国技館の連中みてえなお硬いこたあ言わねえよ、さあ、乗った、乗った」
「でも……」
周りの連中を見回してみると、みんな、無言で、
「ここまで来てやめるなよ」「さっさとやれよ」
という視線を送ってきている。
やれやれ。
ま、相手も商売、怪我するようなこともないだろう。
私はそう思いながら、靴を脱いで土俵に上がった。
「はっけよーい……のこった!」
行司役の商店街のおっさんがそう言って、私と河童は組み合った。
あまり軽く投げられて終わりというのもギャラリーが納得しなさそうだし、もしかしてということもある、私は出来るだけの力を込めてふんばった。河童は私を投げようとするが、こちらも多少は鍛えてある。そう簡単には投げられない。
「ふん……ぬっ!」
河童が気張って私を投げ飛ばそうとする。しかし、私とてこうなると必死だ。
満身の力を込めてそれに対抗した。とはいえ、流石に相手は元プロ力士の河童である。私はずるずると、土俵の外へと押し出されていく。
このまま負けるのもなんだか癪である。私は奇手に出た。
自分から、河童との組み合いをやめ、ひょいと体を河童から離す。
そして土俵の上をぐるりと動いて、河童の後ろに回り込んだ。
あとは思い切り押せば、河童は倒れてどすんである。一分持てば景品なのだから、倒してしまって文句を言われることもないだろう。
「せーの!」
私はそう言い、思い切り突進した。が、そう上手くはいかない。
「てやんでえ!」
河童はそんな一声と共に、尻の穴からブーッと黄色い気体を放出した。
おならである。河童のおならの強烈さについては説明の必要はないだろう。
私はおならにぶっとばされ、土俵の外へと放り出された。
つまりは、負けた。とはいえ、勝ち負けをどうこう言っている場合ではない。
強烈な放屁によって生じた黄色い臭いガスが、土俵近辺一帯を覆っていたからである。
私は鼻をつまみながら、靴を探して、履いて、ガスの中から逃げた。にゃんぱちや他の客も同様だったようで、ガスの外に顔を出してみると、あれだけいた観客はほとんどが消え、遠巻きに見守っている数名がいるのみになっていた。
しばらくして、ガスが晴れた。
涙目で鼻をつまんでいる行司のおっさんと、力士の河童が座り込んでいるだけだった。
「えっと、じゃあ」
私は手を振って、別れた。
河童たちも力なく手を振っていたが、やがて、「屁はやめとけと言ったろう!」「しかしよ、素人衆に負けるわけにゃ……」「イベントなんだよ」と言い争う声が後ろから聞こえた。
翌日、同じ場所を通った。
人だかりはなく、土俵も撤去されていた。
小さな看板が置いてあるのみである。そこには手書きで、
「ご好評をいただいていたプロ力士に挑戦イベントですが、事故により継続が難しくなったため、まことに残念ながら中止とさせていただきます」
と書かれた紙が貼ってあった。
「あんたのせいだにゃ」
にゃんぱちがいうので、
「河童のせいよ」
私は返し、肩をすくめた。




