クロノスでの邂逅
夜。私はにゃんぱちを横に座らせてカウンターで飲んでいる。といっても、店はいつもの川下屋じゃない。バー「クロノス」である。そう、大学時代の旧友サキュバス、二階堂真澄と会う時に使ってる場所だ。当然、今も真澄と一緒。待ち合わせてここに座って、飲み始めたばかりだ。
「お手柄だったわね、京子」
飲み始めるなり、真澄は言った。
「なにがよ」
「霊長の会をぶっ潰したって話を知らない妖怪はいないわよ」
「ああ、それ。……あんたが猥談以外の話を最初に振ってくるなんて珍しいじゃない」
「たまには、ね。私たちにとってもおおごとだったから」
真澄はそう言うと、なまめかしく動かして手元のミルクを飲んだ。所作がいちいち、色っぽい女である。
「真澄様、ぼくも活躍したんですにゃ」
にゃんぱちは椅子から飛び降りると、尻尾を振り振り、真澄の方に近づいた。そして、その胸に飛び込む。
「そう。偉かったわね、にゃんぱちちゃん」
真澄は胸の中のにゃんぱちをなでた。
「だからご褒美に、今夜はいいことしたいにゃん」
またストレートなセックス要求だ。相手が相手だから別にかまやしないけど。
「あげてもいいけど、今日はダメよ」
「どうしてにゃ?」
「約束してる相手がいるの」
「へえ? もしかしてこないだの豆狸? あんなでっかいのの後じゃ、にゃんぱちなんてバカらしくて相手になんないわよね」
私はこの前真澄と会った時に見た、巨大な玉袋を持った狸の姿を思い出した。
「ぼくは小さくにゃいぞ」
「へえ。あのどでか袋と勝負になるっていうわけ?」
「そ、そりゃあ……」
言い争う私たちを、真澄が止めた。
「ストップ。私は大きい小さいは気にしないから安心しなさい、にゃんぱちくん。小さいなりに楽しみ方はあるものよ。今日は本当に先約があるの」
そこで、バーの入り口の方からカラコロという音がした。ドアに据え付けてあるベルの音である。つまり、ドアが開いて、外から誰かが入ってきたのだ。
入ってきた「誰か」は、薄暗いバーの中を突っ切って、私たちの前に直進してきた。すぐそばに近づいて誰であるかが分かった。
例のサングラスの殺し屋、舘武だった。
「これはこれは、意外な組み合わせがご一緒してるな」
武はそう言いながら真澄の横の席に座り、マスターにスコッチを注文した。
「あら? 京子と知り合いなの、武?」
「やりあった仲だ」
「へえ。じゃあ私と京子は棒姉妹ってわけ」
「違う違う」
と、私は頭を抱えながら手を振った。
「やりあったやりあったでも字が違うな、殺すの方さ」
「あら。見方によってはむしろもっと深い関係じゃない」
真澄がいい、武が笑った。
「かもしれん」
「なにがあったの、あなたたち?」
「ま、大雑把に言うと……」
武がこれまでの経緯をかいつまんで説明する。
「なるほど。この前、あなたが言っていた払いのいい仕事って、京子の暗殺のことだったのね」
「そう。残念ながら不意になっちまったがな」
「……ちょっと、真澄。この殺し屋さんとは前からの知り合いだったわけ?」
「ええ」
「じゃあ、私が危険なことを教えてくれてもよかったじゃない」
「あなたが狙われてたことまでは知らなかったわよ」
「いくら好きな女相手だからって、ベッドでターゲットと依頼人の名前を漏らすほどバカじゃないさ」
武はタバコを取り出し火をつけた。
「俺が言ったのは、「カルト野郎どもが女一人の始末にいい金を出すって話だ、終わったら旅行でも行こう」って程度の話だよ」
「そういうこと」
「ったく……」
私は手元のサワーを飲んだ。自分の命に関わっていた話を、殺そうとしていた本人に軽く言われてはたまらない。ましてやその男と自分の友達が恋人――いや真澄の場合寝ていた程度じゃ恋人とは言えないかな、とにかく知り合いだったなんて、なんというかえらく複雑な気分だ。
「ところであんた、この町にいても大丈夫なのかにゃ」
にゃんぱちが真澄の胸の中で言った。
「どういうことだい、キャット」
「市警は今、あんたに血眼って噂だにゃ。ま、護送中の犯人取り逃がしにゃんてひどいスキャンダルだからにゃ」
「ご心配どうも。だが、噂は噂さ」
「どういうこと?」
私が聞くと、武ではなく真澄が答えた。
「私がいるからよ」
「あんたがどう関係あるのよ」
「能名署の署長さんは、私の「パパ」の一人ってこと」
真澄は平然と答える。つまり、真澄と署長とそういう関係ってことだ。その真澄がお願いすれば、いくらでも警察の捜査に手心が加えられるということなんだろう。
「あきれたもんね」
私はそう言ったが、これは警察と真澄と武の全部に対しての感想だ。
「ああ、あきれた世の中さ」
「それで助かってるくせに」
にゃんぱちがいやみったらしく言った。どうやら、今夜の先約を取られていることが不満であるようだ。
「違いないな」
武はスコッチをあおった。
「それにしても、真澄、あんた気にならないの?」
「なにが」
「あんたの彼氏が、妖怪撲滅カルト組織の味方だったていうことよ。あとまあ、一応あんたの友達である私を殺そうとしたってことも」
「え、契約しただけじゃない。私と京子が友達なことも知らなかったんだし」
真澄は、それがどうしたの、というきょとんとした顔をした。
「……ああ、そういう奴だったわよね、あんた」
「長い付き合いじゃないの」
真澄は笑った。そしてにゃんぱちをそっとカウンターに下ろし、自らは立ち上がると、武に向かって言う。
「そろそろ、行きましょうか」
「ん。そうだな」
言われて武も、立ち上がる。そして、私に向かって言った。
「そうだ、たまたま会ったから、ひとついいことを教えとこう」
「なに?」
「ノーブル・クラブのジェームズって奴から、あんたを生きたまま捕らえてこいって依頼があったんだ。まあ断ったけどな」
ノーブル・クラブ。吸血鬼のクラブであり私の知り合いのゴードン氏やさつきちゃんも加入している。ジェームズは、そこ所属の私と因縁のあるヴァンピールで、この前鼻から流血させてやった奴である。
「本当は守秘義務なんだが、俺は友情と恩義を重んじるタチだから教えとくぜ。じゃあな」
武はそう言い残すと、真澄の肩を抱いて去っていった。にゃんぱちがその背中にあっかんべーをする。
「まだ問題が残ってたわ」
私はつぶやいた。
組織自体は違法組織じゃない――なにせ私の知り合いが加入してるくらいだ――分、霊長の会ほどは気に留めていなかったが、私はノーブル・クラブともいざこざを抱えているのだ。メンバーの全員じゃないにしても、あのジェームズとは間違いなく。
しかも、向こうは殺し屋に私の捕獲を頼むほどの本気である。
「面倒の次には面倒がくるなあ」
私はつぶやいた。
一方、にゃんぱちは私のことなど意に介さずに、ドアに向かってまだブツブツと悪態をついていた。もちろん、舘武に対してのである。
バカ。




