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決着?

 さて、前回の続きだ。

 ヴァンピールから助けた三角帽子を警察に突き出した私とにゃんぱちは、その足でそのまま、ある場所へと向かった。行きつけの居酒屋、川下屋である。

 私たちが川下屋へ着いたのは夜の十時頃で、まだ灯りは煌々とついていた。居酒屋なのだからこのぐらいの時間に閉まっている方が事件である。

 私は、ガラリと勢いよく戸を開けた。その大きな音が響き、店中の全員が、一斉に私の方を、つまり入り口の方を見やった。

「どうした、大した剣幕だな」

 こう言ったのは、カウンターで飲んでいた青鬼の権助さんだ。

「どうしたもこうしたもないわよ」

 私は言いながら、店の中央へと進んだ。そして、

「今日がチャンスなの。潰れてる奴と怖い奴以外には力を貸して欲しいんだ」

「チャンス? チャンスってなにがだ?」

 うわばみの甚六さんが言う。

「あの三角帽子どもをぶっつぶすチャンスよ」

 私は、今夜あったことをあらいざらい話した。

 ヴァンピールのジェームズに殺されかけていた三角帽子を助けてやったこと、その見返りに三角帽子の本拠地を教えてもらったことを。

「なるほどな」

 甚六さんが言った。

「襲撃をかけるなら、メンバーの一人が戻らないことをいぶかしまれない内がいいわ」

「つまりは、今夜か」

 権助さんが立ち上がった。

「賛成してくれる?」

「当然だ。俺は息子が襲われてるんだ」

 そもそも、権助さんの息子である三太が襲われたのが、根本的な騒動の予兆というか、始まりである。その父親である権助さんが乗り気なのは当然だ。

「他には?」

 私は店内を見回した。

 甚六さんが手を上げた。いや、手はないから単に賛意を示したと言った方がいいか。尻尾を上げて、俺も行くという意志を示した。

「家をヤニだらけにされちまったからな」

 他に知り合いがいないかと見回してみたが、卓造さんやボブは、いない。どうやら店に来ていないようだった。しかし、なにも私の知り合いだけがこの店に来てるわけじゃない。

「あの連中を潰すチャンスだっていうなら、手伝うぜ」

「ああ、道もおちおち歩けやしねえからな」

 という賛意の声が、店の端から上がった。五人ばかりで飲みに来ている鬼の一グループだった。知り合いでなかろうが、参加してくれるというなら是非もない。

「ありがとう。……他には?」

 他の飲み客は、戸惑っているか潰れているかのどちらかである。

「迷ってる人は、無理しなくていいわ。今までに参加するって言ってくれた人だけで、行きましょう」

 私はそう言い、くるりと身を翻し、歩き出した。部屋の中からがやがやと立ち上がる音がして、鬼やうわばみたちが次々と立ち上がり、私の後へとついてきた。


 私たちは早い足取りで、能名山に向かい、登った。やがて、例の休憩所に――私とにゃんぱちが以前ひとだまてんぷらを食べた茶屋へとたどり着いた。言うまでもないかもしれないが、既に閉店している。

「あの小屋の裏手にある獣道を降りたところに、小屋があるらしいわ」

「そこが奴らの根拠地ってわけか」

 権助さんが腕をまくった。

「じゃ、行こうじゃねえか」

 甚六さんがもそもそと体を動かした。

「ストップ」

「なんだい」

「できればどっちにも死人は出したくないから、奇襲をかけたいのよ」

「……そうなると、ガタイのありすぎる俺が一緒に行くと邪魔だな」

 甚六さんが言い、

「流石に察しがいいにゃ」

 とにゃんぱちが褒めた

「伊達に長生きしてねえよ。……なら、俺は別行動を取らせてもらうか」

「うん。細かいところは任せるけど、大雑把には……」

 私は甚六さんに耳打ちした。

 甚六さんは、

「ん、悪くねえ、やってみよう」

 とうなずいた。


 甚六さんに迂回した道を先に降りてもらった後、私は言った。

「じゃ、そっと降りましょう」

 権助さんを含めた六人の鬼たちはうなずいた。

 獣道をしばらく下ると、やがて、十メートル四方ばかりの小屋が見えた。まだ中の住民は起きているようでカーテンの閉められた窓から灯りが漏れている。

「あそこかにゃ」

「ええ」

 私たちは木々の影から影を選び、そっと慎重に近づく。

 小屋の様子を観察した。なんという幸運。幸いにも連中は、小屋の外に見張りを立てていないようである。私たちは、足音を殺しながら、小屋のすぐそばへと近づいた。中の話し声が聞こえてくる。

「やはり、十七番が戻らんぞ」

「携帯電話にかけても出ない」

「つまりは、あの女を殺すのには失敗したか」

「それどころか、囚われの身になったと考えるべきだ」

 恐慌状態の男たちの声が聞こえる。

 だが、そんな男たちの中に、一人だけ冷静な奴がいるようだった。

「じゃ、どうするね旦那方。この町は引き払って逃げるかい?」

 声の調子が、明らかに他の連中のそれとは違った。

「サイモンだけでなく十七番も捕まったとなると、それもいたしかたないか」

 慌てている側の男たちの一人がそうつぶやいた。

「そうなると、俺の仕事は不意だな」

 こう言ったのは冷静な方の声である。

「そうはならん。我らは今から引き払う。お前は仕事をしろ」

「つまり、あんたらは逃げて、俺は千本橋京子を消せってことか? ひでえ話だな」

「代わりに残り半分の報酬を前金で払おう。我らに逆らった者を生かしておくのは面子に関わるのでな、始末を頼む」

「ふむ。悪かねえな」

「では、今、金を……」

 なんという会話か。

 もし、今夜に襲撃をかけていなかったならば、三角帽子の連中には逃げられた上に、誰だかよく分からない殺し屋をけしかけられていたというわけだ。

「今夜に来といてよかったにゃ」

 とにゃんぱちも言う。私はうなずいた。

「じゃ、そろそろおっぱじめるか?」

 権助さんが言った。

「ええ、始めましょう。――鬼のみなさん、スタンバイ」

 私がそう言うと、鬼たちは、権助さんを先頭に、横一列にダッと並んだ。そして、小屋から数メートル遠くまで引き下がる。私とにゃんぱちは、邪魔にならないように、横によけた。

「行くぞっ!」

 権助さんが声をかけ、

「おう!」

 という鬼たちの返事が返る。

 鬼たちは、肩を前に突き出したタックルの格好で、小屋に向かって突進する。

 ――ズシン。

 小屋が大きく揺れ、鬼たちが壁に激突した。同時に、壁は粉々になって吹き飛ぶ。

「なにごとだ!?」

 一面の壁がぽっかりとなくなった小屋の中では、案の定、三角帽子たちがテーブルを囲んで話し合っている最中だった。

 ――ただ一人だけ、帽子をかぶっていないコートとサングラスの男がいたが。

「襲撃だ!」「聖水を出せ!」

 そんな怒号をてんでバラバラに出す。しかし、手遅れだ。

 鬼たちはそれぞれに手近な三角帽子をつかまえては、放り投げたり、あるいは頭同士をぶつけあわせたりで、もはや気ままな蹂躙状態である。

 私も棍を持って、近くにいた四人ばかりを叩きのめした。


 わずか十数秒後。

 三角帽子の全員が、ほぼなにも出来ないままに鬼たちの手によって延びていた。

 そう。「三角帽子の」全員がである。

 あのサングラスとコートの男は、乱闘の中、華麗に私たちの手を逃れ、ドアから外に逃げ延びていた。しかし、今からなら追えば間に合うだろう。

「追うわよ、にゃんぱち。権助さん、ここはお願い」

「おう」

 私とにゃんぱちは、権助さんにこの場を任せ、ドアから外へと飛び出た。

「あいつ、火薬の臭いがしたぜ」

 にゃんぱちが言うので、

「追って」

 と命じた。

 にゃんぱちの先導の元、私たちは男の臭いの跡を追う。しばらく走ると、暗い森の中へと出た。能名山でももっとも森林の密生している地帯へと出たようである。

 私たちは、用心深く辺りを見回す。

 銃声がした。

 咄嗟に身を伏せる。

「音がしてから身を伏せたって遅いんだぜ」

 そんな声が闇の中からした。先ほどのサングラスの男であるのは間違いがない。

「銃には詳しくなくってさ」

「だろうな、日本人」

「あんたもサイモンみたいに外人なの?」

「いや、日本人だぜ。「俺以外の」日本人の多くはって一般論さ」

 また銃声がした。

 今度の銃弾は見当違いの方向には飛ばず、私の頬をかすめた。

「俺は夜でも見えるんでね。この状況になっちまったら、あんたは終わりさ」

「暗視ゴーグルでも持ってるってわけ?」

「そういうわけじゃないが、見えるんだよ。次は当てる」

「にゃ、にゃあ? あんた、あの三角帽子の連中と契約したんにゃろ?」

 にゃんぱちがうめくように言った。

「ああ。そうだ」

「だったら、もう辞めでいいじゃん。あいつら全滅しちゃったにゃ。だったらイチイチ依頼をこなす義理もにゃいにゃ。あんたは仕事をしないで金がもらえてハッピー、ぼくらも命が助かってハッピーじゃんか」

「残念ながらそうはいかん。俺は契約を遂行する義務がある。少なくとも努力義務がな」

 私はひゅう、と口笛を吹いた。

「感心したプロ意識ね。任務遂行しないと気がすまないってわけだ」

「そうしないとおまんまの食い上げにもなるからな……さて、と。終わりにしよう」

 私は銃弾が飛んでくる覚悟をした。

 しかし、いつまで経っても飛んでこない。

 銃声ではなく、がさり、という音と、「くそっ……」という声がし、やがて、無音になった。

「間に合ったみたいね」

 私は立ち上がった。にゃんぱちもそれに続く。

 その場に立ってしばらく待っていると、やがて、薄闇の中に、サングラスの男が姿を現した。ただし、その体はぐるぐる巻きに縛られている。なにに? うわばみの甚六さんの巨体にである。

「合図の口笛はもうちょっと早い方がよかったんじゃねえかい」

 甚六さんが言った。

「私もそう思うわ。ま、結果オーライってとこよ」

「で、こいつはどうする? 絞め殺すか?」

「殺しは出来るだけなしよ。私たちは「善良な一般市民」なんだから」

「そりゃ結構だ」

 これを言ったのは、甚六さんではなく、サングラスの男の方である。

「善意の一般市民に捕まったとあっちゃ、商売上がったりだな」

 そう言って、サングラスの男はゲラゲラと笑った。


 三角帽子の連中全員と、サングラスの男をぐるぐる巻きにした私たちは、警察へと向かった。犯人連中を引き渡して、ことと次第を説明する。と言っても、嘘は混ぜた。山道でたまたま出会って乱闘状態になり、結果としてこうなった、とした。そうでもしておかないと、こっちはこっちで大目玉なのは間違いない。なにせ、この前のさつきちゃん誘拐事件の時のこともあったからね。


 ともあれ、こうして霊長の会こと三角帽子の連中は文字通り壊滅した。

 警察によると、他にも同種のシンボルを持った組織はあるが、それほど強い横の連携はないから安心して構わない、ということだった。これで私も、明日からは安心して町を歩けるというわけだ。私に限らず、能名市の妖怪全員が。

 ところが、ところがである。翌朝の朝飯を食べている最中、にゃんぱちがすっときょうな声をあげた。

「こりゃまずいぜえ!」

「なによ大声出して」

「これ見てよ」

「えーと……有志の手により、テロ組織霊長の会壊滅。ただし、雇われていたサングラスの男は、警察の護送中に脱走し、いまだ足取りがつかめておらず……」

 私は黙り、新聞を前に考え込んだ。

 鉛玉の恐怖からは、まだ解放されたわけじゃないってことなんだろうか。

 頬を触る。銃弾がかすめた傷跡がまだ残っていた。

 これが直撃したシーンを想像して、背筋に悪寒が走った。

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