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三角帽子とヴァンピール

 サイモン・ベルマッドに襲われた事件から数日後。

 私はにゃんぱちと一緒に、仕事帰りの道を移動していた。

 もう夜半である。三角帽子の連中――霊長の会がこの町からいなくなったというわけでもないから、例によって人通りの少ない道はあまり歩かないように気をつけてはいるが、限界はある。住宅街の閑散とした道をさしかかった時などは、出来るだけスピーディに移動して、出来るだけそういう場所にいる時間が短いようにしている。

 今がまさにそうで、私たちは人通りのない住宅街を小走りに走っていた。

 すると、曲がりの先から、

「ひいっ!」

 という声がした。

 もしかして、また三角帽子が罪もない妖怪でもいじめているのかと思い、角を曲がって顔を出した。ところが、ところが。実際に起きている事象は逆だったのである。

 三角帽子の男が一人、壁際に追い詰められている。その服はあちらこちらがボロボロでくしゃくしゃになっており、暴力を振るわれた後であることが見て取れた。

 追い詰められているからには、もちろん、追い詰めている側もいる。それを見てみると、見慣れた顔だった。

 あのノーブル・クラブの吸血鬼、ジェームズである。ジェームズはにやりと笑いながら、三角帽子に対して言った。

「さあ、どう殺されて欲しいかね? ちぎられるか、潰されるか。あるいは血を吸い尽くしてしもべにしてやるのも面白いな」

 三角帽子はもはや戦意を喪失しているようで、震えて縮こまっている。なんだか哀れになったので、私は、声を出した。

「もう戦う気がないって相手に、そこまですることないんじゃないの」

 ジェームズがこちらを振り返る。

「君はこの前の掃除婦じゃないか」

「千本橋京子よ」

「ま、君の名前など、どうでもよろしい。さっさと立ち去りたまえ。今からこの不心得ものを処分するのだから」

 ジェームスは言いながら、震えて縮こまっている三角帽子を指した。

「あんたが先に襲われたの?」

「そういうわけではない。こいつが聖水を持ってこの辺りをうろついているのを見つけたから、お灸をすえてやることにしたのさ」

「止めるのまでは賛成だけど、殺すこともないでしょ」

「人ごときの分際で妖怪に危害を加えて回るなどおこがましい、死に値するね。この前も我がノーブル・クラブの一員であるさつき・トレットメント嬢がさらわれ――」

「知ってるわよ。その時助けたの私だもの」

「ぼくもだぜ」

 にゃんぱちが不平そうに口を挟んだ。

「ほう。それはそれは。ならばこの連中の下劣さは分かっているはずだが」

「そりゃね。だからって無抵抗になったのまでリンチして殺すってのも変でしょ」

「なるほど。君は私が、このクズを始末するのを見過ごせないというわけか」

 ジェームズが体をこちらに向けた。私もそれに呼応し、ポケットから棍を取り出す。

「お灸をすえる相手が増えたな」

 言いながら、ジェームズが目を赤く光らせた。人を操る赤い光線だ、もちろん、それは予期している。なにしろこの前はそれでやられたんだから。

 私はジェームズの顔から視線をそらし、その胸元に注視しながら跳んだ。胸を思い切り突く。視線を合わせることに夢中になっていたのだろう、ジェームズはそれをかわせない。

「うおっ」

 と声を上げ、突きを真っ向から受け、吹っ飛ぶ。

「くそっ……」

 ジェームズはそう言うと、姿を変えた。以前のコウモリではなく一匹のオオカミに。

 オオカミとなったジェームズは、私の喉笛めがけて直線に跳んできた。私は気を集中し、その眉間を狙い、突く。

 狙いは過たず、棍の先がオオカミとなったジェームズの眉間を突いた。

 そのことによって変身を保つ精神の集中を失ったのか、ジェームズは額を抑えながら、元の人間体の姿へと戻る。

「やるようになったな」

 そう言いながら、ジェームズは私を見つめる。無論、目を光らせながらである。もちろん私もそれは予期しているから、視線を咄嗟にそらした。そして、ジェームズに向けた棍に向かって念じ、その長さを伸ばす。権助さんにもらったこの棍は、ある程度の大きさまでなら伸縮自在なのだ。

 棍は伸び、ジェームズの鼻に激突した。

「ぐえっ!」

 と情けない声がし、ジェームズはまた吹っ飛んだ。

「この私が……こんな屈辱を……」

 鼻血がだらだらと流れる鼻を抑えながら、ジェームズは地面をのたうち回る。

「まだやる?」

 私は言った。ジェームズは答えずに、その体を霧に変えた。霧となったジェームズは、空中に向かって飛んで行く。

「逃げたにゃ」

「みたいね」

 私は、この前の仕返しをしてやった満足感に浸りながら、震えながら成り行きを見守っていた、壁際の三角帽子を見た。

「お礼は?」

 私が聞くと、三角帽子は、

「す、すまない」

 と返してきた。

「さて、あんたのことこれからどうしましょうか」

「い、命は助けてくれるんだろう?」

「あいつの手前はそう言ったけどねえ。さっきの話聞いてただろうけど、私、あんたの仲間に何度もひどい目にあってるの。実のところ、獲物を横取りされたくなかっただけかもよ」

 こいつは嘘だ。ただ、咄嗟に思いついたことがあったので、それを試してみたくなったのである。

「じ、冗談じゃないよ」

 三角帽子は震え上がる。

「じゃ、これからする質問に答えてくれたら、五体満足のままで警察に突き出す程度ですませてあげる」

「本当だな?」

「ちゃんと答えるならね」

「答えにゃいとぼくの爪で目玉をほじくりかえしちゃうにゃ」

 私の意図を察したのだろう、にゃんぱちも三角帽子の前で爪を立てて見せる。

「じゃ、まず一つ目。あんたたちの仲間、この町にはあとどれくらいいるの?」

「二十人ばかり」

「意外と少ないわね。じゃ、次。私って、あんたたちのターゲットの中にまだ入ってる?」

「入ってる。俺、実はあんたを狙うためにやってきたんだ」

 どうやら、私は自分への刺客の命を助けてしまったらしい。おかしな話である。

「あっそ。んじゃ最後。アジトはどこよ?」

「…………」

「にゃんぱち、とりあえず片目」

 にゃんぱちが三角帽子に一歩近づいた。三角帽子は慌てふためく。

「分かった、言うよ! 能名山の山中だ。山頂近くの休憩所から少しルートを外れたところだ。そこに小屋がある」

「山頂近くの休憩所って、ひとつ目小僧のお茶屋さんがあるところ?」

「そうだ。行き方は……」

 三角帽子は丁寧に説明をする。

「大して複雑な道でもないわね。ルートを外れてすぐそばじゃない」

「それに、なんでそんな場所にアジトがあるのに、ひとつ目小僧さんが無事にゃんだ? 襲われてなきゃ変じゃね?」

「アジトの近くの妖怪を襲ったら、足がつきやすくなるだろう」

 なるほど。それはそれで理屈が通っている。

「オーケー。あんたの協力的な態度に免じて、命は助けてあげましょう」

「ほ、ほんとかい」

「ほんとよ」

 そう言って私は、棍を振り上げ三角帽子の頭をコツンとやった。

 三角帽子はばたりと倒れる。

「さて、まずはこいつを警察に運ぶわよ」

「まずは?」

「まずは、よ。その後にすぐやることがあるから」

 そう。すぐにやんなきゃならないことがある。

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