続・鎖鞭の男
私は目を覚ました。辺りを見回す。洞窟の中だった。横には巨大なうわばみの甚六さんと、猫又のにゃんぱちが寝ている。
なんで自分の家じゃないのか。そう、昨日、モンスターハンターのサイモン・ベルマッドに追われて、甚六さんにかくまわれたからだ。
私は半身を起こし、こきこきと首を鳴らした。横っ腹を抑える。昨日の戦いでサイモンに蹴られた箇所だ。幸いにして痛みは引いていた。直撃までは喰らっていなかったらしい。
そんなことをしていると、
「起きたか?」
甚六さんに声をかけられた。彼も目を覚ましたらしい。
「うん。おはよう」
「さて、これからどうすっか」
「とりあえず、ボブに相談してみるわ。本当なら、今日も仕事のはずだしね」
そう言いながら、私は腕時計をちらり見る。もし普段通りに仕事があれば、既に家を出ていなければいけない時間帯である。
「なら、それがいいな」
甚六さんも同意してくれたので、私は携帯を取り出し、ボブに電話をかけた。
「なんだ? 腹でも痛むか?」
電話に出たボブの第一声がこれだった。
「んー。それだったらまだよかったんだけど、あのね……」
私は事の経緯を説明した。
「そりゃえらいこった。サイモン・ベルマッドとはまた面倒な野郎に目をつけられたもんだ」
「どうしようか?」
「今日は休め。しばらく甚六の巣穴にいろ」
「そっち、大丈夫?」
「昔は一人でやってた仕事だ、お前なんかたまにいなくてもなんとかなら」
「そりゃどうも」
「いいか、巣穴にいろよ」
そう言って、ボブは電話をがちゃりと切った。
「なんだって?」
甚六さんに聞かれたので、
「ここにいろって」
と答えた。
「ああ、それがいいだろう」
甚六さんも言う。
何時間かが過ぎた。
私はにゃんぱちをひざに乗せ、甚六さんによりかかりながら、テレビを見ている。
「いつまでもこのままにゃのかにゃ」
にゃんぱちがぽつりとつぶやいた。流石のこいつも国際手配の殺妖怪鬼に狙われてる今の状況は不安らしい。
「大丈夫。安心しなさい」
頭をなでてやった。こういう風に露骨にかわいがってやるのは珍しいことである。
とはいえ。大丈夫とは言ったものの、実際にどうなるかの請負は私にも出来ない。不安なのは同じことである。
「ん? にゃんか臭うぞ」
私になでられながら、にゃんぱちは鼻をくんくんさせた。
「昨日、風呂に入ってないせいかしら」
「いや、あんたじゃにゃくて。外から臭いが流れ込んでくるにゃ」
「……こいつぁ、ヤニの臭いだ。タバコだ」
甚六さんが言った。
実際、すぐにそれが間違いでないことが分かる。なぜなら、外から大量のタバコの副流煙が、流れこんできたからだ。
煙は部屋を覆い尽くすほど大量に流れ込み、部屋は灰色に包まれた。
「くそっ……ゲホッゲホッゲホッ……」
甚六さんが心底苦しそうにせきこむ。うわばみはタバコの煙が大の弱点なのだ。彼の行きつけの居酒屋、川下屋が分煙を徹底しているのも、甚六さんのためというほどなのである。私はそれを知っていたので、彼の背中をさすった。
「ちょっと、大丈夫?」
「俺のことはいいから……さっさと棍を取り出しとけ」
私はあっと思い、言われるままに棍を取り出した。にゃんぱちも爪を出す。
やがて、煙にまぎれながら、予期した男が入り口から入ってきた。
「にひひ……うわばみの知り合いがいるとは驚いたぜ、姉ちゃん」
そう言って姿を現したのは、無論、例のパンクロッカー風の鉄鞭使い、サイモン・ベルマッドである。
「この煙、あんたのせいね」
「ピンポンだ。タバコを集めるのに苦労したぜ」
サイモンは鞭を取り出すと、それを舌で舐めた。
「流石にうわばみと正面切ってからじゃ、俺も手が出ねえからな。タバコを使わせてもらったぜ。そうなりゃあそいつは役立たずだ。俺のコレクションに、うわばみの剥製も加えさせてもらえるってわけよ」
サイモンは言いながら、カツカツと近づいてくる。
そして、ヒュッと鞭を振るった。先に分銅のついた鎖が、私めがけて飛んでくる。
私は精神を集中させて棍を回し、分銅を叩き落とした。
「お、やるじゃねえか」
サイモンは鞭を手元にたぐりよせる。
そして、また振るった。私はまた、落とす。
これが何回となく繰り返された。見た目には地味なやりとりだが、特に守る側である私は、精神をひどく消耗する。
「ひひ」
そう言って、サイモンが鞭を振るった。私はまた落とそうとしたが、今度の鞭は少しタイミングをずらしてきていた。多少の精神の疲労が仇となって、私は叩き落とし損ねる。鞭が、私の棍に当たり、それを絡めとった。
サイモンの剛力に強引に引っ張られ、私の鞭が宙を飛ぶ。そしてほどなく、それはサイモンの手の中へと入った。
「これでチェックメイトじゃねえかな?」
サイモンは、右手で鞭を振り回し、左手で私の棍をもてあそびながら、言った。
「……くそっ」
私はそう言いながら、素手での臨戦態勢の構えを取る。
「おいおい、正気か? 俺と素手でやろうってのか」
もちろん、正気とは思えないが、甚六さんがここにのびている以上、見捨てて逃げ出すわけにもいかない。
私はサイモンの方ににじりよった。サイモンはにやにやとしながら、私を待ち受ける。
どう見ても分が最悪の勝負だ。勝ち目はない。
「さ、終わりにしようぜ……」
サイモンが鞭を振り上げた。
が、その瞬間、彼の頭を、煙の中から現れた一個のモップの柄による突きが直撃した。
「なんだ……」
サイモンはうろたえる。
うろたえたサイモンを、後ろから現れた小さな影が、がっしとつかんで押さえつけた。
影は、
「にゃんぱちさん、棍を!」
と、高い声で言った。
にゃんぱちはそれに従い、サイモンの手から棍をくわえて持ち帰り、私に手渡した。
サイモンはじたばたともがき、背後の影を振りほどこうとするが、背後の影は人間離れした力の持ち主と見えて、サイモンの腕力を持ってしても、ふりほどけないようだった。
私は棍を構え、サイモンの喉元めがけて突進した。
「ぐおっ……」
サイモンは痰を吐き、よろめき――倒れた。勝ったのだ。実力で、とはいえないのが悔しいところだが、とにかく、勝った。
やがて、煙が晴れた。
晴れた煙の中から姿を現したのは、やはりというか、ボブと、さつきちゃんだった。
「助けに来てくれたの?」
「ボブさんに言われて、やってきたんです。悪者が甚六さんの家にいる京子さんを襲うだろうからって」
「そう……ボブ、今日の仕事は?」
「俺も下働きを失いたくはねえからな」
ボブはそう言うと笑った。今日の仕事は休んだ、ということらしい。
「……ありがとう」
「サイモンってのは妖怪を殺し慣れた野郎だからな。タバコを使って甚六をはめるぐらいのことはすると思ってた。そうなるとお前と猫だけだ。勝ち目はねえ」
ボブの言うのは実際図星だった。現実にそうなりかけていたのだから。
「だから隠れて助けに来るつもりは最初からあった。もっとも、俺一人じゃそれでもまだ不安だったんで、」
「私も呼ばれたんです。怪力が役に立つって言われて」
実際その通りになったわけだ。
お礼の言葉もない。
サイモン・ベルマッドは簀巻きにして警察に突き出した。あとは国際的になんらかの処置が取られるだろう。
私たちは、甚六さんの家にしみついた煙の臭いを取るために、手分けして部屋のあちこちに消臭剤をかけた。なにしろ、生まれつきタバコに弱い彼の部屋である。徹底して業務用の消臭剤で臭いを消す。
「すまねえな……」
甚六さんがいつもの威厳はどこへやらの弱々しさで言った。まだ、だいぶ参っているようである。
「いいの、いいの。元はと言えば助けてもらったんだし」
ボブも言う。
「そういうことだ。だからな、京子――」
「なに?」
「消臭剤の代金と今日の仕事のキャンセル損害は、お前の給料から天引きしておくからな」
ボブは笑った。甚六さんも、さつきちゃんも。
私とにゃんぱちも、笑った。が、その笑顔は引きつっていただろう。
なにしろ、生活費に関わることである。
命が助かったとはいえ、いや、命が助かったからこそ、その後の生活に被害を及ぼす金額的な大損害を被って笑顔を引きつらせないでいられる奴は、いない。




