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傘さし狸

 ボブのところでのビル清掃の仕事が終わって、外で待っていたにゃんぱちと合流しての帰り際、豪雨に見舞われた。予報になかったので傘もなく、さりとて雨宿りできそうな店もない。

 参ったな、と思いながら辺りを見回していると、一匹の狸が立っているのが見えた。二足で立っているので、動物としての普通の狸でなく、知恵のある妖怪狸、化け狸の類なんだろう。狸は傘を持って立っていた。そして、私たちの方を見、こちらに向かって手招きをしている。

「来いってことかしら?」

「ま、普通はそう解釈しても構わにゃいんじゃにゃいか?」

 意見が一致したので、にゃんぱちと共に傘をさしている狸の方へと向かった。やはりというべきか、狸は私たちに傘を差し出してくれた。

「いやー、助かったわ。ありがとうね」

「ずぶぬれににゃるところでしたにゃー」

 私たちが傘に入りながら例を言うと、狸はこくりとうなずいた。


 豪雨が傘に当たる音が、ボツボツと鳴っている。

「ずいぶん、長引きそうね」

「ですにゃ」

 狸もそれにうなずいた。うなずいて、傘をくるくると回す。

「落としちゃうわよ、そんなことしてると」

 しかし、狸は一向に言うことを聞かない。傘はますます、早く回る。傘が回っている内に、不思議なことに、豪雨の傘に当たる音がやんでいた。

 それも、そのはずである。私たちはいつのまにやら、砂漠のど真ん中にいたのだから。

「……にゃんぱち。私、幻覚でも見てるのかしら?」

「あんたに見えてるのが砂漠にゃら、ぼくも同じ幻覚を見てることににゃるにゃあ」

「ね、ちょっと。どういうこと?」

 私は狸に聞いた。が、狸は答えない。傘を回し続けるばかりである。

 周りの景色がゆがみ、また、場所が変わった。今度は、密林のジャングルである。

「妙な術を使う奴だにゃあ、君。雨宿りさせてくれるのはいいけど、こんな幻影ショーなんて……ぎゃん!」

 にゃんぱちが飛び上がった。

 見ると、その二股の尾の片方に、極彩色の蛇が噛みついている。

「取って、取って、京ちゃん、取って!」

 私はあわてて蛇をつかんだ。力づくでにゃんぱちの尻尾から取り外し、ぽいと傘の外へと投げ捨てる。

「どうやら幻影じゃないみたいね」

「うむ、むっちゃ痛かったにゃあ」

 にゃんぱちはふうふうと尻尾の傷を吹いた。

 他方、狸の方はと言えば、私たちの騒ぎも意に介さず、傘を回し続けている。

「ねえ……危ないからさ、あちこち連れ回すのやめてくんない?」

「そうにゃ。体の危険が危にゃいにゃ」

 もっとも、思った通りに反応はなかった。狸はくるりくるりと傘を回し続けるばかりだ。

 このままではらちがあかない。私はそう思い、狸の傘をがしっとつかんだ。そして、取り上げる。これ以上、妙な術でわけの分からないところを連れまわされるのはごめんである。

 傘を取り上げた瞬間。私たちは、どしゃぶりの雨の中にいた。傘は私の手元からなくなっており、大粒の激しい雨が、容赦なく私とにゃんぱちの体を打つ。

 はて狸はどこにいっただろうと見回してみると、どこにもいない。懸命に辺りを探せば見つかったのかもしれないが、なにしろ目もくらむような豪雨の中である。いたずら狸より、自分たちの雨避けが先である。

「にゃんぱち、行くよ」

 私はそう声をかけ、走った。にゃんぱちも後に続いてきた。


「……とまあ、こんなことがあったのよ」

 と、その日の晩、私は、うわばみの甚六さんに言った。

 場所はもちろん、居酒屋川下屋の端っこのボックス席で、である。

「そりゃおめえ、傘さし狸だよ」

 甚六さんはそう言い、壺の中の酒を飲む。

「傘さし狸?」

「雨の時にだけでるいたずらものさ。傘を持ってない間抜けを傘の下に誘い込んで、持ち前の妖力であちこちに連れ回すのさ」

「へえ……」

「私もひっかかったことがありますよ」

 こう言ったのは、甚六さんのそばにいた、死神の卓造さんである。

「卓造さん、傘とかよく忘れそうだもんねえ」

 私は言った。

「えへへ……。あの時は参りましたよ。南極だの火山地帯だの、おっかないところばかり引き回されましてねえ」

「そりゃ、先生が死なねえ死神だからさ」

 甚六さんが言った。

「あいつはいたずらもんだが、相手が死ぬようなところには連れてはいかねえからな」

「でも、ぼくの尻尾は犠牲ににゃったんだぞ」

 にゃんぱちは尻尾の先をテーブルの上に出した。その尻尾には痛々しい傷が――なかった。

「あれ?」

 私とにゃんぱちは同時に言った。にゃんぱちの尾は、確かにあの時、虹色の蛇に噛まれたはずである。

「噛まれたように感じさせるのも含めて術ってことさ」

 甚六さんはそう言い、酒をがぶがぶと飲んだ。


 私は、三角帽子の連中やヴァンピールよりも、こういう類の妖怪の方が苦手である。

 嫌いというんじゃなくて、苦手。

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