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祝勝会で

「いやあ偉い、実に偉い」

 そう言いながら、ゴードン氏は私のコップにビールを注ぐ。

 今、私は川下屋のテーブル席で、ゴードン氏や卓造さんや甚六さんやにゃんぱちやボブに囲まれている。そして、私の隣の席にはさつきちゃんも座っている。

 今行われてるのは、私の功績を称えるための会。そう、こないだのさつきちゃん誘拐事件で犯人をぶちのめしてさつきちゃんを助けた功績への祝勝会ってわけだ。

「確かに、なにしろ立派なことですよ」

 と、卓造さん。

「人間にしちゃなかなかなことだ」

 と、うわばみの甚六さん。

「ぼくの活躍もお忘れにゃく」

 これはにゃんぱちである。

「あんま褒めすぎないでよ。なんかむずむずするじゃない」

「しかし、称えられるだけのことをやったわけですよ」

 そう言いながら、卓造さんがビール瓶を傾けてくる。

「あんま褒められたことがにゃいからにゃ、逆に居づらいんにゃろ」

 にゃんぱちが言った。割と図星かもしれない。悪い気がするわけじゃないんだけど、なんだか落ち着かない感じである。

「でも、京子さんには本当に感謝の言葉もないです」

 と、さつきちゃんが言った。

「……ま、知り合いのピンチを知ってて見捨てる奴はいないわよ」

「いくらでもいるさ。そうしなかったのはえれえ」

 こう言ったのは、これまでテーブルの隅の方で飲んでいたボブである。

 ボブは、立ち上がり、私に近づいてきた。片手には、モップを持っている。私のすぐそばまで来ると、ボブは、

「どんな風にやったんだ?」

 と言った。

「どんな風ったって……」

「やってみせてみな。権助にもらった棍、今も持ってんだろう」

「……じゃ、いいわよ」

 私はポケットから権助さんにもらった棍を取り出し、そこそこの大きさまで巨大化させた。そして、構えて、

「確か、部屋に入ったあとは、こう――」

 と、あの一発の突きをゆっくりと実演してみせた。

「なるほど、狙い過たず喉を突いたってわけだ」

 と、甚六さんが言った。

「まあ、そうね」

「ふむ。悪かあねえな」

 と、ボブが言う。そして、続けて、

「なあ、京子。ちょっと遊んでみねえか」

「遊ぶ?」

「お前の棍で、俺のモップを叩き落としてみな」

「ここで? 危ないわよ」

「お前はそこまで下手くそじゃねえ」

 と、言いつつも、ボブは宴席にいる他の連中に目配せを送る。それを察して、宴席の面々は、立ち上がった私とボブから距離を取る。

「じゃ、来い」

 ボブが言った。なら、遠慮はいらない。

 私は棍を素早く回し、ボブの手元を狙う。

 ボブは体自体を動かさずに、軽くモップを動かした。

 ガッという音がし、私の棍を、ボブのモップが受け止めた格好になった。

 力比べのような状況になり、お互いの腕がじりじりと動く。

 が、ボブが一瞬、力を抜いた。

 これがチャンスと見た私は、ボブの手元を狙って棍を一突き。

 ――したつもりだった。

 私自身すら気づかないうちに、いつのまにか、棍は床へと落ちていた。意識すらできない一瞬のかすかな動きをもって、ボブは私の手元をモップの柄で叩いていたのである。

「え?」

 私が驚きの声を発すると、直後に、コツンと頭をはたかれた。はたいたのは、ボブのモップである。

「ありゃま、京ちゃんの負けにゃ」

 と、にゃんぱちが言った。それはもちろん認めざるをえない。私は頭をさすりながら、床の棍を拾い、小さくしてポケットにしまった。

「いつ叩かれたかが分かんない」

 座りながら、私はつぶやいた。

「私もよく見えませんでしたね」

 卓造さんが言い、ゴードン氏とさつきちゃんもうなずく。

「棒同士をあわせていたと思ったら、気づい時には京子さんが棍を落としていた感じです」

 と、言ったのはさつきちゃんだ。そんな中、一人平然としているのが、うわばみの甚六さんである。

「あれが本当の技ってもんだ」

 と言いながら、甚六さんは壺に入った酒を飲む。

「どういうことです、甚六くん」

 と卓造さんが聞く。

「俺は結構場数を踏んでるから言うが――本当にてめえの物にした得物っていうのは、自分の体と同等かそれ以上に細かく素早く動かせるもんなのさ。今みたいに素人衆の目には見えねえ、やられた方も感じねえぐらい早い突きが打てる」

 みんなが、ボブの方を見た。当のボブは平然と座って、つまみのさきイカを食べている。

「ブラウニーなんてのは、ほうきやモップと共に生まれて死んでいくみてえなもんだからな」

 甚六さんが言う。

「なるほどねえ」

 と、卓造さんが骨ばった、というか骨だけの顔をさすりながら感心した。だが、感心しつつも、

「しかしなにも祝いの席でね、京子さんに恥をかかせなくてもいいんじゃないですか」

 と続ける。

 それに対しボブは答えた。

「無作法だったとは思うがな、あんまり調子に乗るようだとあぶねえからな」

「危ない? 私が?」

「これを見な」

 ボブはそう言って、地方紙の切り抜きを私の方に投げてよこす。読み上げてみた。

「えーと……福音主義者二名捕まる。二人の福音主義者が能名市立高校に通う女子高生を誘拐するも、有志二名の活躍により逮捕された。しかし、彼らは背後の関係や自らが属する組織については警察に漏らしておらず、いまだに警戒は怠れない状況である」

「これって……」

 と、さつきちゃんは不安げに言った。

「またいつ襲われるか分かんねえってこった。そして今度はおめえ自身がターゲットかもしんねえぞ」

 ボブはそう言って、手元の熱燗を飲んだ。

「だから調子に乗んなってことね」

 私はため息をついた。

「そういうこった」

「だったら、さっきみたいなの教えてよ、私にも」

「無理だな」

「なんで?」

「ああいうのは教えられるもんじゃねえんだ。せいぜいが、そうだな――棒に親しむこった」

「棒に親しむ、ねえ?」

「俺と一緒に懸命に掃除しな。そうすりゃするほど手に馴染む」

「ベスト・キッドみたいなオチね」

 私は肩をすくめた。他の連中はそれにあわせて笑ったが、

「ベスト・キッド?」

 と、さつきちゃんだけが言った。

「え、知らない?」

「ええ」

「さつきちゃんは若いからにゃあ」

「はは、知ってるのはおじさんおばさんってわけかい」

 なんていう会話をにゃんぱちと甚六さんがしていたので、きっとひと睨みしてやった。

「がはは。悪かったよ、お姉さん」

 と、甚六さんは苦笑しながら言う。

 ……別に苦笑することないじゃない。


 その晩は、それから一時間ばかりでお開きになった。

 ボブの言ったことが気にかかってはいたけど、まあ、楽しい晩ではあった。

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