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娘さんの帰りが遅い

 夜の十時頃。にゃんぱちと一緒に、家でだらだらとテレビを見ていた。が、そんなくつろぎの時間が、携帯電話の呼び出し音で遮られる。

 誰からの電話かと思ってディスプレイを見ると、ゴードン・トレットメントと表示されている。あの吸血鬼の人である。もっとも、私の知り合いと本当に言えるのは、どちらかというと娘であるハーフヴァンパイア、さつきちゃんの方かもしれないが。

「はい、もしもし」

「京子さんですかっ?」

「ええ」

「あの、娘が――さつきが、ご一緒だったりしてないでしょうかっ!?」

「いえ、会ってませんけど」

「そうですか…・…あの、まだ帰らないものですから」

「さつきちゃん、あんまり夜遊びはしないんですか」

 と、私は時計を見ながら言った。夜の十時くらいなら、高校生の頃の私なら別に外で遊んでいた時間だ。だが、さつきちゃんはそういうタイプの学生ではないようで、

「滅多にはしません。それに、遅くなる時は絶対に電話かメールがあります」

「それがどっちもない、と」

「はいっ」

「……大げさかもしんないですけど、警察には?」

「一時間前に言いました。心配で心配で」

 夜九時に帰らないだけで警察に連絡されたら、学生時代の私なんて毎日警察に通報されてしまう。それはさておき。

「とにかく、私のところには来てません」

「そうですか……では、他の心当たりに電話しますのでまた」

 ゴードン氏はそう言うと、ガチャリと電話を切った。

「にゃんだ、さつきちゃんが行方不明にゃ?」

 と、にゃんぱちが言った。

「らしいわ」

「つってもこれくらいの時間なら、外で遊んでるだけじゃにゃいのか?」

「ゴードンさんによると、さつきちゃんはそういうタイプじゃないらしいわね」

「あんたと違って真面目なんだにゃー」

「うるさいわよ」

 私はそう言いながら、テレビを消した。

「どったの先生?」

「一応、私の方でも探してみようかと思って」

「どうやって?」

「……これを使うの」

 私はそう言いながら、にゃんぱちの鼻を指した。犬ほどではないにせよ、猫の嗅覚も人間の数万倍。にゃんぱちのような猫又となれば犬並かそれ以上である。その嗅覚を役立ててもらってもいいだろう。


 私たちは、まず、さつきちゃんの通う能名高校に向かった。無論、校門は閉まっている。もっとも、中に用があるわけじゃないからそれは構わない。

「にゃんぱち。残留してる臭いの中から、さつきちゃんのを判別出来る?」

「くんくん……うーむ。かすかにさつきちゃんのいい香りが残ってるにゃ」

「どっちに動いてるかは分かる?」

「ついて来にゃさい」

 にゃんぱちはそう言って、鼻をならしながら歩き出す。私はその後に続いた。


 しばらくは、平坦というか、平凡な道が続いた。ごく普通の下校路を通っており、トレットメント邸のある住宅地にまっしぐらに向かっている。異変があったのは、あと少しで住宅地にたどり着く辺りの道路でである。

「にゃんだか変だぞ」

 にゃんぱちが言った。

「変?」

「ここでさつきちゃんの臭いが薄れてるにゃ。それに……くんくん、クロロホルムかなにかを使ったような臭いの跡がかすかにするにゃ」

「それってまさか……」

「断定は出来にゃいけどにゃ、事件かもよ」

「とにかく、さつきちゃんの臭いはまだ追えるのよね」

「弱まってはいるけどにゃ」

「じゃ、追って。なるべく早く」

 私はにゃんぱちをせかした。にゃんぱちはうなずくと、走りだす。無論、私も同様だ。


 あちこちの道を右往左往してたどりついたのは、ビジネス街の外れにある古いビルだった。完全にさびれきった風情で、もはやまともなテナントすら入っていないようである。

「このビルの中に臭いが続いてるにゃ」

 私たちは、ビルの裏手に回り、通用口に近づいた。無論、そのドアは閉まっていて鍵もかかっている。

「叩き壊すにゃ?」

 にゃんぱちが言った。

「それもいいけど、もっといい手があるわ」

 私は、以前青鬼の権助さんからもらった鉄の棒を取り出した。それを鍵穴に入れ、かちゃかちゃといじってやる。ほどなくして、通用口の鍵は開いた。

「いつのまに泥棒修行にゃんかしたんだにゃ?」

「ボブに教わったのよ。簡単な鍵ぐらいは開けられた方が、掃除する時に便利でしょ? 間違ってドアがしまってた時とかさ」

「あんたとボブ、本当に犯罪行為なんかしちゃいにゃいよにゃ?」

「してないってば」

 少なくとも掃除のついでに泥棒を行ったことはないから嘘じゃない。私が厳密に言って違法行為をしたことがないかは自信がないし、ボブが他で犯罪行為をしたことがあるかは知りようもないけど、業務中には。


 静まり返った真っ暗なビルの中を、にゃんぱちの嗅覚の先導で進んだ。そして、ビルの三階のある部屋の前に着いた時、

「この部屋にゃ」

 と、にゃんぱちは小声で言った。よく見ると、ドアの隙間から灯りが漏れている。私たちは、ドアに耳を近づけ、そっと聞き耳を立てた。男二人の話し声が聞こえてくる。

「……この娘の誘拐には手こずったな」

「吸血鬼のハーフだ、簡単にはいかんさ」

「恐ろしい怪力だった、もしこちらが一人だけなら勝ち目がなかったぞ」

「なに、力だけさ。ケンカ慣れはしてない。その証拠に、片方が気を引いた隙にクロロホルムを嗅がせてイチコロだったじゃないか」

「で、どうする? 親から身代金を取るか?」

「我々の目的は金じゃない。この世界の正常化だ」

「つまりは始末する、か」

「当然な。妖怪の中でももっとも汚らわしい吸血鬼と人間のハーフだぞ。この世で一番おぞましい存在だ」

「我々がこの町に来てから最高の戦果になるな」

 ここまで言うと、ドアの向こうの男二人は笑いあった。

「……三角帽子の連中かしら?」

「多分にゃ。で、どうするよ?」

「殴りこむ」

 私は棍を取り出し、ありったけ巨大化するよう心で命じた。棍はたちまち、三メートルの巨大な棒となる。

「どりゃあ!」

 棍を丸太代わりにして、ドアに突進。たちまちにドアは吹っ飛ぶ。

 部屋の中が視界に入る。隅には、眠らされたままのさつきちゃんが転がされており、そのそばには案の定、十字の入った三角帽子を被った二人の男が並んでいた。

「にゃんぱち、右やって」

 私はそう言いながら、棍をほどよい太さまで細め、左側の男の喉元を突いた。

「ぐえっ……」

 男はたちまちに倒れ、手に持っていたナイフを取り落とした。

 さてにゃんぱちの方はどうかと見ると、その鋭い爪を突き立てて、男の顔をひっかきまくっている。数秒後、にゃんぱちはぴょんと、男の顔から飛び降りた。三角帽子の覆面をボロボロにされ、顔をめためたにひっかかれまくった男は、白目を剥いてばたりと倒れた。

 私は、部屋の隅に転がっているさつきちゃんに近づき、助け起こした。

「ん……」

「気がついた?」

「京子さん?」

「助けに来たのよ」

 私がそう言うと、さつきちゃんは私に抱きついた。

 そして泣きじゃくりながら言う。

「私が学校から帰る途中、男二人が車から降りてきたの。それで、お前みたいな外道との合いの子には裁きを与えるって言って……抵抗したけど薬を嗅がされて……気絶する時に、あいつら、「くさった化物どもにも覿面だな」って……」

 さつきちゃんはそう言い、肩を震わせた。恐怖と同等かそれ以上に、言葉での恥辱を味わわされたことに対する涙なことは明白だった。

 私は背中をポンポンと叩きながら、

「化物はあいつらの方よ」

 と言ってやることしか出来なかった。もっと後遺症が残るようなやり方でぶちのめしてやればよかった、とも思った。


 さつきちゃんが落ち着いたので、私たちは、男二人を縛り上げ、警察に連絡した。

 しばらくして、警察の一団がやってくる。もちろん、保護者であるゴードン氏も一緒である。

「さつきい! 大丈夫だったかい!」

 ゴードン氏はそう言って、さつきちゃんを強く抱きしめた。

「うん……」

 さつきちゃんはそう言いながら、ゴードン氏の体に手を回した。他方、おまわりさんの方は、私たちに、

「あなた方がお捕まえになったわけですか」

 と言った。

「ええ。臭いで手がかりが見つかったので」

「お手柄はお手柄なのでそこまできつくは咎めませんが、今度こういうことがあったら連絡して下さい。危険極まりない」

「はい」

 私はそう言い、素直に頭を下げた。似たことがあった時に、本当にその通りに出来るかどうかは自信が全くないが、とりあえずここで下手に逆らって話をこじれさせても無駄である。


 警察が福音主義者の男二人をひったてて行った。

 ビルの前に、私、にゃんぱち、ゴードン氏、さつきちゃんの四人が残された。おまわりさんは家まで送ると言ってくれたけど、歩いてさつきちゃんの気を紛らわせた方がいいような気がしたので、断った。四人でトレットメント邸まで歩いていると、さつきちゃんがぽつりと言った。

「……化物」

 私はさつきちゃんの頭をこつんとやった。少し強めに。

「いたっ……」

「二度と今の言葉を自分に言わないで」

「はい。……ありがとう」

 空を見ると月が出ていた。月面の模様が、うさぎではなく、なにか別の禍々しいものに見えた。

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