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飲み屋で床屋さんと

 川下屋でにゃんぱちと飲んでいると、床屋さんに声をかけられた。いつも私が通いつけの、妖怪かみきりの床屋さんである。

「あら、お久しぶり」

「ここんとこ来てくれてないじゃないの、京子ちゃん」

 と、いつものおねえ口調で言う。念のため性別を言っておくと男である。

「髪が伸びたらいくってば」

「ところでさ。福音主義者にケンカ売ったって本当?」

 私は、またかと思った。ここのところ、会う知り合い、会う知り合いに、三角帽子の福音主義者かヴァンピールとのケンカの話をされている。それが顔に出ていたようで、

「うんざりって顔してるわねえ」

 と、床屋さんに言われた。

「だってその話題ばっかだもん」

「別にみんな悪い意味で言ってんじゃないのよ。むしろ褒めてんだから」

「そりゃそうかもしんないけど」

「だって三角帽子ってホント危ないのよ。ほら、これ見てよ」

 と、床屋さんはハサミの手でチラシを取り出した。警察が出したと思しきチラシであり、こんなことが書かれている。

「最近出没する妖怪専門通り魔にお気をつけください。人間の知り合いと一緒に行動するようにするか、妖怪だけの場合でも一人での外出は極力控えましょう」

 この文章と一緒に、例の三角帽子のイラストが描かれていた。これに注意しろ、ということなのだろう。

「なに、そんなに被害出てんの?」

「ホラ、これ見てよ」

 床屋さんはそう言ってシャツをめくった。腕のところに軽い火傷の跡がある。

「うわ、大丈夫?」

「軽いやけど。でも、通り際に聖水ぶっかけてくんのよ。危ないったらないわ」

「その両手のハサミで応戦してやればよかったじゃん」

「私は芸術行為以外にはハサミは使わない主義なの。大体、妖怪って言ったってそんなケンカ慣れしてるわけじゃないんだから」

「まともに相手して怪我するよりは逃げた方がいいか」

「そういうことよ」

「妖怪にしろ人間にしろ、あんたみたいに怒りっぽい奴ばっかりじゃにゃいからにゃー」

 こう言ったのはこれまで黙って聞いていたにゃんぱちである。

「かもね」

 私は肩をすくめた。が、その後聞く。

「でもさ、ケンカ好きじゃないにしても、私なんかよりよっぽど強い連中はいるじゃない。タツじいさんとかうわばみの甚六さんとか。その辺の人たちが返り討ちにしたりはしてないわけ?」

「それがダメなのよねえ、あの連中、聖水つきでも人間が絶対かなわないようなのは襲わないみたいで」

「卑怯くさい」

「まったくよ。とにかく、私みたいな善良な一市民にとっては迷惑千万な話だわ」

 床屋さんはそう言うと、手元のカクテルを飲んだ。

「警察が動いてくれればいいんだけどにゃあ」

「見回りは強化してるって話だけど、なかなか捕まんないみたいよ」

「ふーん……」

 どうにも物騒なことになってきたもんだ、と私は思った。とはいえ、私が積極的に出来ることもないだろう。目の前で誰かが被害にあってるっていうなら、もちろん助けるけど、それ以上はもう、警察とかその辺りの人たちの領分である。私はそんな風にひとごとのように思いながら、カシスオレンジを飲んだ。

 ――とはいえ幸か不幸か、心のどっかには、「なにか起きそうな予感の塊」が出来てきてはいたんだけど。

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