すずみ場
八月も、もう終わりである。しかしながら、暑い。暑くてたまらない。部屋のエアコンは壊れたままだし、かといって買い換えるような金もない。私とにゃんぱちは、うだるような暑さの部屋の中でへたっている。
「ねえ」
私は冷蔵庫から取り出したブロック氷を舐めながらにゃんぱちに言った。
「にゃによ」
「あんた、なんかいい知り合いいない? 冷気を放てるような妖怪とかさ」
「そんな奴らは、この季節は商売にしてるに決まってるにゃろう」
「そっか」
「とりあえず、タダでやってくれるような知り合いはいないにゃ。そんな金があるならエアコンを直すべし」
「まったく、じゃあしょうがない」
私は立ち上がった。
「喫茶店でも行こうよ。ここにいてもどうにもなんないわ」
「いい考えだにゃ」
外に出ると、照りつける太陽に焼かれた。しかし、これも喫茶店につくまでの我慢だと思い、私とにゃんぱちは炎天下を歩く。
少し歩いて、喫茶店に着いた。着いた、と言っても入れたわけではない。なぜなら喫茶店のドアは閉まっていたからだ。
「店主腹痛につき臨時休業」
と書いたボードが、ドアに下げられていた。
「こんな日に休まないでよ」
私はそう言いながら、汗をぬぐった。すると、
「おや、京子さん、どうされました」
聞き慣れた声がする。
死神の卓造さんだった。
「喫茶店で涼もうと思ったら休みなのよ」
「そりゃ困った。私もせっかくの休日なのにすることがないので、ここで時間をつぶそうと思ってやってきたんですがね」
「暑くて死にそうだにゃー」
にゃんぱちが叫んだ。
「……もし、涼しいのが目的なら、いい場所がありますが」
卓造さんが言った。
「本当?」
「ええ。ついてきてください」
卓造さんに導かれて、私たちは路地裏へとやってきた。
しかし、その路地裏は行き止まりである。
「なんもないにゃ」
「地獄関係者にしか開けない道があるんですよ」
卓造さんは例の身分証明カードを取り出して、行き止まりにかざした。すると、路地裏に突然ふすまが現れ、すっと開く。
「さ、この先になります」
卓造さんに導かれるままに、私たちはふすまを通った。
ふすまの先にあるのは、薄暗い洞窟だった。薄暗いだけでなく、いい具合に涼しい。
「さ、こちらでごゆっくりして下さい」
私とにゃんぱちは、適当な場所を選んで、寝転がった。洞窟ではあるが床は岩のようにゴツゴツとはしておらず、心地良いやわらかさを持っている。涼みながらその柔らかさに身を任せているうちに、私とにゃんぱちは眠りについた。
「あの、すいません。京子さん」
私は、卓造さんに揺り起こされた。起こされた私は、辺りを見回した。もちろん、先ほどの洞窟の中にいる。しかし、寝る前とは多少様子が違っていた。
そこらここらに、ぽつぽつと人が出てきている。みな、青白い顔をして、頭に三角の布をつけていた。
「……亡者にゃ」
にゃんぱちがつぶやいた。
「ええ。本来ここは、亡者の方専用の休憩所でして」
「混んできたから出た方がいいってこと?」
「はい。あまり長居すると、亡者の方の仲間と勘違いされて、彼らが帰る時に一緒にあの世に連れてかれてしまいますよ」
それはごめんだ。私とにゃんぱちは、あわてて起き上がると、卓造さんに先導されて、出口から出た。
気づくと、元の路地裏の行き止まりにいた。既に夕方となり、暑さのピークは過ぎていた。
「いかがでした?」
「悪くなかったわ。ありがと、卓造さん」
「でも、ぼくたちをあんなところに連れてちゃったのは大丈夫かにゃ?」
「厳密には違反ですがね……まあ、仕事の手すき時間に喫茶店で時間をつぶす程度のものですよ」
と、卓造さんは笑った。例の坊さんに影響されてなんらかの変な度胸でもついたのか、あるいはこういうことについてはアバウトな人なのかは、分からない。喫茶店で仕事をさぼったりは、よくしてるようだし。
ともあれ、言えることは。
私たちが友人のおかげで、夏の暑い午後をなんとか切り抜けられたっていうことだけである。




