ボブの答え
「いい加減、悩んでるみてえだな」
ある日の仕事終わりに、ブラウニーのボブがいった。そう、私の清掃バイトの雇い主のボブである。あるビルの清掃業務が終わって、片付けをしている最中に、冒頭の台詞を言ったのだ。
私は、ここのところの自分の心境を見透かされた気がしてドキリとした。が、それを表には出さずに、
「悩んでるって、なにが?」
努めて平静を装って答えた。
「そろそろやめてえとかこんなんでいいのかとか、とかよ」
「……あんたって心が読めるわけじゃないわよね」
掃除小鬼に心が読めるなんて話は聞いたことはない。
「心は読めねえが、仕事についちゃ察しがつくこともあらあな」
言いながらも、ボブはカチャカチャと掃除用具を片付けている。
「若い奴がこの仕事始めてしばらく経つとな、たいてい今頃がやめたくなってくる塩梅さ」
「それって経験則ってやつ?」
「ま、そうだ」
「ふーん……でも私、若くはないわよ」
「じゃあガキって言い換えるか?」
「ガキ? 私が? 言いたくないけど二十七よ?」
「おめえは一日中昼寝してても年だけ食えば大人になれると思ってるクチか?」
「そりゃあ……」
私は答えられなかった。そりゃ、違うだろう。が、黙るのも癪だったので、
「でもさ、私だけじゃなくて、知り合いの死神のおじさんだって似たようなことで悩んでるわよ、仕事に関しちゃ。そのおじさんもガキだっていうの?」
「自分の行く道迷う奴ぁ、百年生きてもガキさ」
と、ボブは言う。掃除小鬼としての「天職」を忠実にこなしているボブにしてみれば、確かに私だろうが死神の卓造さんだろうが、くだらないことで悩んでいるガキに見えるかもしれない。
「怒るなよな。俺はガキなのが悪いって言ってるわけじゃねえ」
「そお?」
私はふくれて、ほうきをくるくる回しながら言った。ボブは答えて、
「世の中の半分以上がガキだ。大したことをする奴らにすらいるさ。むしろガキだから出来る大したこともあるだろうよ。ただ……」
「ただ?」
「ガキが生きるのはもちろん大変さ」
「さっさと脱出する方法ってのはないの?」
「俺は知らねえ。ただ、思うんだが」
ボブは息をついだ。
「俺の言った「ガキ」のまんまで生きることがさだめられてる連中ってのがいるかもな」
「脱出不可能ってこと? 一生迷い続けるってわけ?」
「かもしれねえな」
ボブが珍しく笑った。
「それならそれでいいじゃねえか。大変は大変かもしれんがな、俺みてえな一直線な男には見えねえものが見えるかもしれんぜ」
「うーん」
「どっちにしろ、チェスは持ってる駒でするしかねえのさ」
「……今日のあんた、この前会った坊さんや私の友達みたいなこと言うのね」
私は、銀杏坊主や真澄に言われたことを話した。
「がはは。そいつらが大した立派な人物か、全部が正しいかはしらんがな、一つだけ俺から見て正しいことがある」
「なに?」
「掃除と今の生活は楽しめ。あんま先のことは気にすんな」
「……私の悩み、三人に話聞いて、それが結論?」
「結論じゃねえ。今はそうしろってこった」
ボブはそう言うと、まとめた荷物をかついで歩き出す。私も、残りの荷物を持って後に続いた。
今を生きろ。
結局はそれしかないのかもしれない。




