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銀杏坊主

 喫茶店で死神の卓造さんと出会った後、そのまま別れるのもなんだというので一緒に散歩に出た。既に辺りは暗い。

 しばらく歩くと、一軒の小さな寺に出た。さほど大きくもない敷地で、寺自体もまた然りである。ただ、庭に立っている大きな銀杏いちょうの木だけが目を引いた。

「大したものですねえ」

 と、卓造さんが言った。私も同感だったので、

「こんな寺には不釣合いなくらいね」

 と返す。すると、

「不釣合いで悪かったな」

 銀杏の木の後ろから声がした。

「誰にゃ?」

 にゃんぱちがそう言うと、

「この寺の坊主じゃ」

 という声と一緒に、一人の坊さんが姿を現した。異様な風体である。体の大きさ自体は人間と大して変わらないが、等身がまずおかしい。頭が異常に大きく、二等身である。もっともおかしいのは、その肌の色だ。まるで秋の銀杏の葉のように真っ黄色である。

「妖怪さん?」

 と、私は聞いた。まず人間ではないだろうと思ったからである。

「うむ。わしはこの化け銀杏の精じゃ」

 と、坊さんは答えた。

「そうなると、ずいぶんと長いことこの寺のお坊さんをやってらっしゃるのですね」

 卓造さんが言った。

「そうなるのお。……ところで、お主たち」

「なによ」

「どうも生きるのに疲れておるよな顔をしとるな」

「……大きなお世話よ」

 私はそっぽを向いたが、卓造さんの方は素直で、

「そうなんです、お坊さま。今の仕事や生活に不満は多く、しかしながらそこを手放せるほどの器量や度胸もなく、まったくどうすればいいのやらと、さっき喫茶店で話しあっていたのです」

「ふむ。どこにでもあるバカタレな悩みじゃ」

「バカタレとはなによ」

「そんなのは、よりよき自分などというもんがあると思うから発生するものじゃ」

「そういうもんでしょうか」

「今の自分は本当の自分でないなどと考えるからたわけた考えが出てきてしまうのじゃ。生きることにただ必死になっておれば、そのような余計なことなど考えぬ」

 などと、坊さんらしくもっともらしいことを言う。正しいのか正しくないのかは、分からないが。

「そこな女、お前さんの仕事はなんじゃ」

「清掃のバイトよ」

「ほれ、それに不満を持っておるわけじゃろう。私は本当はもっと上を目指せる人間なのよ、なんでこんなことしてるのかしら、などと思いながら掃除をするから楽しくもなく不満も貯まるのじゃ。掃除自体を楽しみ、どうしても我慢できぬことだけは吐き出すようにすれば、勝手に背に背負った荷も少しはかろうなるというもの」

「うーん……」

 もっともらしい理屈ではある。

「つまり、ただ目の前のことを考えて生きることじゃ。人間だろうが死神だろうが妖怪だろうが、先を見通して意味を見出そうなどと思うのが、たかが意志ある生き物にとっては傲慢至極なことじゃわい……」

 坊さんがそこまで言ったところで、ちゃりんと音がした。私のポケットから、五百円玉が落ちたのである。

「あ、」

 と私が言ったところで、坊さんは非常な素早さでかがみこみ、五百円玉を拾い、自らの懐に入れた。

「ちょっと! それ私のよ!」

 私は坊さんに詰め寄る。

「名前でも書いてあるのかえ」

「お金にイチイチ名前書く奴はいないわよ。状況的にどう見たって私のお金でしょうが」

「その意気、その意気じゃ」

「なにが」

「所詮きさまら畜生じゃ。今のように下らぬことに心を乱し、下らぬことに喜び、目先のことを考えていきよ。意味やもっと上等な人生などというさかしらを考えるから辛くなるのじゃ」

 坊さんは、懐から鐘を取り出し、チーンと叩いた。するとたちまちに、坊さんの姿が、ぽうとうすれ、消えていく。

「ちょっと、五百円返して!」

 しかし、返事はない。なんらかの妖力を使って、その姿を消え失せさせたようだった。

「あきらめろよ、五百円ぐらい」

 と、にゃんぱちが言う。

「じゃあ、あんたの晩飯を抜いて穴埋めするわ」

「にゃんでさ!」

「たかが五百円分の食事なんて抜いても困りゃしないでしょ」

「まあまあ、京子さん」

 卓造さんが、とりなすように言った。

「今のお話も、なかなか含蓄があったではないですか。

 そう思えば、お話料と考えて五百円ぐらいいいではありませんか」

「そう思えないわよ」

 私は頬をふくらませた。意味があるような、ないような話で五百円取られたのだから納得はいかない。

 ――とりあえずにゃんぱちの夕飯は本当に抜いてやろう。

 そう思いながら、私は、荒っぽい足取りで寺をあとにした。

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