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吸血鬼の夜間警備

 知り合いのハーフヴァンパイア、さつき・トレットメントちゃんから電話があった。

「この前の件で、謝らせていただきたくて……ええ、父のご無礼の件で」

 とのことである。要は、こないだ彼女の父親が、居酒屋で私に絡んだ件を謝罪したいということなのだろう。別に謝ってもらうほどのことでもないが、下手に断って気をもませてもそれはそれで逆に悪いので、

「オーケー、行かせてもらうわ」

 と答え、行くことにした。


 私とにゃんぱちが郊外のトレットメント邸に着いたのは、午後の七時頃だった。

「父の出勤前の時間なので――ええ、直接お会いして謝らせますので――」

 ということで、彼女の方から指定してきたのである。屋敷に着いた私は、インターフォンを押した。

「はい」

 さつきちゃんの声が返ってくる。どことなく硬い。

「京子でーす」

 と、雰囲気を和らげるために、出来るだけ明るく振る舞って言った。

「あ、今うかがいます」

 しばらく、邸内でがちゃがちゃという音とさつきちゃんの叫び声がした後、やがて、さつきちゃんと、その親父さんが姿を現した。流石に出勤前(たしか、夜勤の警備業務だ)だけあって、あの晩と違って酔ってはいない。顔は青白すぎるほど青白く、目もよどんではいない。ただ、なんだか非常に頼りなげな人物である。さつきちゃんは、

「この前は父が申し訳ありませんでした」

 と頭を下げ、すぐに、横の父親に向かって、

「ほら、お父さん!」

 と言った。

「あ、ああ。……この前はとんだご迷惑をおかけしたようで……申し訳ないです」

 と、父親は頭を下げた。あまりにも弱々しい言い方だったので、なんだか気の毒になってしまう。

「いいんです、まあ、よくあることですから」

「もっと叱ってやって下さい。最近、父ったらあちこちで飲んだくれてばかりで……」

 と、さつきちゃんは手厳しい。まあ、父親が酒で他人に絡んで一番迷惑をこうむるのは彼女なのだから、怒らないのは無理な相談なのかもしれないが。

「最近っていうことは、昔はそんなに飲まなかったにゃ?」

 と、にゃんぱちが言った。すると、さつきちゃんの父親は、

「え、まあ、そうですね。ここのところ仕事のストレスが多くて、どうも……」

「ストレスねえ。同僚といざこざとか?」

「そういうんじゃないんです。どうも、担当してる職場にお化けが出るみたいで」

「恐怖で過重ストレスがかかって酒や賭け事に走るってわけ?」

「ええ、まあ」

 吸血鬼の純血種がお化けにおっかなびっくりとは情けない話だが、まあ、ここまで弱気そうな人ではそれも仕方のないことなのだろう。

「逆に言うと、そのお化けがなんとかなればお酒は控えられそうなんですよね?」

 と、私は聞いた。

「ええ、まあ」

「なんだったら、私、今日、ご一緒しましょうか?」

「京子さんたちがですか?」

 と、さつきちゃんが言った。

「うん。そのお化けとやらの正体が分かれば、お父さんも元気になるわけでしょう」

 ただでさえ貧しい上に、父親がこのざまでは、さつきちゃんはあまりにも灰色の青春時代というものである。ここはひとつ、助けてやってもいいだろう。どうせ、なにかつまらないものの見間違いにきまっているのだし、幽霊の正体見たり枯れ尾花、それを私が確認することで家庭に円満が戻るのならば結構なことだ。

「も、もしよろしかったら、お願いします」

 と、さつきちゃんの父親が声をあげ、私の手に飛びついた。

「一人でいつも心細かったんですよ。あ、私、ゴードン・トレットメントと申します」

 ……この父親とふたりきりでは、酒と関係なくさつきちゃんはさぞかし不安なことだろうと、私は思った。


 ゴードンさんの警備ビルは、街中のビジネス街にある中のひとつだった。成長企業ヨンゴー・コンピューターの自社ビルである。もっとも、ゴードンさんは警備会社からの派遣なので、ヨンゴー・コンピューターに直接雇われているわけではない。

 ともあれ、ゴードンさんは、夕方までの時間を担当の同僚――人間である――との事務引き継ぎ手続きを行った後、私たちは、ゴードンさんの案内で宿直室へ案内される。

 事務机が一つにベッドが一つ、あとは各部屋の合鍵を入れたボックスやパソコンがあるだけの、狭い部屋である。警備業務なんて詳しくはないから、これが典型的な宿直室なのかどうかは分からない。

「最初の見回りは午後十時ですから、それまではゆっくりしてください」

 と、ゴードンさんは事務机に座りながら言った。

「それじゃあ、お言葉に甘えようかな」

 夜に頭が働いていて、悪いことはないだろう。私とにゃんぱちは、ベッドに横になった。


「もしもし、もしもし。時間です」

 と、ゴードンさんに揺り起こされた。腕時計を見てみると、なるほど十一時である。

「じゃ、出発しましょうか」

 私は言い、立ち上がった。そして一応、ゴードンさんに渡された警棒を持つ。

 ビルの中に踏み出すと、当然のごとく真っ暗だった。懐中電灯を持ったゴードンさんの先導で、コツコツと歩く。実のところ、かなり不気味な雰囲気ではある。ゴードンさんのように臆病そうな人がこんなところで一人なら、確かになにかをお化けと見間違ってもおかしくはない。にゃんぱちが、

「たしかににゃんか出そうではあるにゃー」

 と無神経に言い、ゴードンさんがどきりとした顔をする。

「大丈夫ですって……」

 私はそう言って、ゴードンさんの肩を叩いた。ゴードンさんは愛想笑いを返してくる。


 一階の見回りが終わり、二階に登った。私たちは、二階の長い廊下を歩き出す。

「いつも、この階なんですよね」

 とゴードンさんが言う。

「出るのがですか?」

「そうです。……あ、ほら!」

 ゴードンさんがそう言って叫んだ。私も前方を見る。すると、ひとつの動く物体が、懐中電灯に映っていた。シーツをかぶった人間のようなそれは、まさに幽霊のようだった。大きさもちょうど、人間大ぐらいである。

「こ、これです、このお化けです」

 と言い、ゴードンさんは腰をぬかした。

「い、いつもはこんな近くに出たことないんですよ。さっと姿を見せるぐらいで……助けてえ!」

 ゴードンさんはもはや半狂乱である。にゃんぱちも、

「こりゃ本当にお化けか妖怪じゃにゃいのか?」

 と慌て気味だ。確かにその可能性もある。あるが、それを吟味していてもしょうがないだろう。ゴードンさんをしょって逃げても追いつかれそうだし、見捨てて逃げるわけにもいかない。

 と、なればやることは一つだ。

 私は、警棒を持ってさっと白い生き物に近づき、人間なら頭があるであろう部分を強くぶっ叩いた。手応えあり。

「いてえ!」

 白い生き物は、そう言うとひっくり返った。

 なんという弱さ。

「ゴードンさん、懐中電灯当てて」

 そう求めると、なんとか立ち上がったゴードンさんは、恐る恐る、倒れた白い生き物に懐中電灯を当てた。

 私はそっと近づき、白い生き物の端をつかむ。さっと引っ張った。

 すると、案の定。まるで布のように(というか、布だったんだろうけど)白いものが取れ、中からは、一人の人間が現れた。

「あ、こいつ!」

 と、ゴードンさんが言った。

「知り合いかにゃ?」

「さっきあなたがたも会ってますよ。昼の警備担当の私の同僚です」

 すると、さっきゴードンさんが引き継ぎの手続きをしていた相手の男が、幽霊の正体だったわけである。私は、気絶している男のそばによると、トンと叩いて気合を入れ、目覚めさせた。

「うーん……?」

「ちょっと。あんた一体、どういうつもり?」

「あ。あんたは今、ゴードンと一緒にいた」

「千本橋京子ってもんよ。一体なんだって、ゴードンさんを脅したのよ」

「いや、別にたいしたことじゃないんだ」

 男は頭をかきながら苦笑した。

「部の連中とね、一番度胸のない奴を脅かしてからかってやろうじゃないかって話になったんだ」

「それがゴードンさん?」

 男はうなずいた。……まあ、「そういう対象」に選ばれそうな人ではある。

「何日経ったら音を上げるか、あるいは逆に幽霊じゃないことに気づくかってね。俺が幽霊の役になって、ゴードンの担当時間に幽霊のふりをして社内をうろついてたのさ」

「悪趣味ないたずら」

「そう言うなよ。俺もあんたに殴られて、制裁を受けたじゃないか」

「それにしたって趣味が悪い。弱いものイジメみたいで最低よ」

「そりゃ……そうだが」

「大体、これを私やゴードンさんが上に行ったらあんた下手すりゃクビよ? 分かってんの?」

「そ,そりゃ、困るよ。いたずらのつもりだったんだぜ」

「つもりがどうでも業務妨害でしょーが」

「た、頼むよ。な、ゴードン、とりなしてくれ」

 男は、脅かす対象だったはずのゴードンさんに泣きついた。

「京子さん。彼もまあ、本来悪い男じゃありません。許してやりましょうよ」

 と、ゴードンさんはいとも簡単に許す。気が弱い分、出来たところのある人なのかもしれない。

「ま、あなたがそう言うなら……」

 私としては別にことを大きくする必要もない。本来の当事者はゴードンさんなのだし。

「やれやれ。これでめでたしめでたしかにゃー?」

 と、にゃんぱちが言った。


 数日後のある晩。私は、ちょっと思うところあって、さつきちゃんの携帯電話に電話した。

「はい。さつきです」

「京子です」

「あ。この前はどうもありがとうございました。父も大喜びで」

「お酒は直った?」

「家での晩酌ぐらいになったみたいです」

「そりゃ結構」

「ただ……」

「ただ?」

「なんだか妙なことに凝り始めちゃいましたね」

「妙なこと?」

「ええ。「京子さんがただの人間でありながらあのように度胸がいいのは、ケンカの心得があるからだ。私も腕っ節を身につけて度胸をつけるのだ」とか言い出して……」

「言い出して?」

「通信空手を始めたみたいです。毎日部屋から奇声が聞こえます」

「ありゃ……」

「でも、お酒びたりよりはずっといいですよ。本当、ありがとうございました」

「いや、どーも」

 ふーむ。まあ、一応はハッピーエンドと言えるのだろう。多分。言えると、いいなあ。

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