安酒屋の飲んだくれ
ある晩、にゃんぱちが飲みに行きたいというので、行きつけの安い居酒屋に行った。着いたのは午後十時頃。既に飲み会の客などは帰り始めている時間帯で、客はポツポツとしかいなかった。
私とにゃんぱちはカウンターに座ってビール二本と枝豆と唐揚げを頼んだ。注文した品が届くまでの間、お通しを食べながら店内を見回す。カウンターの端に、一人の飲んだくれたおじさんが座っているのが見えた。既に相当な杯を重ねているらしく顔は真っ赤で、林立するビール瓶の中に埋もれてテーブルにつっぷしている。
それだけなら特に珍しくもないが、外国人だった。西欧人で、口ひげを生やしている。
「あんま見ない顔ね」
私はにゃんぱちに言った。
「この店ではにゃ。関わりあいにならない方がいいにゃ」
「なんかあるわけ?」
「名前は知らんけども、あのおっさんこの辺りじゃよく見かける飲んだくれにゃんだよ。よその店じゃ他の客に絡んでるの見るぜ」
「ふーん」
私がそう言ったところで、おっさんの方もこちらに気づいたようだ。
「うぃ~??」
と言いながら、こちらに近づいてくる。そして、
「私がどうかしましたかあ?」
と言ってくる。しまったなあ、と思うが、まさかいきなり張り倒すわけにもいかない。
「いえ、別に」
軽くあしらおうとした。もっとも、酔った相手にこんなあしらい方は無駄である。
「おじさんはぁ、昔はねぇ、羽振りがよかったんですよぉ」
「へ、へえ。そうなの」
「昔はほんと本当よかった。子供の頃には家にもねえ、使用人が四十七人もいてねえ」
「赤穂浪士じゃないんだから」
「そう、赤穂浪士みたいに忠実なのが四十七人もいたの」
「今はいないの?」
「お金の切れ目が縁の切れ目。財産がなくなったら次々といなくなっちゃった」
それのどこが忠実なんだと思うが、まあ使用人なんてそんなものだ。
「その時には私も大人になってたからねえ、逆転のために株に手を出したの、株。分かる、株?」
「多少はね」
やったことはないが、まあ全く知らないわけじゃない。
「ところがおじさん、ついてないんだなあ。手を出す銘柄、手を出す銘柄暴落しちゃって、全然お金がなくなっちゃってすっからかん。神様に見放されてるのかなあ?」
「さあ……」
この様子を見る限りでは本当に悪かったのは運でなくて頭ではないかと思うが、流石にそうは言わない。
「ねえ? だからねえ、株はいけませんよ。株は。賭け事とかもねえ、ダメです」
「はあ」
「競馬もいけません。この前も穴馬に賭けたらたくさんすっちゃって……」
現在進行形でやってるのに「ダメです」もないもんだと思う。しかし、参った。こういう風にからまれるのが一番面倒なのだ。一応相手は好意的に話しかけてきているわけだからあまり邪険にするわけにもいかないし、ぶん殴って追い返すわけにもいかない。
結果、さっさと店を出るか、いつまでも話を聞くかになってしまうのだ。
しかし、まさかまだ酒も料理も着いてないのに席を立つわけにもいかない。
「だからねえ、おじさんは昔はとってもよくってねえ……」
酔っぱらい恒例の話のループが始まった。この調子ではこの一晩で同じ話を何度聞かされるか分かったもんじゃない。こりゃ困ったな、と思っているところで、救いの声がした。
「お父さん! こんなところにいたのね!」
救いの声がしたのは、ドアの方からだった。見ると、一人の少女が居酒屋の扉のところに立っている。その少女には、見覚えがあった。
「……さつきちゃん?」
知り合いのヴァンパイアハーフ、さつき・トレットメントちゃんである。
「京子さん?」
向こうも驚いたようだった。
「……これ、お父さん?」
私は酔っ払いを指しながら言った。
「はい」
さつきちゃんは恥ずかしそうにつぶやく。
「さ、お父さん。帰ろう」
「さつきぃ。私はねえ、お前の母さんのことをねえ……」
「はいはい」
そう言いながら、さつきちゃんは父親の体を軽く持ち上げた。この力は、吸血鬼としての怪力の現れなのだろう。さつきちゃんは、そのまま会計の方へと向かうと、支払いをすませた。そして、居酒屋中にいるほうぼうの人間にあいさつをして去っていく。
「……苦労するわね」
「まさかさつきちゃんのパパさんだったとはにゃあ」
やっと届いたビールを口に注ぎながら、私とにゃんぱちはそれぞれに言った。




