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体育館の古雑巾

 私は、能名市立小学校の体育館の物置を懸命に雑巾で拭いている。例のブラウニーのボブのところの清掃バイトである。

 なんだかんだで、ボブのバイトは続いている。楽な仕事でも楽しいというほどの仕事でもないが、まあ我慢できる仕事ではある。少なくともウェイトレスになって客に怒鳴られてるよりはいい。怒りっぽい私にとっては。


 ともあれ、私はボブに命じられて、雑巾をかけていた。物置の半分ほどをかけ終わったところで、「ふう」とため息をついて身を起こした。そして、腰を叩く。同じような姿勢で雑巾を動かし続けていては、腰痛の元になるから、こうした姿勢を変えての動作を定期的に行うのは大切なことだ。

「ん?」

 腰を叩きながら、私は、この物置に異臭が漂っているのに気がついた。無論、ボブのような業者に依頼しての掃除が必要な物置小屋なのだから、多少の悪臭は当たり前である。だが、そういうレベルではない。気を失いそうになるようなすえた酷い臭いが、この倉庫に漂い始めていることに気がついたのだ。

 私はすぐさま鼻をつまんだ。もっとも、それぐらいで完全に遮断できるような臭いではない。一体なんなんだろう、と思いながら、私は、臭いの元を視線でたどった。倉庫の隅の、薄暗いところから臭いは発せられているようである。

 さらに視線を動かす。すると、臭いの主らしき奇妙な生き物が目についた。白く、細長い生き物で、その顔は竜に似ていた。小さな和竜と言ってもいいかもしれない。ただ、その体はあちらこちらがほころびていて、竜の持つような美しさはほとんどなく、不格好そのものだった。

 小さな竜(小さいといっても、竜との対比での話だ。2メートル近くはある)のような細長い生き物は、存在を悟られたことに気づいたのだろう、黄色い目で私のことをギロリとにらみかえしてくる。

 そして、ぴゅっと口からなにかを吐いた。私は反射的にかわす。べたっという音がして、吐かれた物体は床に落ちた。物体は、一種の泥のようなもので、これもまた、出した生き物同様に酷い臭いを放っている。攻撃が避けられた白い生き物は、遠距離攻撃ではらちがあかないとでも思ったのか、無言で口を開け、私に突進してきた。

 私はさっとかわし、そばに立てかけてあったモップをつかむ。そして、モップをくるりと回し、棒側の部分で、白い生き物の喉元を思い切りついてやる。白い生き物は、衝撃で吹っ飛び、倒れた。しかし、よろめきながらも立ち上がろうとするので、近づいてモップを回し、一発頭に見舞ってやった。

 白い生き物は、今度こそ動きを止めた。


 どうしたものか始末に困ったので、私は、ボブを呼びに行った。すぐに見つかったので、ボブを連れて体育倉庫に再び戻る。私が倒した白い生き物をひと目見るなり、ボブは、

「こりゃあ、白うねりじゃねえか」

 と言った。

「白うねり?」

「古くなった汚い雑巾をずーっと放っておくと、妖怪化してこうなるんだよ。最近じゃ雑巾なんて使い捨てみたいなもんだから、なかなか見かけないんだが……」

「しっかし、臭いわねえ」

 私は鼻をつまみながら言った。気絶したとはいえ、体から発する悪臭は消えてはいない。

「そりゃ古雑巾だからな、臭いのも当然だ。おおかた、学校のガキの誰かが、ボロ雑巾をこの辺りに捨ててったのが誰にも見つからずに妖怪化したんだろ」

「ねえ、これ、どうするの?」

「たしか絶滅危惧種だから、役所にでも連絡するのがよかんべ。そっちは俺がやっとくから、お前はここの掃除の続きを頼むわ」

「うん……」

 私は、倉庫の中を見た。白うねりの吐いた泥と、それ自体の汚さによって、掃除を始める前以上の惨状になっている。これはずいぶん残業するハメになりそうだと、私は大きくため息をついた。

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